坊ちゃまそれは焼おにぎりです。
「おっせんべ おっせんべ 焼っけたっかな~」
と鼻歌を歌いながら少年は網の上でジュウジュウ音を立てる焼おにぎりをトングでひっくり返す。しょうゆの香ばしいかおりがだだっ広いキッチンに漂う。
ハラハラと気をもみながらメイド服の女性達が首を伸ばして、磨り硝子のドアの外から中をうかがっている。彼女達は何かに気付いたように後ろを振り向き、ほっとしたように道をあけた。
ドアが開く。
「坊ちゃま、何をされているのですか。その様な事はこの私が、」
黒いパンツスーツ姿の女性がカツカツとパンプスを鳴らして近付いて来る。上機嫌の少年は、誉めて誉めて、と言うようにますます目を輝かせて彼女を振り返った。
「おせんべ好きでしょ?」
己の為だと言われ、う、と彼女は返事に詰まった。
厚意はありがたい。が、仕える主に料理をさせるわけにもいかない。
「何も手ずから作られずとも……私には勿体無い事です、坊ちゃま」
凛々しい面立ちの、やや厳しさのにじんでいた目元がわずかに和らぎ、口調が歯切れ悪くなる。
「だって、ネットで調べたら案外簡単だったし。おにぎりを焼けば出来るんだって」
――それは焼おにぎりです、坊ちゃま。
坊ちゃまにキッチンを貸して欲しいと追い出されたメイド達と、お目付役の心の声がハモる。
小さなおにぎりをのべ棒で平たく潰して焼いたり揚げたりするなら正解だが。
油は危険なので、「じゃあ揚げなくちゃ」と言い出されない様に彼女達は沈黙を守った。
「……ありがたく頂戴致します。焼き加減はもうそれでよろしいのではないかと思うのですが」
そろそろ火を止めないとおせんべいが炭になりますので。
「じゃあ一緒に食べよう!」
用意してもらっていた皿に焼おにぎりを移し、やや黒いソレを坊ちゃまに食べさせるわけには、と気をもむメイドとお目付役は何とか丸め込もうと苦心しながら言い募った。
僕とは何か。
この家に居る者達に限っては、ただただ甘やかす奴らである。