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第三章:魔法の森での共闘

 木々が天を突くように生い茂り、陽の光すら届かないほど濃い緑に覆われたその場所は、「魔法の森」と呼ばれていた。風はほとんど吹かず、代わりに空気そのものが魔素を帯びて揺れているような感覚に襲われる。一本一本の木が息をしているかのようで、葉のざわめきすら神秘的に響いた。

 森の入り口に立つ大樹は、周囲に漂う微かな魔力の流れを感じながら慎重に一歩を踏み出した。彼の横には、緊張を浮かべた表情の里香がいる。二人は幾つもの小さな道を通ってきたが、この森に入るのは別格だった。なぜなら、ここはただの自然ではなく、意志を持つ迷宮とも言われる場所だからだ。

「……ここ、本当に入るの?何か、背筋がぞわぞわする。」

 里香の声は抑えめだったが、その内には確かな不安が滲んでいた。いつも冷静で気丈な彼女が、こうして自分の不安を隠さず口にしたことに、大樹は意外さと同時に、どこか愛しさにも似た感情を抱いた。

「大丈夫、一緒にいるから。」

 彼はそう言って、そっと里香の手を取った。指先が触れ合った瞬間、微かな熱が走る。里香は驚いたように目を瞬かせたが、その手を振り払うことなく、静かに握り返した。彼女の頬に朱が差し、ほんの少し目を逸らす仕草が、たまらなく可愛らしく映った。

 しばらく森を進むと、突如として景色が変わった。淡い青紫の光を放つ花々が、道の両脇に咲き誇っていた。周囲の空気がふっと柔らかくなり、風に乗って甘い香りが漂ってくる。

「……すごい、ここだけ別世界みたい。」

 里香が小声で呟くと、大樹はその言葉に頷きながら、一輪の花をそっと摘み取った。茎は細く、触れるとまるで水でできているかのように柔らかかった。

「君に似合うと思って。」

 そう言って差し出された花を、里香は一瞬受け取るのをためらった。だが、大樹のまっすぐな視線に押され、静かに花を受け取る。指先が触れた瞬間、ふたりの間に言葉にならない想いが流れた。

「ありがとう……なんか、嬉しい。」

 彼女の声がわずかに震えていた。口元には控えめな笑みが浮かび、その目には確かな輝きが宿っていた。

 しかし、その美しさに見惚れている時間は長くは続かなかった。森の奥から、ざわり、と不穏な風が吹き抜ける。木々が軋み、地面が微かに震えたかと思うと、霧のような何かが足元から立ち上る。

「まずい、こっちに何か来る…!」

 大樹はすぐに判断を下し、周囲の魔力を探った。だが霧の中では魔力の流れも読みにくく、感覚が狂う。

「動かないで、今、術式を展開する。」

 大樹の声は冷静だったが、内心では焦りが募っていた。こんなにも視界と感覚が奪われる状況は初めてだった。里香も同様に身を強張らせていたが、彼の指示に従ってじっと動かずにいた。

 だが次の瞬間、霧の中から巨大な影が飛び出した。黒くうねる蔓のような魔物。反射的に大樹が詠唱を終えるより早く、里香が杖を構えた。

「プロテア・バリア!」

 彼女の周囲に白い球状の魔法陣が展開し、攻撃を弾く。光の粒がはじけ、森の暗がりに星のように散った。

「……ありがとう、助かった。」

 大樹がそう言うと、里香は少し強がるように、そっぽを向いて笑った。

「今度は私が守る番だったから。」

 そうして二人は再び背中を預け合い、霧の魔物を撃退していった。いくつもの術と回復の光が交差し、森に静けさが戻る頃には、二人の息遣いはぴたりと重なっていた。

 夕暮れが森を淡く染める頃、ふたりはようやく開けた場所に辿り着いた。そこは小さな泉のある草地で、木々の合間から空が覗いていた。

「ここで休もう。少しだけ…」

 そう言って大樹が腰を下ろすと、里香もその隣に静かに座った。目の前には、さざ波のように揺れる水面。空の色を映して、ほのかに橙色を帯びている。

「今日……一日中、緊張してた。でも……あなたがいてくれて、助かった。」

 ぽつりと漏れたその言葉に、大樹は少しだけ、口元を緩めた。

「俺も、君がいたから進めたよ。」

 ふたりの距離が、ほんのわずかに縮まる。心の奥にある何かが、そっと揺れる。伝えたくて、でも言葉にできない想いが、静かにその場を包んでいた。

 そしてその夜、森の頭上には満天の星が広がった。互いの背中に寄り添いながら、ふたりはただ、空を見上げていた。何も言わず、ただ静かに、同じ夜空を見つめて。

 それだけで、もう充分だった。

 ──章終──


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