ACT8
始まりの街、ニューデウス。
城壁で囲まれたその街は、多くのプレイヤーやNPCで賑わう、4つのエリアで構成される広大な街であった。
市街地エリアでは露店や屋台が立ち並び、客の呼び込みに大声を張り上げるプレイヤーの姿がよく見られる。NPCの道具屋や鍛冶屋もところどころで見かけるが、それは少数なようで、大半は生産職のプレイヤーの経営するもののようだ。店に並べられている品はどれもプレイヤーが作った品らしく、堂々とならべられている。
住宅街エリアは、市街地とは違う賑やかさがあった。カチャカチャという食器を洗うような音や蛇口から出る水の音。
掃除機の音といった生活感溢れる音がBGMのように流れている。ここでは、プレイヤーが家を購入できるようで、既に何軒かはプレイヤーハウスとなっているらしい。そしてプレイヤーハウスの中には、店としても機能するものもあるようで、生産職のプレイヤーは自分の店を持つことを目標に日々頑張っている。
歓楽街エリアは、宿屋や食堂、温泉や訓練所やカジノなど、バラエティーに富んだ場所となっていて多くのプレイヤーが出入りしている。そのプレイヤーの中には、カジノなどの娯楽施設に入り浸って、中毒になってしまった人がいるとかいないとか。
スラム街エリアはその名の通り貧しい者が住まう街で、多くのならず者達が潜んでいるとも言われ、黒い噂の絶えないエリアとなっている。
そして、中央にあるのは広場。最初にプレイヤー全員が集められたあの場所だ。広場の中央に巨大な掲示板が張られており、ここでクエストの受注やパーティーの募集などができるため、多くのプレイヤーで賑わっている。
そう、ここは現在確認されている中で最大規模のプレイヤータウン、ニューデウス。プレイヤーが生活するうえで必要とする機能の全てを備えた街。大半のプレイヤーが活動拠点としている街である。
その街をハルトは現在、
「うおおおォォォッ!!」
「うわあああああ!怖いよにいちゃん!!速すぎるよおおおおおぉぉぉ!!!」
子供を背負い、全力で走っていた。
「よし、着いたぞ。間に合ったか?」
「うん!間に合ったよ。連れてきてくれてありがとう。お礼にこれあげる」
小さな掌で50Gを渡す子供に笑顔を向けるハルト。子供のNPCになら人見知りは発動しないらしい。
「ありがとな。次からは気をつけろよ。じゃあな!!」
「じゃあねー!」
『クエスト<僕を連れていって>をクリアしました』
ブンブンと手を振る子供に手を振り返すハルトは、クエストクリアを伝える合成音を聞き、小さな満足感に浸りながらもため息を吐いた。それはなぜか。ことの始まりはハルトがニューデウスの入り口に着いたところで起きた。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ」
ハルトは、餓鬼の森からニューデウスまで全力で走ってきた。何度も体力ゲージが尽きてしまったが、それも全て肉とシャワーとベッドのため。その一心で走ってきた。それなのに、
「あんらまあ、荷物が無くなってるだあよ。どっかで落としただか?こりゃ大変だぁな」
目の前で、荷馬車を引いた男が何か荷物を探しているではないか。とっさに木の陰に隠れたものの、このままでは街に入れないのでハルトは対策を考える。
(様子を見てる限り、これがクエストだということは間違いないな。ずっとおんなじことばっかり言ってるし。さてどうしよう。このまま誰か他の人が来るのを待つか?いや、それはダメだ。それじゃ時間が掛かるかもしれない。肉が遠ざかる。じゃあどうしよう。横を突っ切るか?そうだ!それがいい!クエストだって受注しなけりゃいいだけの話だしな)
でも、できるだけ気づかれないようにしよう。と付け加えるところはハルトの気弱さをよく表している。
ハルトは必死だった。知らない人に話し掛けられるなんて考えたくもないことだった。たとえそれがNPCだったとしても。あの3ヶ月という時間はただでさえ人一倍人見知りだったハルトに磨きをかけたのだ。
木の陰からタイミングを見計らう。その距離約10メートル。ターゲットである男は、「あんれー」とか「大変だあ」とか言って絶えず動き回っているので突撃の瞬間は気をつけなければならない。そして、遂にその時は来た!!
(今だッ!!)
男が荷馬車の向こう側へと姿を隠した瞬間にハルトは勢いよく走り出した。その速さは雷鬼との戦闘の時の速さに匹敵し、その表情は雷鬼と戦った時より凄まじい表情で、雷鬼との戦闘より必死だった。
地を駆けるハルト。しかしその勢いが仇となったか。地面に落ちていた少し大きめの石に躓き、転んでしまった。
(あ、やべ……)
冷や汗が流れる。転んだ痛みよりも、男に気づかれたかもしれないという恐怖が今のハルトには重要なことだった。
そして、その予感は正しかった。慌てて立ち上がろうとしたハルトは、男に声を掛けられた。
「大丈夫かぁ?どっか怪我してねえか?」
人見知り発動。
ハルトの身体が極度の緊張により動かなくなる。視線だけを動かし男を確認するが、男がそんなハルトの様子を見て遠慮してくれる訳もなく、さらにハルトに喋り掛ける。
「大丈夫そうだなぁ。よかったよかった。じゃあ一つお願いしてもいいだか?」
クエスト受注確認の文字が目の前に浮かぶ。思考停止状態のハルトは、よくわからないまま条件反射に近いもので『Yes』を選択した。
「おお!ありがたいだ。それじゃあオラはここで待ってるから探して来てくれ。オラはあっちから来たから多分この道沿いに落ちてるだよ。モンスターに取られるかもしれないから急いでほしいだ」
そう言って男は、ハルトが走ってきた方向を指差した。その道は、探しに行けば、必死に走ってきた努力が無駄になる道。しかしハルトはそのことに気づかず、一目散にその方向へ走り出した。
そのあとは大変だった。何かのクエストを受けたような記憶しかないハルトは、走りながら受注リストを確認し、今走っている方向を見てため息をついたが、仕方ないと諦め、先を急いだ。
しかしそういう時に限って邪魔というものは現れるもので、街へと走って来る時は一度もモンスターと戦闘にならなかったのに、男の荷物を探しながら進むと無駄にモンスターがハルトに突っ込んできたのだ。武器を持っていないハルトだが、相手は初期モンスターでハルトとのレベル差があり、素手でも一撃で葬れるので戦闘には困らなかったのだが、如何せんモンスターの数が多すぎた。荷物を見つけるまでに20回程戦闘を行い、男のもとへと戻るまでにその倍くらい戦闘をこなした。そして、長時間走った肉体的な疲れと雑魚モンスターと何度も戦ったことによる精神的な疲れにより、ハルトは疲労困狽に陥ったのだが、クエストの報酬が少なかったことがさらに疲れを重ねた。
その後も、不運が何度も何度も重なり今に至る。
いくつのクエストをこなしたのだろうか。クエストのためにいつの間にか街の中に入っており、帰還の感慨などどこにも無く、少額の報酬のクエストばかりをこなしてしまったハルトの体力、精神力はもう既に限界に達していた。もともとあった目的の肉、シャワー、ベッドの3つのことはもう念頭に無く、今はただ寝むりたい。それが頭の中を占めていた。
フラフラ〜っと、酔ったように足取りがおぼつかないハルト。ハルトはただ、寝る場所を求め、重いまぶたを必死に開き、宿屋を目指し歩いた。
しかし不幸は重なるもので、ハルトが向かった先は宿屋のある歓楽街ではなく、いい噂の無いスラム街だった。
長くなるので一旦区切ります。