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にわとり

 そこは天井の高い部屋で、広い部屋の一角が食堂になっているような感じの所だった。

 テーブルが置いてあり、テーブルの上には数品の料理が並んでいた。妖怪の料理だからどんな料理かわからないが見たところおいしそうに見えた。

 今井は料理が置いてある前の席にすわるとゾージャがその向かいにすわった。

 お箸が置いてあるからお箸で食べるらしい。さっそく食べ始めたが普通においしい。

 ミリーがグラスに何かを注いでくれる。たぶんお酒だろう。ゾージャはさっそく酒を飲み始めた。しかし、今井はあまり酒が飲めなかったし、それにお酒には複雑な習慣があることが多い。お酒には手を出さない方が無難に思えた。

 注がれたお酒を無視して食事を続けていると、

「飲まないのか?」

 ゾージャが不思議そうに聞く。

「……」

 どう答えたらいいものか、困ってしまう。

「お前が酒に手を出さないなんて信じられないな」

 ゾージャが不思議そうにしている。どうやらナキータはお酒が大好きらしい、だとすると飲まないのは不自然だ。

 そっとグラスを持ってみた。するとゾージャが乾杯とでも言うように自分のグラスを少し上に上げた。あれは乾杯のつもりなのか? しかたなく今井もグラスを心持ち上に上げてみた。

 ナキータの仕草がおもしろいのかゾージャがにやにやしながらナキータを見つめている。そうだろう、どうしても動きがぎこちなくなってしまう。コチコチになっているのが自分でもわかる。

 グラスを口につけてみた。ものすごく強いお酒だ。少しむせてあわててグラスをテーブルに置いた。

 ゾージャが笑い出した。

「お前が酒にてこずるなんて、そんな事があるんだな」

 ゾージャは大笑いしているが、なにか言わないとしらけた空気になりそうだった。

「お酒は二年ぶりだから……」

 なんとか女らしい口調で言い返した。

 ゾージャはにこにこしている。うまく切り抜けたみたいだった。

 お酒はほっといて、今井は食事を続けた。しかし、ゾージャがにやにやしながらナキータを見つめている。あまりに見つめるので顔を上げられなくなってきた。顔を上げるとゾージャと目が合ってしまう。なぜこんなに見つめるのだろう、なにかヘマな事をしているのかもしれない。

「あのう…… 私、なにか変ですか?」

 思い切って聞いてみた。女らしい言い方を考えるのに苦労する。

「君を見るのは二年ぶりだろう。いつまでもこうして君を見ていたいんだ」

 ナキータはものすごくかわいいからその気持ち分からないでもない。さっきは今井もサイドミラーでナキータに見とれていた。しかし、こうも見つめられると何もできなくなくなってしまう。

「あまり、見つめないでください」

「今日の君はかわいいなあ、君がこんなに初々しく感じたことはないよ」

 ゾージャはうれしそうだ。しかし、わざとやっているわけじゃない。おどおどしている所が初々しく見えるのだろう。

 ふと見ると足を開いて座っているのに気がついた。まずい!! あわてて足を閉じた。足のことなどまったく考えなかった、俺は女なのだ。ここはテーブルだからゾージャからは見えないがさっきはどうしていただろう。足を開いて座っていたらおかしく思われたかもしれない。

 急にあちこち気になってきた。胸の所をみると着物がはだけておっぱいがかなり見えている。まずい。今井はあわてて襟を引き寄せた。今着ている着物は紐で結ぶようになっているから着こなしが難しい。ゾージャはさっきからこれを見ていたのだ。

