第一話
書けども書けども書簡の山は無くならず……
何時になったら休めるのだろうか?
もう三日も寝ていないんじゃがなぁ……
眠たいのぉ……
儂の名は紀霊。荊州太守、袁術殿に
仕えている武官だ。
主に軍事に関する全てを任されている。
本来ならばこの書簡は文官が見るべき物なのだが……
文官の数が不足している上に、
経験が浅い者が多いため儂が見るしかないのだ。
おかげで儂の睡眠時間はどんどん削られていき、
この頃は三日眠らないことは当たり前、
一週間寝ないことも多々ある。
……どうしてこんなことになったのかのぉ……?
……袁術殿に拾われたことがいけなかったの
じゃろうか?
儂には袁術殿に拾われるまでの記憶が無い。
気が付けば一人荒野に立ち尽くしていたのだ。
自分の名すら思い出せずに途方に暮れていた儂を
袁術殿は拾って下さり、名まで名付けて下さった。
その恩義に報いろうと儂は身を粉にして
働いてきたが……
だが、いくらなんでもこれは過酷すぎる。
儂でなければ過労死しているだろう。
「……はぁ」
休みたいのぉ……
「失礼します。紀霊様、警羅の人員不足の
件についての上申がありました。
ご確認願います」
日が傾き始めた頃、頭に青い布を巻いた
女性が部屋に訪れた。
こやつの名は楽就。
儂の直属の部下で、儂ほどではないが
何でもそつなくこなすことが出来る貴重な存在だ。
「おぉ楽就!丁度良いところに!
すまんがちと手を貸してくれぬか?
書簡の数が多くてのぉ……」
「……それよりも先に、警羅の--」
「そんな物は後回しじゃ!このままでは
儂は死んでしまう!頼む!儂を助けてくれ!」
楽就に向かって土下座する。
この地獄から解放されるのならいくらでも
土下座してやるわい!
「どうか頭を上げてください!
私のような者にその様なことをなさっては--」
「そんなことは関係無い!
この老い耄れのが今日を生き抜くためには、
お主の力が必要なのじゃ!」
「……私と二歳しか違いませんが?」
「細かいことを気にするでない!」
因みに儂は二十三歳で楽就は二十一歳である。
「手伝いたいのは山々なのですが、
私にもやらねばならない仕事がありますので……」
楽就は頭を下げて、部屋から立ち去ろうとする。
こやつ、一人だけ逃げるつもりか!!
「逃がすかぁぁぁぁ!!」
「きゃっ!?」
立ち去ろうとする楽就の背中に飛び付く。
突然のことに楽就は反応出来ず、儂と共に
床に倒れ込んだ。
「いきなり何をなさるのですか!?
は、離してください!!」
「逃げようとしたのじゃろうがそうはいかん!
お主も道連れにしてくれる!」
「何を訳の分からないことを!!」
「訳が分からなくても良い!お主は黙って
儂を手伝え!!」
「なっ!?いくらなんでも横暴すぎる!!
そんな要求に従えるはずが--」
「ふ、ふふふ……終わったぞ……」
結局、朝までかかってようやく書簡は無くなった。
……朝日が眩しいのぉ。
因みに楽就は既に気を失っている。
ついさっきまでは起きていたのじゃがな。
「……さて、兵達を鍛えてやらんとな」
どっこいしょと立ち上がり部屋から出る。
本当は今日の調練は楽就が担当するはず
だったのじゃが……
無理矢理政務を手伝わせたのじゃ。
せめてこれぐらいはしてやらねば罰が
当たってしまうわい。
……まだ眠れそうにないのぉ。