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慣れてきた

 食事が始まった。今日はナキータが無事に帰って来たお祝いだという。すごいご馳走が並んでいた。二年間よく頑張ったとゾージャが盛んにほめてくれる。

「しかし、よかった、よかった。でも、もう人間界には行くんじゃないぞ、法力使いがいるからな」

 ゾージャの言葉の中に不思議な単語が出て来た。

「法力使い?」

 何の事だろう?

「人間界には法力使いという怖ろしい奴らがいるんだ」

 ゾージャはナキータを脅すように言う。

「法力使いって何んですか?」

「あのな、人間には法力を使える者がいるんだ。そいつらが妖怪を目の敵にしていて襲ってくるんだ」

「へー」

 びっくりだった。そんな話し聞いた事がない。

「昔は妖怪と人間は仲良く暮らしていたんだが、妖怪の中に…」

 そこでゾージャはナキータを睨みつけた。

「お前みたいな奴がいてな、人間を襲うから、向こうも妖怪を襲うようになったんだ」

 すぐに意味がわかった。ナキータは人間を襲って人間の魂を食べるのだ。

「いいか、もう二度と人間を襲うんじゃないぞ。これはお前だけの問題じゃないんだ。妖怪全体が人間に狙われるようになる」

「私は、その法力使いに封印されたんですか?」

「そうだ」

 ゾージャがちょっと厳しい口調で答えた。人間の魂をもう食うなと言っているのだが、もうこれ以上この話は出来ない雰囲気だった。


 食堂には下僕がミリーのほかにあと三人いた。

 料理を運んできている頭のはげた陽気な男が料理人らしい。さらにゾージャの世話をしているという少し太った中年の男性がゾージャの後ろに待機している。あと一人はナカヌタという名の初老の背の高い男がいて全体の面倒を見ているという。

 また、呼び方も少し複雑だった。ミリーは従者だという、料理人より上らしい。ナカヌクは執事といって下僕の中では一番偉いらしい。

 そのナカヌタがナキータの前に進み出た。

「ナキータさま。封印生活ご苦労さまでした。下僕を代表いたしまして、無事のお帰り、心からお喜び申し上げます」

 彼が丁寧に頭を下げると、下僕全員が拍手する。

 今井は立ち上がった。

「ありがとうございます」

 そして頭を下げた。しかし、下僕からどよめきが起きた。どうやらナキータはこんな事はしないらしい。

「これは、ゾージャさまでなくてもこのままがいいと思いますよ」

 陽気な料理人が口をすべらした。

「レシナンドさん!! なんという不謹慎な」

 ミリーが怒鳴る。ミリーは心底ナキータの事を心配してくれているのだ。

 横にいたナカヌタが口を開いた。

「ナキータさま、記憶をなくされて物事の対処の方法がわからなくなっていらっしゃるとお察しいたします。ですからご説明しておきますが、下僕に対して頭を下げる必要はございません」

 そして彼は丁寧に頭を下げた。

「はあ……」

 今井はゾージャを見た。

「そうだな、丁寧すぎる。どーんと威張っていればいい」

「はあ……」

 ここは封建制がある社会なのだ。それにゾージャの手前もある。日本のように八方美人ではまずいのかもしれない。少しやり方を変えたほうがいい、郷に入れば郷に従えだ。


 お祝いは続いた。みんながナキータが戻ってきた事を喜んでいるが、本当は戻って来れなかっただと思うと心が痛んだ。ナキータは最後の最後で力尽きてしまった。しかし、ナキータが人間を襲っていたのならそれも仕方がないことかもしれない。何より人間を襲おうとして逆に殺られたのだから自業自得だ。

 料理は豪華で食べきれないくらいあった。それにお酒もおいしかった。

 今井はあまり飲めなかったが、ナキータは酒豪らしくいくらでも飲める。始めてお酒がおいしいと感じたし、いくら飲んでも酔わない、おもしろかった。



 今井は自分の部屋に戻ってきた。

 お酒も手つだって、もう、まったく緊張していなかった。

 ミリーが寝間着に着替えるのを手伝ってくれる。

「ナキータさまは本当に別人のようです」

 髪を梳かしながらミリーが不思議そうに言う。

 そりゃそうだろう、なにしろ中身は本当に別人なのだから。しかし、ナキータってどんな人だったのだろう。かなり変わった人だったらしい。わがままで、自分勝手で…… いいところなんてなさそうな人だ。

