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第十章:最後の戦い

 天空を覆う黒い雲の海は、まるで世界そのものを飲み込もうとするかのようだった。冷たい風が唸りを上げ、空気には雷のような魔力が満ちている。はるか彼方には闇の魔王の城が浮かび、漆黒の塔から禍々しい霧が放射状に広がっていた。その霧は大地を蝕み、空を裂き、人々の心から希望の色を奪ってゆく。

 里香は、ドラゴンの背にしがみつきながら眼下を見下ろした。あの広がっていた草原も、煌めいていた湖も、いまは濁った影に覆われている。胸の奥がぎゅっと痛んだ。けれど――後悔はなかった。大樹の背に手を添え、彼の背中越しに見えるその未来を、どうしても守りたいと思った。

「この空、まるで世界が泣いてるみたい……」

 そう呟いた声は風に溶けたが、大樹には届いていた。彼は振り返らずに、静かに呟き返す。

「だったら、俺たちが光を取り戻す。」

 その声は、確かで、優しくて、あまりにも頼もしかった。心がどんなに不安でも、この人と一緒なら進める。そう信じられる何かが、彼の言葉には宿っていた。だから、怖くない。そう思えた。

 その時だった。闇の城から巨大な魔獣が飛翔し、空中で咆哮をあげた。黒い翼、いくつもの眼、そして魔力の触手。その姿は、正気では直視できないほど異形だった。

「くるよ!」

 大樹が咄嗟に詠唱を開始する。彼の手の中で光が凝縮し、剣のような形を取る。聖なるエネルギーを帯びた光の剣――「光耀の刃」が、ついに目覚めた。

「行こう、俺たちの戦いを終わらせるために!」

 ドラゴンが唸りを上げ、闇の魔獣へと突進する。戦いは空中で始まった。風と風、魔法と魔力、意志と意志が激しくぶつかり合う。大樹は剣を振るいながら、同時に詠唱を続け、里香もその隣で癒しと支援の魔法を絶え間なく放ち続けた。

「今だ!魔力を集中して!」

 大樹の指示に応じて、里香は杖を掲げた。心の奥にあるすべての想いを、願いを、愛しさを、込めるように唱えた。

「――イリシア・エルナ!」

 その瞬間、空に花のような魔法陣が咲き、眩い光が放たれた。光は闇を切り裂き、魔獣の動きを一瞬止める。そこに、大樹の一閃が走る。光の剣が軌跡を描き、魔獣の核心を貫いた。

 だが、勝利の瞬間は一瞬の油断も許さなかった。魔王の本体――あの浮かぶ城が、大地に向けて呪いの霧を放ち始めたのだ。空気が震え、世界が崩れ始めるような錯覚さえ起きる。

「大樹、これ以上は……!」

「君は、ここに残って。俺が、終わらせてくる。」

「やだっ、そんなの、絶対……!」

 里香が叫ぶと同時に、大樹は微笑んだ。やわらかく、深く、どこか切ない笑顔だった。次の瞬間、彼の周囲に魔法の結界が展開され、彼の身体がふわりと浮かび上がる。

「戻ってくるよ。約束する。だから、信じていて。」

「戻ってきて、絶対に……っ!」

 叫びながら、彼の姿が光の粒に変わり、闇の城へと向かって消えていった。風が吹き抜けた。彼の残り香のような温もりが、里香の頬を撫でていく。

 心が千切れそうだった。けれど、彼の言葉を信じたかった。涙が溢れた。なのに、不思議と心は崩れなかった。大樹の「信じて」という声が、確かに耳の奥で何度も響いていたから。

 ――そして数分後。闇の城が、激しい閃光と共に崩壊した。空が震え、霧が散り、雲が割れ、真っ白な光が世界を包み込む。

 その光の中心から、一人の影が現れた。マントを風になびかせ、光の剣を手にしながら、まっすぐと空を駆けてくる。

「……大樹!」

 里香は立ち上がり、叫んだ。涙で視界が滲む。でも、その姿だけは、はっきりと見えた。彼が――帰ってきた。

 ドラゴンが空を舞い、彼を優しく受け止める。再会の瞬間、ふたりは目を合わせた。何も言わずに、ただ、見つめ合う。言葉はもういらない。すべてが、わかっていた。

「生きてて、よかった……っ」

「君の声が、ここまで導いてくれた。」

 再び繋がれた手は、もう二度と離さないと誓うように、強く、温かく握り合っていた。

 空は晴れ、世界は光に包まれた。戦いは終わり、ふたりの旅は、新たな物語の幕を開けようとしていた。

 ──章終──


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