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「それで?」
僕は続きが気になって訊ねてみた。
孝明は思い出したようにコーラを一口飲んだ。
「・・・それで?こういう話のおちとしてだいたいわかると思うんだけど、気が付いたら電車のなかで眠っている自分に気が付いたんだよ。もちろん、俺を乗せた電車が走っているのは地元で、周囲にはちゃんと乗客もいた。だから、全ては夢だったのかと勘違いしそうになったんだけど、でも、ふと手元を見てみると、あの誰もいない駅の待合室で手に取ったパンフレットがあったんだ。手に取ってそのまま無意識のうちに持ってきたんだろうね。だからさっき俺が話したことはちゃんとした事実なんだ。もう一度パンフレットの文字も確認してみたけど、それはやっぱりひらがなに似ているべつの何かだった」
「・・・もしかして、そのパンフレットってまだ持っていたりするの?」
僕は恐る恐るといった感じで確認してみた。すると、孝明は僕の顔を見ると、にやりと得意そうに微笑んだ。
「見たいかい?」
と、孝明は言った。
僕は観たいというように強く頷いてみせた。すると、孝明はそれまで座っていたフローリングの床から立ち上がると、机の前まで歩いて行った。そして机の引き出しを開け、そこから一枚のファイルを取り出して片手に持つと、再び僕のところまで歩いて戻ってきて腰を下ろした。それから、ファイルのなかから薄い冊子を取り出すと、僕に手渡してくれた。
手渡されたそれは、少し光沢のある、ツルツルとした質感のある紙で出来ていて、大きさは文庫本よりは少し大きいかなといったくらいのものだった。ページ数は十ページ程で、冊子のなかには孝明の言っていたとおり、一見するとひらがななのかなと思ってしまうほどひらがなに良く似た、でも全く違う文字らしきものでびっしりと埋め尽くされていた。
「何が書いてあるんだろう?」
僕はまさに異世界を証明するものを手にしてすっかり興奮していた。冊子を持つ僕の手は興奮のせいで少し震えてすらいた。
「わからない」
と、孝明は少し険しい顔をして言った。
「一応、俺も自分なり解読しようとしてみたんだけどね」
孝明は僕が手にしている冊子に目線を落としながら続けて言った。
「一度ネットのオカルトのサイトにアップしてみたこともあるけど、どうせ釣りだろって非難されるだけだったし・・・まあ、なかには真剣に調べたり、考えたりしてくれるひともいたけど、結局のところ、確かなことは何もわからなかった」
「そうか」
僕は頷きながら、なんとか冊子に書かれてある文字が読めないかと試してみたけれど、もちろん、無駄だった。
「たとえば、大学の教授とか、そういう偉いひと見てもらうっていうのはどうだろう?」
僕は顔をあげて孝明の顔を見ると提案してみた。すると、孝明はそんなことはナンセンスだというように軽く首を振った。
「無駄だよ。どうせ相手にしてもらえない。何かの悪戯だろうって思われるのが落ちだし、それに、俺がこの冊子を手に入れた経緯を説明したら、それこそ頭が可笑しいやつだと思われて終わりだよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
孝明はまるで幼い子供言い聞かせるみたいに微笑して言った。僕は手にしていた冊子を孝明に返した。
「だから」
と、孝明は続けた。
「あれがほんとうだったってことを証明するためには、もう一度あの世界へ行く必要があると思ってるんだ。それに、あのとき、俺に声をかけてくれた女性の存在も気になるしね」
と、孝明は僕から受け取った冊子に目線を落としながら、何か考え込んでいる表情で言った。
「孝明に早く電車に乗るように促した女のひとのこと?」
僕の問いに、孝明は頷いた。
「あのときは気が付かなかったんだけど」
と、孝明は心持小さな声で言った。
「あれは、もしかしたら、いなくなってしまった妹なんじゃないかって気がするんだ。つまり、妹は何かの加減で、俺が小学校六年生のときに、俺がこの前たまたま訪れたパラレワールドに妹は行ってしまったんじゃないかって。そしてそこに取り残されているんじゃないかって気がするんだ。だから、どうしてももう一度あの世界に行ってみて、あの声の主が誰なのか確認してみたいんだ」
僕は孝明の言葉に耳を傾けながら、ひとり知らない世界を彷徨っている幼い女の子の姿を想像した。
「というか」
孝明は一呼吸分くらい間をあけてから言葉を継いだ。
「あれから何度か試してみてはいるんだ」
孝明は横目で僕の顔をちらりと見ると、苦笑するような笑みを口元に浮かべて言った。
「実家に帰ったときとかにね。なんとかもう一度あの世界に行けないかって何度も、あのパラレワールドに入り込む原因になった電車に乗ってみたりしてるんだ。でも、今のところああいうことは起こらない」
「・・・でも、それって結構危険なんじゃないかな?」
僕はちょっと心配になって言った。
「だって、そのひとは、孝明を助けてくれたひとは、ここに来てはいけないって言ったんでしょ?」
「・・・うん」
と、孝明は、僕の科白に、軽く眉根を寄せていくらか難しい表情を浮かべて頷いた。
「でも、どうしても、確かめてみたいんだ。あれはなんだったのか、そしてそこに妹がいるのかどうか」
孝明は呟くような声で言った。




