第三話
「……あれ?」
目を覚まして一番最初に目にした物は、
何処か年代を感じさせる天井だった。
あたし、調練場に居たはずじゃ……
「目が覚めましたか?」
声が聞こえてきた方向に首を向けると、
頭に青い布を巻いた女性が微笑んでいた。
「……貴女は?」
「あっこれは失礼しました。
私は、袁家で武官をさせてもらっている
楽就と申します」
「はぁ」
深々と頭を下げる楽就さんに気の抜けた返事を返す。
礼儀正しい人だなぁ……こんな人に
会ったの初めてだよ。
それにしても、こんな優しそうな人が武官なのか。
人は見かけによらないってのは、本当だなぁ……
ん?武官?………………はっ!?
「し、失礼しました!あたしは楊泰です!
その、えっと……新兵やってます!」
寝台から飛び起きて慌てて頭を下げる。
そんなあたしを見て楽就様はクスリと笑った。
「そんなに慌てなくても貴女を
無礼討ちにはしませんよ。
取り敢えず深呼吸をして落ち着きましょう。ね?」
「は、はい……」
楽就様(さんとはとても言えない)に促され、
深呼吸する。
何度か深呼吸をしている内に、大分
落ち着きを取り戻してきた。
「落ち着きましたか?」
「はい、大分。……色々とすいません」
「いえ、気になさらないで下さい。
……楊泰さん、貴女の身に何が起きたのか
覚えていますか?」
「えっと……」
確か勝てないって言われたことに腹が立って、
勢いのまま紀霊様に喧嘩を売ったんだよね。
それで、いざ戦ってみると簡単にあしらわれて
それで--
「……あー思い出した。
あたし、返り討ちに合ったんだっけ。
うわぁ……格好悪」
「そう気を落とすことはありませんよ。
あの方は袁術軍随一の猛将ですからね」
あ、やっぱりそうなんだ。
あの人、如何にも私は猛将ですって空気を
纏ってたからね……
「これで解雇決定かぁ……」
新しい働き口を探さないといけないな。
街に行けば誰か雇ってくれるかな?
「その心配はありませんよ。
紀霊様は元々貴女を解雇するつもりなど
ありませんからね」
「……どう言うことですか?」
「紀霊様は貴女を実力を図るために、
わざとあの様に煽られたのですよ」
「えー」
予想外の事実に一気に気が抜ける。
何だそりゃ……あたし、ただの怒り損じゃない。
そもそもあたしも簡単に騙されすぎだろ。
「貴女の考えていることは大体分かりますよ。
私も同じことをされましたからね」
「楽就様も紀霊様に喧嘩を売ったんですか!?
全然想像出来ないんですが……」
「私だって人間です。
血気にはやることもありますよ。
……まぁ、私の場合は醜い嫉妬が原因
だったのですがね」
「嫉妬、ですか……」
意外だった。楽就様が紀霊様に嫉妬することが。
むしろ紀霊様の方が色々と劣ってそうなのに……
「意外そうな顔をしていますね」
「あ、はい。楽就様が紀霊様を嫉妬する姿が
想像出来ないって言うか……」
「フフッ私、凄く嫉妬深いんですよ?」
楽就様は茶目っ気のある笑みを浮かべる。
美人が笑うと絵になるなぁ……なんてことを
考えていた時だった。
一人の兵士が駆け込んできたのは。
「楽就将軍!!ここにいらしたのですね!?」
「どうしました?」
「街の周囲を哨戒していた隊から、
賊を発見したとの報告がありました!」
「……紀霊様の指示は?」
「ハッ!楽就将軍には優秀な兵士を300人ほど
見繕って欲しいと仰られておりました。
それと装備も任せるとも」
「……分かりました。紀霊様には最高の兵士を
見繕っておくとお伝えください」
「ハッ!」
兵士が楽就様の伝言を聞いて医務室から
