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空を飛ぶ

 食事の後、さっそく練習をすると言う。

「おいで」

 ゾージャは玄関の方に歩いていく。

「はい」

 今井は喜んで後に続いた。

 ゾージャはそのまま玄関の外に出た。

 例の隙間だらけのテラスの所だ。練習には広い場所がいるのかもしれない

 しかし、いきなりゾージャに抱きかかえられた。なんの真似だ、今から練習をするんじゃないのか。

 そのままゾージャは飛び上がった。どんどん昇っていく。いったい何なのかわからないが、景色は綺麗だった。雪が積もった険しい山々が一面に広がっている、透き通るような青空が息を飲むほどに美しい。

 しかし、どんどん昇っていくがどうやって飛ぶ練習をするんだろう? 家の中では練習できないんだろうか。ものすごい高さまで昇ってくるとゾージャは昇るのをやめた。信じられないような高さだ。雲の下に山々が見えている。

「さあ、いいかな?」

 ゾージャはにやにや笑っている。

「死にたくなかったら飛ぶんだ」

「死ぬ?」

 死ぬって、なんの事だ。

 ゾージャはナキータを抱いた手を緩め始めた。落ちる!! 今井は必死でゾージャにしがみついた。

「さあ、飛べ! 飛ばなかったら死ぬぞ」

 ゾージャが冷たく言い放つ。

 ここから落とすつもりだ。バカな、俺は妖怪じゃない人間なんだ。飛べるわけがない。

 必死にしがみついているナキータの腕をゾージャが引き剥がし始めた。

「いや、助けて」

 必死の演技でゾージャに哀願する。

「さあ、飛べ!」

 ゾージャが今井の腕をぐいと引き剥がした。

「キャー」

 落ち始めた。

 飛ばなきゃ、でも、どうやって? もう必死だった。平泳ぎみたいにしてみたりばたばたしてみたり、でも、どんどん落ちていく。ものすごい風が髪の毛を吹きさらし、雲がどんどん迫ってくる。ともかく必死にもがいた。なんとか浮き上がらなくては、しかし、どんどん落ちていく。

 雲を突き抜けた。雲の下にはもう目の前に山が迫っている。あらん限りの事をしてみたがどんどん落ちていく。地面がはっきり見えてきた。もうすぐ地面に激突してしまう。

 怖くてもう下を見る事ができなかった。上を見て必死ではい上がろうともがきながら地面にぶつかる瞬間を待った。

 しかし、いつまでたっても地面にぶつからない。いや、落ちていた時のあのものすごい風がふいていない。むしろ上から風がふいてくる。

 恐る恐る下を見てみた。落ちていない。浮いている。飛べたのだ! 空を飛べている!!

「飛べただろう」

 声がする方を見ると、ゾージャがにやにやしながらすぐ横に浮いている。

「ひどい」

 本当にひどい教え方だと思ったので、思わず声が出た。

「子供に飛び方を教える時はこうするんだ」

 ゾージャは笑っている。

「でも、飛べなかったらどうするのよ、死んじゃうじゃない」

「飛べるさ。それに、危なかったら受け止めてやるよ」

 たぶん、ゾージャもすぐ横を一緒に降下していたのだ。限界と思ったら受け止めるつもりだったのだろう。

「子供に飛び方を教える時は、いつも、こうするの?」

 そこまで言って、自分でも驚いた。ゾージャと普通に会話している、考えなくても言葉が出てくる、しかも女言葉が。空が飛べるようになって気分が高揚していて、それでゾージャに対する恐怖心がなくなったのだ。だから普通に話せる。

「そうさ、俺も子供の時にやられた。だから、君はこれが二回目のはずだよ」

 ゾージャは面白そうに教えてくれる。

 泳ぎを教えるのと似ているのかもしれない、荒っぽい親は子供を水の中に投げ込んで泳ぎを教えると言う。まあ、泳ぎの場合はそんな事をするとトラウマになってしまうかもしれないが、空を飛ぶ方法を教えるにはこの方法はいいかもしれない。妖怪はもともと飛べるのだから飛ばなきゃ死ぬ状況になったら飛べるようになる。

 それに、いったん飛べるようになると、なんとなく飛び方がわかってきた。ちょうど自転車の乗り方を覚えるのと似ている。

「ついておいで」

 ゾージャがいきなり飛び始めた。どんどん山の方に向かって飛んでいく。

 競争だ、面白そうだった。今井もゾージャの後を追った。


 空が飛べるのは素晴らしかった。

 風をきって、冷たい空気の中を突き進む。雪が積もった山肌が真下に見えてじつに綺麗だ。青空を背景にして遠くの山々がくっきりと見える。

 ゾージャは時々振り返ってナキータがついてきているかを確認している。ゾージャに追いつこうとするがナキータが近づくとゾージャはもっと早く飛ぶ。早く飛ぶトレーニングをしているのか。

 山の近くまでくると、険しい岩肌が間近に見える。積もった雪がまばゆく輝いていて、その下は切り立った断崖だ。

 ゾージャは岩肌に近づくと岩肌すれすれを飛んび始めた。面白そうなので今井も後に続いた。ゾージャを見失わないようにぴったりとゾージャの後につきながら岩肌ぎりぎりを飛ぶ、スリルがあっておもしろい。どこか教官機の後ろを飛ぶ訓練生の飛行機みたいだ。

 ゾージャが急上昇を始めた、今井も後に続いて急上昇する。ゾージャはそのまま真っ逆さまに落ち始める、宙返りをしているのだ。今井もゾージャの後ろを宙返りしてついていく。どうやらゾージャは飛び方を教えてくれているみたいだ。

