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7 落ち武者 ―中年男の恋心

 公国の旧首都、その宿にて、ステンカとドミトリーが、なにやら話し合っていた。

「……どう思う?ステンカ」

「どうって、怪しいと言えば、怪しいなぁ」

 二人の前で、ハールィチは、オルガに食事をさせていた。

その様子は、傍から見れば、仲のいい兄妹にも見える。

「身内では、ないんだよな」

「と、言ってましたけど、ねぇ」

 不思議な雰囲気に、二人は首を捻っていた。


 何日か経ち、オルガの傷が治ったころ、彼女は二人に質問をされていた。

「本当に、彼とは、身内でもなんでもないのですか?」

「はい、そうですけど……」

 寝台に腰掛けて、オルガはそう答えた。

「じゃあ、何故、あいつを兄と呼んでいる?」

 ステンカの問いに、彼女は少し考える。

頬に指を当て、目を閉じ、しばし沈黙をしていた。

「なぜって、年上の男の人、だから……」

「オルガちゃん、君の歳はいくつですか?」

「えっと、十六歳です」

 その答えに、二人はのけぞっていた。

「ま、まずいぞ、どうすんだ、これ」

「知りませんよっ、こんなの、完全にダメじゃないですか」

 ステンカとドミトリーは、ヒソヒソと話し合う。

その時、部屋の扉が開き、ハールィチが姿を見せていた。

「何を話しているんだ、二人とも」

「あっ……」

 怪訝な顔をしている彼に、ドミトリーが声をかける。

「ハゲ、あなたの歳はいくつですか?」

「はっ?何をいきなり言っている?」

「いいから、答えてください」

 彼は、驚き、そして言いたくなさそうに、ボソボソと話した。

「……歳だ」

「ああ?聞こえないぞぉ」

 ステンカが、手を耳に当てて、煽るように言った。

「三十二歳だ!文句あるか!」

 ハールィチの答えに、二人はまたも驚いていた。

「ええっ!俺より年上かよ!」

 ステンカの驚きに、ドミトリーも驚く。

「ステンカは、いくつなんですか?」

「俺、二十七だぞ!」

「えーっ、その顔で!?てっきり、三十半ばかと……」

 厳つい顔のステンカが、目を丸くしてハールィチを見る。

「俺より、五つも上……」

「私は、童顔なんだ、放っといてくれ!」

 顔を紅くして、彼はオルガの寝台に近寄った。

「お兄ちゃん、結構、歳いってたんだね」

「うぐ、あんまり、言わないでくれ」

 彼女の隣に腰掛け、ハールィチは恥ずかしそうにしていた。

「オルガちゃん、十六歳だそうですよ、ハゲ」

「……知っている」

「犯罪じゃねーか!この、ハゲ!」

「違ああう!」

 二人の怒濤の突っ込みに、彼は大声で反論した。

「いいか、私とこの子は、なんでもない!そういうことは、一切ないからな!」

「そういうこととか、考えてんじゃねーか、ハゲ!」

 ぎゃあぎゃあと喚く三人の横で、オルガがぽつりとつぶやいた。

「お兄ちゃん、私のこと、嫌い?」

 今にも泣きそうな彼女に、ハールィチは慌ててなだめすかす。

「ああ、そうじゃない。オルガのことは、大事に思っているよ」

 よしよしと頭を撫で、彼は優しくオルガを抱きしめた。

「よし、通報だ」

「どこにですか」

 ハールィチは、二人を睨み付け、もう黙れと目で訴えかけていた。


「それで、この子はどうするんですか」

 ドミトリーが、腕を組みながら、オルガを見やる。

「修道院には、今更戻れないぞ」