飛び出していく。
楽就様はそれを見送った後、あたしの方へと
振り向いた。
「お話の途中で申し訳ありませんが、
部隊の編成がありますので私はこれで
失礼させていただきます」
「……これから、賊の討伐に向かうんですよね?」
「恐らく私は城に残ることになるでしょうがね。
……貴女も参加しますか?」
「はい!あたしも参加させてください!」
「分かりました。では、すぐに身支度を整え、
調練場へ向かってください。
そこで部隊の編成を行いますので」
楽就様の言葉に頷き、あたしは寝台から降りる。
そして身支度を整え、楽就様と共に
調練場へと向かった。
「賊ですかぁ?」
「うむ、哨戒を行っておった隊から報告があっての。
どうやら街の南東にある放棄された砦に
集結しておる様なんじゃ」
哨戒を行っておった隊の兵士から賊を
発見したとの報告を受けた儂は、賊討伐の
許可を得るため謁見の間に訪れていた。
「どのくらいの人数が居るか分かります?」
「今のところは1000人程度らしいが、
何が起きて人数が増えるか分からぬ。
早急に討伐するべきじゃ」
「私もその意見に賛成ですね。
では早急に「七乃!喉が渇いたのじゃ!」
はい、美羽様♪蜂蜜水ですよ~」
「ご苦労なのじゃ七乃!んくんくんく……ぷはぁ!
やはり蜂蜜水は最高じゃ!」
「なんて豪快な飲みっぷり!美羽様素敵です~
ささっ!もう一杯♪」
あぁ……張勲が一瞬で馬鹿に戻ってしまった……
何故真面目なままでいてくれないのじゃ張勲よ。
お主が真面目なままであれば、
儂の負担は一気に減るというのに。
張勲は基本的に政治、謀略、軍団統率に優れた
優秀な人物である。
特に謀略に関しては他の追従を許さない程だ。
だが、こやつがその能力を行使することは殆ど無い。
何故ならば……こやつにとって、
袁術殿以外の存在は路傍の石程度
でしかないからだ。
だからこそ普段は仕事などせず、袁術殿と
馬鹿をやっている。
まぁ、本質的に馬鹿であるのだが……
袁術殿に命じられば、
間違いなく嬉々として仕事に取り組むだろう。
是非とも命じて儂の負担を軽くして欲しいものだ。
「袁術殿……その蜂蜜水で何杯目ですかな?」
「五杯目じゃが?」
「五杯!?一日三杯までと決めたでは
ありませぬか!!」
「はて?そうじゃったかのぉ……」
あれだけ……あれだけ苦労して蜂蜜水の飲む量を
決めさせたというのに、まさか惚けられるとは……
恩人でなければ鉄拳制裁をお見舞い
しているところじゃ。
実のところ袁術軍の財政を最も圧迫しているのは
袁術殿の大好物である蜂蜜だ。
蜂蜜は生産数が少なく、取り寄せるしかないため
非常に高くかかってしまう。
どれくらいかと言うと、蜂蜜一壺で袁術軍の
1ヶ月分の兵糧を揃えることが出来ると言えば、
どれ程高価か分かってもらえるだろう。
蜂蜜の価格と1ヶ月の消費量を知った儂は、
袁術殿に詰め寄り、一日の蜂蜜の消費量を
決めさせたのだった。
それでも財政が厳しいことには違いないのだが……
「袁術殿……儂は常日頃から口を酸っぱくして
言っておるはずですぞ?
太守としての自覚を持ちなされと」
「説教は聞きたくないのじゃ!そんなことよりも
蜂蜜水のお代わりじゃ!」
「はい、美羽様♪」
「……はぁ。もう良い。
では、これより賊の討伐に向かう。
張勲よ。儂が居らぬ間に袁術殿を
甘やかしすぎぬようにな」
「分かってますよぉ。
ちゃちゃっと片付けてきてくださいね~♪」
張勲は満面の笑みで、手を振ってくる。
……絶対に分かっておらぬな。
儂は深いため息をつき、謁見の間を後にした。