 やがてゾージャは近くの岩棚の上に降り立った。今井もその後を追ってゾージャの横に降りたが、息が切れていて激しい呼吸をしている。岩棚に降りてはじめてわかったが、空を飛ぶのはものすごく体力を使うらしい、かなりくたくたになっていた。

「大丈夫か?」

 ゾージャが聞く。

「ええ、でも少し休憩させて」

 もう、普通に言葉が出てくる。

「すまん、無理させちゃったな」

 どうやらナキータはまだ体力が回復していないらしい。

「大丈夫よ」

 今井は明るく答えたが、ゾージャってあまり気が利かないタイプのようだと思った。

 岩の上に二人で腰をおろした。

 その岩棚からの景色はすばらしかった。遠くの山々が重なって見えていて、眼下は切り立った断崖がはるか下の谷まで続いている。

「ここを覚えているか?」

 ゾージャが聞く。

「ここ?」

「思い出せないか?」

 ゾージャが少し寂しそうに聞く。

 ひょっとして、ここって二人にとって重要な場所なのか。

 ちょっと答えに迷ったが、思い出せないんじゃなくて最初から知らないんだから仕方ない。

「いえ……」

 小さな声で答えた。

「そうか、まあ、そのうち思い出すようになるよ……」

 ゾージャも小さな声でつぶやいた。しかもそれっきり黙っている。

 ここまで言って黙っているなんて、こうなると女でなくてもここが何なのか知りたくなる。

「ここは、なんなの?」

 かわいい声で聞いてみた。

 徐々に、どうやると自分がかわいく見えるかがわかるようになっていた。ナキータがどんな女性なのかまったく分からないのだから、自然とかわいいナキータを演じようとしていた。

「君とよくここに来ていたんだ」

 ゾージャがボソッと言う。

 まあ、予想どおりだ。

「もう、ずいぶんと来ていない」

 さらにゾージャが続ける。

 そうだろう、ナキータは二年間封印されていたんだから来れるわけがない。

「二年間ね」

 今井は補足するつもりで言ったがゾージャは首を振った。

「いや、もっと来てない」

 もっと…… て、なぜだろう。単に忘れていたという落ちじゃないだろうな。

「どのくらい?」

 詳細が知りたくて遠回しに聞いてみた。

「どのくらいかな……」

 ゾージャははっきり答えない。なにか言いたくない事があるみたいだ。

 ゾージャは立ち上がった。

「もう、いいよ。今、俺の横に君がいる。それで充分だ」

 ゾージャは笑顔でナキータをみる。

 これでは意味がわからない。二人の間になにかあったのか。

「疲れはなおった?」

 ゾージャが聞く。

 そう聞かれて、自分の体調に注意してみた。もう、呼吸は普通に戻っている。

 ゾージャは家に帰るつもりらしい。しかし、ゾージャの後ばかりついて行くのも面白くない。今井はいきなり立ち上がると岩棚から飛び出した。

 全力で飛んだが後ろを見ると、もう真後ろにゾージャがいた。そしてゾージャが後ろからナキータに抱きつこうとする。今井はゾージャの手を振りほどいた。まあ、ゾージャに抱きつかれるのが気持ち悪かったからではあるが、ゾージャはこれを鬼ごっこと思ったらしく空中で絡み合いが始まった。

 ゾージャが執拗にナキータを捕まえようとする。ゾージャから逃げようとして今井は思わず声を出したが、女の声だから悲鳴のように聞こえた。悪くないと思った。男しかわからないかもしれないが悲鳴を上げる女はじつにかわいいものなのだ。

 今井は悲鳴を上げながら逃げ回った。悲鳴をあげるナキータを見てゾージャもうれしそうだ。

 しかし、ゾージャの方がはるかに敏捷に飛べるから、行く手をさえぎられながら逃げているうちに、いつの間にかさっきの岩棚の所に追い詰められてしまった。もう逃げ場がない。ゾージャが飛びかかってきて押し倒されてしまった。

 いつまでも拒むこともできない、ナキータを演じるつもりなら覚悟を決めないと。

 今井は目をつぶった。好きにされるしかない。

 ゾージャがキスをする。なんどもキスをする。今井は目をつぶってじっと耐えていた。

「どうした?」

 ゾージャが聞く。

 キスされているのに反応しないのを不思議に思っているのか? しかし、そこまで演技するなんて無理だった。だいたいこんな時、女がどう反応するのかなんて知らない。

 今井は目をあけたが、答えようがなくて黙っていた。

「俺が怖いのか?」

 問い詰めるような目だ。

 まずい、疑われる。

「いえ、そんなことないわ」

 今井は必死で考えた。なんとか切り抜けなければ。

「だって、私にとってはゾージャは始めて会う人と同じなのよ、いきなり恋人のようにしろといっても無理だわ」

 うまい言い訳だった。

 ゾージャはじっと考えていたが、

「悪かった」

 そう言うと、ナキータから離れた。

「君の気持ちも分からないで…… 俺って無粋なやつだな」

 ゾージャは立ち上がった。

「さあ帰ろう」

 ゾージャは手を差し出すとナキータを引き起こしてくれる。

 驚きだった。ゾージャっていいやつなんだ。女が抵抗しないんだから男だったらやってしまいたいと思うのが普通なのに、そこを我慢するなんてなかなか出来るもんじゃない。ゾージャはこんなにいいやつだからナキータみたいなかわいい娘を妻にできたのかもしれない。


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