 ステンカも、椅子に腰掛け、困り顔をする。

「連れては行けないし、かといって置いて行くわけにも……」

 ハールィチに寄り添い、彼女は彼の衣服を握りしめたまま、動かなかった。

――正直、連れて行きたいが、私のそばにいたら、この子も……。

 彼は難しい顔で、何やら考えだした。

――二人は鎧を着ている、オルガにも鎧を着けさせたいが、それは可哀想だな。

 ちらりと、二人を見る。

ステンカも、ドミトリーも、その頭は、やや薄くなり始めていた。

――鎧を着ていても、いずれ症状は出る、でも私は何も無い。

 仲間に無くて、自分にはあるもの。

それが何か、彼は考えていた。

――いつも、私が身に着けているもの……。

 ふと、下を向く。

そこには、風土病を治す際に使う、石のはめられた首飾りがあった。

「……これだ」

 彼は、首飾りを外すと、オルガに向き直った。

「オルガ、私から、君に贈り物だ」

「贈り物?」

 彼女は、少し驚いた顔で、ハールィチを見た。

「これは、お守りだよ。きっと君を守ってくれる」

 そう言って、彼は首飾りを、オルガに着けてやる。

決してキレイなものとは言えないが、それは暖かく冷たい熱を帯びており、彼女の胸の上で、強い力を発していた。

「お兄ちゃん、ありがとう」

 嬉しそうな顔をする、オルガに、彼も満足の笑みを浮かべていた。


 翌日、彼ら一行は、街道を歩いていた。

「オルガ、私から離れるな。危険だぞ」

「うん」

 ハールィチは、彼女に気遣いつつ、周囲にも警戒する。

日の当たる道は明るいが、その周囲は、草原とすぐに薄暗い樹林地帯が広がる。

 いつ、怪物が飛び出してきても、おかしくはない状況であった。

「お兄ちゃん」

「ん?」

「手、繋いでいい?」

 置いて行かれまいと、必死で歩く彼女は、そっとハールィチの手を取った。

「ああ、いいぞ」

 二人は手を握り、少しだけ顔を紅く染めていた。

「それにしても、隔離村への道は、どこでしょうねえ」

 ドミトリーが、草の倒れ方や、樹林の隙間を見ながら、そう言う。

村への道があるならば、獣道のように、草が倒れている場所があるはずだった。

 だが、そういった形跡は、全くと言っていいほどに、ない。

 と、その時、草むらが動き出した。

「ハゲ、ドミトリー、来るぞ!」

 剣を抜き、ステンカとドミトリーは、その方角へと構えた。

動く草から、ぬっと飛び出したのは、頭が二つある、大きな狼の怪物だった。

「うへぇ、頭が……」

 頭のそれぞれが、別々に動き、荒く息をする。

よだれを垂らしつつも、怪物は、大きな咆吼を上げていた。

「気味悪がっている場合ではない、いきますよ!」

 二人が、それに飛びかかっていった。

「オルガ、後ろに……」

 彼女を庇って、ハールィチは後ろに下がらせようとしたが、その背後にも気配がするのに、彼は気づいた。

「こっちもか!」

 杖を構え、ハールィチは詠唱を開始した。

「しゃがんでいろ!」

「う、うん」

 彼の言うとおり、オルガはうずくまって、その身を縮める。

背後の草むらからも、一匹の狼型怪物が躍り出て、ハールィチ目がけて魔法を放つ。

 彼の放つ魔法と、狼の魔法が、真正面からぶつかり、大きな爆発が起きた。

 煙幕の向こうで狼は、間髪入れずに、大口を開けて飛びかかってくる。

「きゃあ!」

 オルガの悲鳴に、彼はいつもよりも力を込めて、それを放った。