 気がついたのでゾージャが大笑いしている。しかし、なにか言い返さないとまずい雰囲気になる。

「教えてよ……」

 すねたような感じで何とか言い返した。

「気にするなよ、しかしもう少し見たかったな」

 ゾージャがいかにも残念そうに言う。

「しらない」

 返事のつもりで言ってみたが少し変に感じた。いかにもドラマの中の女のセリフって感じだ。女って実際にこんな言い方をするのだろうか。



 今井はそのまま食事を続けていたが妖怪の食べ物はいたってまともだった。さっきの魂を食べるなんて話が嘘のようだ。

 ところが、そこへ、ミリーが大きなカゴを抱えて食堂に入ってきた。そして、そのカゴを今井の目の前に置いた。カゴの中には生きたニワトリが入っている。

 今井はギョッとしてミリーを見た。これはいったい何なのだ。食卓に置いたという事はこれを食べるということなのか? でも生きてるし……

「すみません、もっと大型の動物を探したのですが、すぐに手に入るのはニワトリしかいませんでした」

 ミリーがすまなそうに言い訳をする。

「今日はそれで我慢しろ」

 ゾージャが当たり前のように言う。

 さあ、困った。これをどうするんだろう? これにかぶりつくのだろうか。生きたニワトリに……

 困った目でゾージャを見つめた。どうすればいいのか分からない。

「それで我慢するんだ!!」

 ゾージャが厳しい声を出す。

 ニワトリでは不満だと誤解されているのは確かだがどう説明すればいい。

「いいか、もう人間の魂を食べるんじゃないぞ!! これで懲りただろう」

 ゾージャが怒ったように言う。

 しかし、これがヒントになった。魂だ! このニワトリの魂を食べるのだ。でも、どうやって?

 ニワトリを見つめたが、どうやればいいのか見当もつかない。

「どうした、食えよ」

 ナキータがじっとしているのでゾージャが声をかけた。

 何か言わなければ不自然だ。しかし、どう言えばいい、今井は必死になって言い方を考えた。

「これをどうやって食べるんですか?」

 魂を食べるという事そのものを忘れてしまっている事にした。

「どうやるって、魂を吸いだすんだよ」

「魂を?」

 キョトンとした声を出した。我ながらうまい演技だと思った。

「魂をだよ、ほら吸い出して」

「吸い出す?」

 ふたたび驚いたような声。

「ええっ、魂の食い方を忘れているの?」

 ゾージャが驚いている。

 ここでできるだけ愛らしくうなずいた。

「そうなのか、魂は君の大好物なのに…… いや、それならその方がいい……」

 後ろの方はゾージャが言葉を濁した。

 なんとなく意味がわかった。どうやらゾージャはナキータが人間の魂を食べるのをやめさせたいのだ。だから魂を食べる事を忘れているのならその方がいいと考えたのだろう。

 ゾージャがミリーに何か合図すると、彼女がカゴを持ってどこかに出ていく。

 にわとりがいなくなったので、今井はほっとしてまた食事を始めた。

 ゾージャも黙ってお酒を飲んでいてしばらく会話が途切れてしまった。このまま黙っていてもいいが、いつまでもそうしている訳にもいかない。むしろ早くナキータに慣れた方がいい。そこで話題を探そうと思って周囲を見回してみた。


 食堂は広間の横にあって広間は屋根まで吹き抜けになっていた。食堂からは広間の壁が見えていたが、その壁のかなり高い位置に扉が付いていた。梯子も手すりも何もなく壁の途中に唐突に扉があるのだ。

「あの扉はなんですか?」

 面白そうだと思ったので聞いてみた。

 ゾージャが顔を上げ、ナキータが見ている方を見た。

「何って、あの扉のこと?」

「ええ」

 一瞬、答え方に迷った。『はい』と言った方がよかったのか、女ってこんな時どんな言葉を使うんだろう。

「あれは二階の扉だけど……」

 ゾージャは質問の意味がわからないらしい。

「いえ、だから、あの扉はなんのためにあるの?」

「あそこから、二階の寝室に行ける」

 ゾージャは普通に答える。あの扉の事を不自然だとは思っていないようだ。

「だから、なぜ、あんな高いところに扉があるんですか?」

「高いところ?」

 しかし、ゾージャは顔をしかめた。

「だって、あそこに扉がなかったらどうやって二階に行くんだ」

「二階へは階段で……」

 そこまで言いかかって、はっと口をつぐんだ。

 彼らは空が飛べるのだ、だから階段など必要ない、あそこまで飛んで行けばいいのだ。さっきのテラスもそうだ、あの危険な隙間は彼らにはまったく無害なのだ、飛べるのだから落ちる心配などない。

 今井はさらに恐ろしい考えが頭に浮かんだ。

 この家には階段がないかもしれない。そうだろう、飛べるのだから階段など必要ない。だとしたら、一人では寝室に行くことすらできない。これからこの家でどうやって暮らしていけばいい。

 しかし、ゾージャもナキータが何を考えているかわかったらしく、二階の扉を見上げて顎をこすっている。

「めしが終わったら飛び方の練習をしよう、空が飛べなかったら便所にも行けないぞ」

「練習?」

 今のゾージャの言葉は衝撃的だった。俺が飛べるようになるだろうか、確かにナキータのからだなんだからナキータが飛べるのなら飛べるのかもしれない。

「お願いします」

 思わず言葉に力が入った、空が飛べるのなら飛んでみたい、今井は始めてここの生活が楽しそうだと感じた。


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