「元の私って、どんな感じだったんですか?」

 今井はナキータに興味を感じて聞いてみた。

「そうですね、なんと言うか、もっと気が強くて、もっとこう…… なんと言うか……」

 やはり、ずいぶんと言いにくいらしい。

「かまいませんから、言ってみて下さい」

「つまりですね、ご機嫌が悪いナキータさまのお世話をするのはそれは大変でございました」

 それから、ミリーはあわてて頭を下げた。

「申し訳ありません。失礼な事を申し上げました」

「いえ、気にしないでください」

 俺の事を悪く言われた訳じゃないから、元々気にしていないのだが……

「こちらからもお尋ねしてよろしゅうございますか?」

 ミリーが言いにくそうに切り出した。

「なんですか?」

「以前のナキータさまなら私が今みたいな事を言おうものならこの部屋の端まで吹き飛ばされていました。今は腹がたっても我慢されているんですか?」

 微妙な質問だ、なんと答えたものか。しかし、ナキータが別人のようになってしまったというのはやはりまずいだろう。

「そう、我慢しているんです。だから、慣れてきたら元に戻ると思いますよ」

 元に戻ると聞いてミリーががっかりするだろうなと思ったのだが、意外にもミリーはうれしそうだ。

「そうですか、やはりナキータさまは多少わがままな方がよろしゅうございます」

 ミリーはにこにこしている。

 まさか、お世辞だろう。

「本当にそう思っているんですか?」

 少し意地悪と思ったが聞いてみた。

「ナキータさま、下僕に対してそのような丁寧な言い方は止めていただけませんか、元のナキータさまに戻ってください」

 いきなり驚く事を言われた。さっきもナカヌクにもそう言われたが、これではまずいのか。

「下僕に対してはもっと威張っていていいです」

「はあ…」

「私に遠慮する必要はありません、さあ、いつものナキータさまに戻って下さい」

 しかし、そう言われても困る。いつものナキータを知らないのだが。

「それでは、どう言えばいいんですか?」

「それがいけません。そのような時は『どう言うの?』で、結構です」

 なるほどと思った。確かにナキータの話し方を教えてもらっておいた方がいいかもしれない。ゾージャだけが相手なら問題ないが、ゾージャ以外の人と会うときにまずい。

「これでいい?」

 さっそく実践してみた。

 ミリーは笑っている。

「結構ですよ」

 それから、ミリーはナキータの肩をポンとたたいた。

「さあ、これで終わりです。今日はぐっすりと休めますよ」

「ありがとうございます」

 今井はそう言ったが、あわて

「ありがとう」

 と言い直した。

「どちらもダメです。下僕にお礼など言う必要はありません。もちろん今のお言葉が私に下がるようにおっしゃりたいのなら『下がりなさい』で結構です」

 威張るのもむつかしいものだ。今井は平社員だから誰かに威張って話をしたことがないのだ。

「さあ、ほかに御用がおありですか?」

 ミリーは一歩後ろへ下がった。彼女もこれで仕事を終わりにしたいらしい。今井も疲れていたので一人になりたかったが、しかし、言い方が難しい

「下がりなさい」

 試しに言ってみたが、どうもしっくりこない。

 たどたどしいナキータの言葉にミリーは少し笑ったが、それから丁寧に頭を下げた。

「おやすみなさいませ」

 ミリーはそのまま数歩下がると向きを変えて部屋を出て行く。

「ありがとう」

 ミリーが部屋を出る時に今井はミリーにお礼を言った。いろいろしてもらったのにお礼を言わないのはやはり気がひけた。ナキータがそう言うとミリーは照れたようにちょっと手を振ってから部屋を出ていった。


 やっと一人になれた。ほっと力が抜けて大きく伸びをした。緊張で体がごわごわになっている。

 窓を見ると外は真っ暗だった。大きな時計が置いてあって十時になっている。ともかく今日一日は無事に乗りきれたが、あまりにたくさんの事が起きていて、これが全部今日経験した事とは思えなかった。

 ふと、思い立って浴室に隠した携帯や財布などを取り出した。たぶんあの場所ではミリーにすぐ見つかってしまうと思ったからだ。携帯を見てみたが電波は来ていない、電池がなくならないように電源を切っておいた。

 さて、これをどこかに隠しておかなければならない。

 引き出しをいろいろ開けてみた。ナキータの私物と思われるものがいっぱいある。不思議なものもたくさんあった。

 光る玉がある。水晶みたいな玉でそれが光っている。指輪があったが、指輪の模様の蛇がこちらを睨んでいる、しかも今井が動くと蛇は今井の方に向きを変える。気味が悪い指輪だ。まるでナキータじゃないと見破っているようだ。

 今井は携帯を隠せそうな場所をあちこち探した。引き出しの一番底に隠そうと思って引き出しの底を見ると一枚の肖像画があった。男の絵だ。がっしりた体つきでにやけた感じの男だ。なんでナキータがこんな男の肖像画を持っているんだろう。それに隠してあるような感じだ。

 肖像画が少し気になったがその絵を元に戻すと別の場所を探した。

 いろいろ探して、タンスの一番下、意味不明のガラクタが入っている開きの一番奥に携帯などを隠した。たぶんここなら見つからない。それに見つけてもガラクタの一部と思うだろう。


 寝ようと思って壁にスイッチを探した。明かりを消すためにはスイッチがいる。しかし、そんなものはどこにもなかった。考えてみると、この家には電線など来ていなかったから電灯などあるはずがない。

 部屋の壁には十個ほどのランプみたいな灯りがあって、それが明るく輝いている。近くで見てみたが炎が燃えているわけではなく、さっきの水晶みたいなのが輝いているのだ。ランプには操作するための装置は何一つ付いていない、これでは消しようがない。しかたなかった。そのまま寝ることにした。

 布団に入って横になった。不思議な気持ちだった。ここでナキータとして寝るのだ。それでも、横になると急激に眠くなってきた。今日は大変な一日だった。


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