EDIT6
短いです。
「征四郎さん、征四郎さん」
「どうした?」
「これを見てください」
体育館のような巨大な空間。中央には膨大な数のPCが並び、壁にはディスプレイが隙間なく埋め込まれている。そしてそのディスプレイの一つ一つにファンタジー色の強い格好をしたアバターが映っている。
そう、ここは<Sword∞World>の運営本部。その仮想空間を支配し、調整し、放送用に編集する場である。その中の一つを指差し、女は言った。
「このプレイヤー、かなりの有望株ですね。この戦闘見てください」
女はキーボードをカタカタと言わせ、ハルトと雷鬼の戦闘をディスプレイに表示した。
「……凄い。格上の敵にここまで打ち合うなんて。スキルも使って無いようだし、信じられないプレイヤースキルの持ち主だね」
激しい剣戟がディスプレイを流れる。ハイレベルな戦闘を見て、征四郎は素直な感想を述べる。
「その前にこの敵、強すぎないか?レベルに見合わない動きをしているけど。このプレイヤーじゃなかったら瞬殺されるだろう。誰だ!こんなモンスター造ったのは!!」
征四郎がそう言うと、女がジト目で見てきた。
「……征四郎さん、あなたです」
「……へ?」
「『……へ?』じゃないですよ!!βテストを目前に控え、このゲームが最終調整に入っていたところにあなたがふら〜っと入ってきて、モニターの前で何かゴソゴソして、終わったと思えばこんな無駄に難易度が高いクエストが出来上がってました!!」
「記憶に無いんだけど……」
「それもそのはず。あなたはあの時ぐでんぐでんに酔っ払っていましたからね。漫画のように頭にネクタイ巻いてお土産片手に」
「そうだっけ……。でもそれならすぐに消せばよかったじゃないか。なんで消さなかったの?」
心なしか、征四郎の口調が段々と弱腰になっているように感じるのは気のせいだろうか。
「あなた、自分が社長って自覚ありますか?」
そしてこの女の口調が強くなっているように感じるのも気のせいだろうか。というかあなた、自分が部下って自覚ありますか?
「そうだった……。てへぺろっ☆」
「まったく、あなたって人は……」
女の様子からみると、こういうことは毎度のことらしい。
「でもよかったじゃないか!!クリアしたプレイヤーがいるし!!」
「それはそうですけど。……でも他に問題が起きました」
征四郎が首を傾げると女が次は違う方を指差す。そこにはモニターの前で物凄い勢いで作業している人物がいた。時々、「ぐはっ」とか「うおぉぉぉ!!」とか叫んでいる。
「彼は開発部長です。どうやら征四郎さんの作ったクエストを確認したら刺激されたらしく、『俺もプレイヤーの限界を試す!!』とかなんとか言って、そのままあんな感じになりました」
女は頭が痛いというように、こめかみを押さえながら言った。
「いいじゃないか。彼はそこに意義を感じるんだ。人生に必要なのはそういう遊び心だ。君もあんまり肩肘張らずに、気楽にいきな」
征四郎は女の肩を叩きながら実に楽しそうにそう言うと、扉へと向かう。
「どちらへ?」
「また潜るよ。新しい武器が作れるようになったんだ。攻略組にも懇意にしてもらってるし」
「そうですか。でもほどほどにして下さいよ。社長ってことがばれては困ります」
「わかってるよ。じゃあね」
ひらひら〜、と手を振りながら征四郎は歩いていく。その背中を見て女は思う。
−−−彼はまだ若い。数々の結果を出したから35歳という異例の若さで社長となったが、それでも経験不足は否めない。そしてどこか抜けている。私が支えないと−−−と。
女は知らない。征四郎の出した結果は彼女が必死にフォローし続けたから出せたことに。
ペシン、と両手で頬を叩き、気合いを入れた女はモニターに向き合う。しかし、もう一度ディスプレイを見る。そこに映る一人のアバターを。そして呟いた。
「−−−ハルト、か。まさかね」
女は静かにキーボードをリズムよく打つ。過去を振り払うように。過去には戻れないのだから。
次回からは5000〜7000文字くらいになると思います。