序章「悪役には高笑いがよく似合ふ?」
「おーほほほほっ! 下賤なる身の上にも関わらず、この私に歯向かおうとでもいうのかしら? どうやら身の程というものを教えてあげる必要がありそうね!」
うん、決まった。高笑いをしながら、扇で口元を隠す。そしてその扇を一気に閉じて、ビシっと相手に扇を向けながらの一言。いかにも悪役らしい台詞回し。そして、身のこなし。
我ながら実に様になっている。
「さすが私ですわ。ああ、自分の才能が恐ろしい……」
そうやって鏡に向かい、一人悦に入っていると。
「姉上……何をなさっているのですか……?」
弟である、ダリウスが怪訝そうな表情を隠すこともなく私の部屋へと入ってきた。
「何って決まってるじゃない。練習よ練習」
「はぁ……何の練習ですか、姉上」
弟よ、その大きなため息は何だというのだ。それに……この弟は大丈夫なのだろうか。姉ながら心配になってくる。どっからどうみても悪役然とした私の姿を見てわからないなんて……。
「ダリウス、いいこと。これは非常に重要な練習なのよ。そう!」
そこで私は一度区切り、自慢の悪役フェイスであるつり目に邪悪(?)な笑みを浮かべながら言い切った。
「私が立派な悪役令嬢になるための、ね!」
再び弟の大きなため息。そして呆れたような表情。
「……これさえなければ姉上も……」
そんな弟の呟きは私には届くことはなかった。なぜなら、私はこの世界で立派に悪役を務め上げる必要があるのだから。
さて、時間は少し巻き戻る。そう、この私は何を隠そう転生者であったのだ。現代日本で普通に女子高校生をしていた私はある日突然、少女漫画『黒薔薇と女王』の世界へと転生していたわけだ。
理由は私にもよくわからない。事故に遭ったわけでも、事件に巻き込まれたわけでもない……と思う。気がついたら、ナイスミドルなおじさまの胸に縋り付いて泣いていた。
「え ……? 誰このおじさま……?」
思わずそう口にしてしまった私を許して欲しい。
周囲からは。
「ああ、イザベル様……。なんとお労しい……」
などという、さもあまりの事態に錯乱してしまった可哀想な娘みたいな目で見られることになってしまったのだが、ある日テスト休みで一夜漬けの疲労を癒すために昼寝をしていた私が突然、本当に突然やってきたばかりの私には何がなんだか……。
そして気がつけば、あれよあれよと、私が縋り付いていたナイスミドルの葬儀。そして私の女王戴冠式。どうやらナイスミドルはこの国の国王で、私、というかイザベルはその後継者だったらしいとわかったのは、よくわからない立派な杖を持たされ、無駄に豪華でフカフカの椅子に座らされた時であった。
というか、昔の儀式というやつは、ひじょーに大変。いろいろな作法やら決まりごとやらがあって、それを覚えていたら休む暇なんかない。もちろん考える暇も。
だからしばらく気付かなかったのは、私がおバカさんだからではない。断じて無いったら無い。
そんなこんなで、イザベルの父上の葬儀、そしてイザベル自身の戴冠が終わって少しゆっくりお風呂に入ってリラ……考えごとをしていたときにふと思い出したのだ。
「あ、私、『黒薔薇と女王』の悪役だ」
そう、テスト前に友達のあっちゃんから借りて読んだ少女漫画のラスボス。悪の女王がイザベル・カストール。つまり今の私である。
思い起こせば、類似点はいくつかあった。整った顔立ちながらも、どこか冷たい印象を残すそれ。そして意地悪そうにややつり上がった目。それに何より、私とは反対に優しそうな、しかし意志の強さを秘めた瞳を持つダリウス・カストールという弟がいること。
漫画ではこのダリウスが、主人公である可憐な少女と手に手を取って、ワガママで身勝手で、ちっとも国のことに関わりを持とうとしない姉、イザベルを斃し、国王となり平和な国を築くことになるのだ。
「って、私、やられ役じゃん!」
思わず浴槽から立ち上がった私に、周囲に控えていた侍女さん達が驚く。
そう、偉い人は、一人でお風呂に入ったりしないのだ。どうも現代日本で普通に育ってきた私には馴染みがないし、気恥ずかしいので一人で入りたかったので何度か断ったのだが。
「そういうわけには参りません。陛下の御身はお一人のものではないのです。どうかご了承を」
そう押し切られてしまい、現状三人の侍女が私の入浴現場を見守っている。もちろん裸なのは私だけで、侍女さん達は薄着ながらも服を着ているのが余計に恥ずかしさを助長するのだが、今はそんな場合ではない。
自身が悪役とわかった以上、これは全力を尽くさなければならない。
そう、私も死にたくはないし、人並みに幸せにはなりたいのだ。
「この私、全力で悪役を演じてみせますわ! おーほほほほっ!」
一先ずは悪役の定番とばかりに人生初となる高笑いの練習を試みる。
お風呂場だけあってよく響く。それがけっこう気分がよくて、気を良くした私は再度高笑いをあげた。
うん、やはりこの顔には高笑いがよく似合う。そしてしばらく高笑いに興じる私。
しかし。
「あ、姉上!?」
さすがにお風呂場には飛び込んで来なかったものの、あまりによく響いた私の必殺悪役高笑いを聞きつけた弟に、私は一日ばかりの謹慎、もとい自室療養を言い渡されてしまった。
とにもかくにも、こうして私の悪役人生は高らかに幕を上げた。