杖の先端の宝石が輝き、怪物の身体が、無数の光線に包まれると、それは一瞬で爆発を起こし、地面には影だけが残されていた。

「さて、あっちは……」

 彼が振り向くと、二つ頭の狼は、ドミトリーの剣が頭部を貫通し、その心臓に、ステンカの剣が深々と突き刺さっている状態であった。

 重い音を立てて、その巨体が、地面に倒れ伏す。

草原を、赤黒い血で染めながら、怪物は動かなくなっていた。

「ふう、少し驚いたな」

 剣の血を拭い、ステンカはそう言った。

「頭、ですか?」

 ドミトリーの言葉に、彼はうなずいた。

「今まで、あんな姿のやつ、見たか?」

「いいえ、頭が二つなんて、いなかったですよ」

 初めて見る、怪物の様相に、彼らは首を傾げていた。

「それより、あれ」

 ステンカの指さす先では、ハールィチとオルガが、仲良く話し合っているのが見える。

「……だよなぁ」

「……ですよねぇ」

 ぼりぼりと頭を掻き、彼らは何かを感づいているようだった。


 隊商が行き交うのを、横目で見ながら、彼らは街道を進む。

「うーん、見つかりませんね」

 立ち止まっては、それを探し、また立ち止まっては、不自然なところが無いか、目を凝らす。

「もう日が暮れる、次の町で一晩休もう」

 捜索にも疲れた一行は、休息を取ることにしていた。


 街道沿いの町。

 この町は、この街道筋の、実質最後の町であった。

ここから先の街道は、川を越えて、極北の先住民が住む地域へと続く。

 四人は宿に着き、二階にある部屋にて、早々に休もうとしていた。

「それでは、私たちは酒場で情報を集めてきます」

 ドミトリーは、ステンカを伴って、宿を出ようとしていた。

「ああ、頼む」

「ハゲも、オルガちゃんと仲良くな」

 ステンカの意味深い言葉に、ハールィチは思わず彼を睨み付けていた。

「……どういう意味だ」

「何でもないぞ」

 二人がいなくなった後、部屋にはオルガと彼が残されていた。

「まったく、あいつらめ」

 そう言って、彼は寝台に腰掛けた。

「ステンカお兄ちゃんも、おもしろい人ね」

 オルガはくすくすと微笑み、彼の隣に座る。

「ねえ、お兄ちゃん」

「うん?」

「エフゲニーお兄ちゃんは、元気?」

 彼女の問いに、ハールィチは身体が固まった。

「う、エフゲニー、は、その……」

 話してもいいものか、暫し悩む。

無垢な彼女の瞳が、彼を見つめていた。

「……驚かないでくれ。エフゲニーはな、あの後、病気で死んだんだ」

「えっ」

 彼は語った。

エフゲニーが病気だったこと、オルガの町を旅立ってから、幾ばくもしないうちに倒れたことを。

 その病の原因が、自分かもしれないというのは、極力隠して。

「そう、だったんだ……」

 悪いことを聞いてしまったかのように、彼女は目を伏せた。

「おもしろい、お兄ちゃんだったのにね」

「そうだな、あいつは、ひょうきんなやつだったよ」

 そう言って、彼は窓辺へと近寄り、外の様子を窺った。

赤い夕日が、樹林地帯を照らし、まるで炎のような色に染め上げる。

 公国の最辺境のこの町には、様々な民族が存在している。

毛皮の服を着た猟師に、豪華な刺繍の服を着た牧畜民と、体格のいい開拓兵など。

 他にも雑多な人々が、通りを歩き、家路へと急ぐ。

 そんな中、一人だけ変な様子の者がいた。

両手に抱えきれないほどの荷物を持ち、コソコソと周囲を見回しながら、建物の影へと隠れている。

――何者だ?

 そいつ自身は、物陰に隠れているのか、姿は見えず、ここから見える荷物だけが、次々と消えていく。

「お兄ちゃん、どうしたの」

「何でも無い、ほら、夕日がキレイだぞ」

 オルガにも見えるように、彼は窓辺から身体を引くと、その光景を見せてやった。

「わあ、キレイ。お兄ちゃん、明日も晴れるかな?」

「うん、晴れるな」

 宿の窓辺で、二人は夕日を眺めていた。


 町の小さな酒場。

 一行は、ここで落ち合い、食事をしていた。

「それで、何か情報はあったのか?」

 ハールィチが、スープを混ぜながら、言う。

「そうだなあ、ここ最近、町中に見慣れない集団がいるというのしか……」

 肉料理をもぐもぐ食べつつ、ステンカが答える。

「見慣れない、集団?」

「ああ、白い服を着た、役人?らしき集団だ」

 彼は、先ほど宿から見た者を思い出していた。

あの怪しい者も、服は白だった。雰囲気も、どことなく町民とは違う感じであった。

「それも、いきなり現われて、いきなり消えるというのを、数日おきに繰り返しているそうだ」

「ふうん、おかしいな」

 賑やかな店内で、オルガを除いた三人は、難しい顔をしていた。

「明日、少し町中を調べてみるか」

「そうですね」

「よっし、じゃあ酒だ、酒!」

 明日の予定が決まった途端、ステンカがいきなり酒甕を出してきた。

そして、人数分の杯を各自に渡し、甕から酒を注ぎ回った。

「ステンカ、明日も捜索だというのに、酒か」

「おうよ、酒は男の嗜みだ。さあ飲め!」

 あきれるハールィチを押し切り、彼は早く飲めと煽りだす。

「あっ、あの、私、お酒は……」

 控えめに遠慮するオルガにも、ステンカは酒を注いでいた。

「なあに、気にすんなって、何かあってもハゲが責任取ってくれるからよ」

「ステンカ、私が間違いを犯すような言い方は、やめろ」

「え?間違いをするつもりだったんですか?」

 ドミトリーの言い方に、ハールィチは、ハメられたという顔で、頭を抱えた。

 そんな中で、横のオルガを見れば、彼女は、杯を手にしたまま、どうしていいか分からず、ただオロオロと困った顔をしているではないか。

「オルガ、無理はしなくていい。飲めないのなら、私が飲む」

 彼は、杯をこっちに寄越せと手を伸ばした。

「い、いえ、私も、もう大人です。お酒飲んでみます」

 勇気を出して、オルガは杯の酒を一気にあおった。

「おい、そんなに飲んだら……」

 杯の半分近くまで、飲んだだろうか、彼女はそれ以上飲むのを止めていた。

「……オルガ?」

「けぷっ」

 心配そうに、ハールィチは彼女を見やった。

ぼんやりとした、オルガの目が、杯をじっと見つめる。

「おいしい……」

「わーはは、そうか!」

 彼女の素直な感想に、ステンカは大喜びで、自身の酒を飲み干した。


 宿の部屋。

 寝台の上で、オルガは顔を真っ赤にして、唸っていた。

「お、おにぃ、ちゃーん……。き、もち……わる……い」

「当たり前だ、あんなに飲むからだぞ」

 そう言って、ハールィチは酒場での事を思い出していた。

 あの後、案の定酔ったオルガは、ハールィチやドミトリーが止めるのも聞かず、ステンカと一緒に、延々と酒を飲み続けていたのだった。

 しかもステンカが、酒飲みの才があるとまで、評するほどにだ。

「まったく、初めての酒で、加減が分からないとはいえ、調子に乗りすぎだ」

 文句を言いつつも、彼は水差しの水をコップに注ぐ。

「ほら、水を飲め」

「うぇぇ、飲めないよぅ」

「飲まないと、気分が悪いのは治らないぞ」

 嫌がる彼女に水を飲ませ、彼は呆れるように息を吐く。

 ふと気づくと、真っ赤な顔のオルガが、彼の顔をじっと見つめていた。

「お兄ちゃん」

「うん?」

「だーいすき」

「ああ、ありがとうな」

 満面の笑顔のオルガに、彼は昔のように頭を撫でてやると、その笑顔に微笑み返していた。

――それにしても、あいつら、別部屋で休むと言って、何を考えている?

 腕に抱きつくオルガを適当にあしらい、彼は仲間の行動に疑問を持っていた。

 夜も更け、町にはフクロウの鳴き声が響いていた。

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