お土産
姫路作川高校は一応進学校で、受験の事を考え修学旅行は二年生の十月に行われる。
四泊五日、沖縄旅行。
朝からスポーツバッグに着替えや海パンを詰めて、姫路駅南側ロータリーまで母親に送ってもらう。母親にお土産にミミガーの燻製を頼まれた。初の沖縄にテンションも上がる。後輩へのお土産を考えたときに、弟よりも先に綾瀬の事が頭の中に出てくる。綾瀬の事を考えるとなんだか落ち着かない。ここ最近の俺はなんか変で、このそわそわした気持ちをどう表現したらいいのかわからない。
神戸空港までは観光バスで移動。
空港から沖縄空港まで百三十五分あっという間についた。暑いまだこんなに暑いのかとアウターを脱ぐ。お上りさん御一行様とかした学生たちは、空港でもあれやこれやとうるさい。先生の話も聞かず各々にしゃべり倒している。バスでホテルへと向かう。事前に決まっていた部屋割り表を見て各自部屋に行く。三人部屋に補助ベッド二台が置かれた五人部屋、多少窮屈さはあるがそこは致し方無い。部屋に入るや否や、じゃんけんでベッド争奪戦だ。力いっぱい「最初はグー、いんじゃんほい」
俺は負けた・・・
壁に頭が沿うように三台のベッドが並んでいて、反対側の壁際に縦が沿うように補助ベッド置かれていた。補助ベッドのドア側が俺の今日の寝床だ。
昼はフリータイムで海に行くものや、焼け落ちた首里城に見学に行くもの、美ら海水族館にいくものなど、集合時間の五時にホテルに帰宅すればよかった。先生の注意点は携帯電話の連絡が必ず付くように、あと五時以降はホテルから出るなそれだけだった。同じ部屋の五人で沖縄国際通りに出かけた。アメリカ色の濃い街並みにテンションも上がりっぱなしで食べ歩きをした。アイスクリームは絶品で追いアイスを三回もしてしまった。
沢山の他校の学生たちも国際通りには多くいて、修学旅行沖縄は定番なんだなとつくづく思う。
夜はまたベッド争奪戦。今夜は何とか補助ベッドから脱出できた。
「ピンポーン」部屋のチャイムが鳴る。同じ部屋の小竹が扉を開けると、二人の女子が立っていた。先生に怒られるのではと思いながら、とりとめて気にもせず荷物の整理をする。小竹が、類呼ばれてるでと声をかけてきた。五組の女子だ。俺は二組でその子たちとは話したことはない。
「何?」
廊下に呼び出されたのでドアのロックを折り扉が閉じないようにして廊下に出た。
一人の女子が肘で早くと促すようにもう一人の女子をつついている。二人が目配せをして、一人の女子が
「ずっと好きでお付き合いしてくれませんか?返事は姫路に返ってからでいいので」
二人は走っていった。俺は名前も知らない。かろうじて顔は知っている。中から色男とか、モテるね、ヒューヒューと声がしている。部屋の中に入りどうするのとか聞かれたけど無言を通した。俺の中では断ると決めていた。なぜだか綾瀬の顔が過ぎった。
四日間とも晴。
あっという間に最終日。
今日はお土産を買いに一日目に来た国際通りにきた。母に言われたミミガーの干物が入ったオレンジ色のコブクロを五個買った。クラブの後輩たちには、ひとつひとつ小袋に入った三十個入りのちんすこうを、父と弟にはシーサーのストラップを買った。綾瀬にお土産を買うか買わないかいや買う理由を頭の中で考えている自分がいた。
三軒目のお土産屋さんで、薄い木でかたどった幸せの亀のお腹の部分が丸くくり抜かれて、そこに小さな二対のシーサーが入ったストラップを見つけた。これだと思い自分の分ともう一つ色違いのストラップを買った。
月曜日、通常運転の学校生活に戻る。
放課後練習前に、お土産で買ってきたちんすこうを皆に配った。弟にも綾瀬にも・・・
綾瀬には俺と色違いのストラップも買った。俺は自転車のカギにストラップを付けた。誰もいない時に渡さないといけない。一人だけに買ったことがわかると他の一年生がどう思うか想像しただけで空恐ろしい。
クラブが終り一年生は片付けをしている。俺はちょっとゆっくり制服に着替えて、自転車置き場に向かった。白々しく綾瀬に出くわさないかと思ったが綾瀬は他の一年生と自転車置き場に来た。類に挨拶をして、自転車で帰っていった。渡すことができなかった。カバンの内ポケットにストラップは入ったままだ。
※ ※ ※
月曜日。
類が修学旅行から帰ってきた。
今日は母が早番で、朝練には参加できない。いつものように皇樹が家を出てから、俺も自転車で学校に向かう。放課後やっと類に会える。ワクワクしながら心ここにあらずで時間が立つのをひたすら待つ。放課後、零と一緒に体育館に向かう。バッシュケースにかわいいシーサーのストラップが付いていた。
「類さんのお土産?」
「そうやねん。付けるとこないからここに付けてん」
「そうなんや。かわいいやん」
類さんからのお土産、めちゃええやんええやん。俺も欲しい。類さんからのプレゼント、めちゃくちゃ零がうらやましかった。ストラップをガン見した。ストラップのシーサーに睨み返された。
放課後二年生が体育館に次々にやってくる。
類さんがやってきた。やっぱりいつ見てもどタイプだ。すらっとしていて綺麗な筋肉が付いている。まじまじ見ていると類さんが近寄ってきた。お土産のコブクロ入りのちんすこうをもらった。最高の笑顔で類にお礼を云った。ほかの二年生からも同じようなちんすこうをもらったので思わずぐぐっと喉を鳴らして笑ってしまった。二年生がいるクラブは熱気が上がり一年生もやる気が違う。格段にテンションがあがる。類に久しぶりに会えて俺もテンション高くナイッシューと声もたくさん出した。帰りの自転車置き場に類がいた。神様こんなところでも類に会わしてくれてありがとう。空を見上げた。帰宅途中ラインがなる。
「ピコン」
類からだ。あっ思わず口から洩れた。ズキュウン心臓を撃ち抜かれた。道端に自転車を止めて震える人差し指で携帯を操作した。画面にかわいいこんにちはの絵文字と文面。
―明日、朝練は来るか?―
―はい出ますー
了解の絵文字がきた
たったそれだけのやり取りだった。それでも俺はうれしくてうれしくて、恋する乙女いや乙男絶賛妄想中だ。
次の日の朝練は昨日のラインがうれしすぎていつもより十五分も早く出てしまった。
翌日、いつも通り自転車で学校へ向かう。自転車置き場に類がいた。
「類さんおはようございます」
「綾瀬これ」
類の手から透明の袋に入ったストラップが渡された。あまりの嬉しさに金魚の口のごとくパクパクとしてしまって、声がかすれて目が点になった。
「マネージャーになってくれてありがとな。零のわがままに付き合ってくれてありがとな」
俺と色違いやと自転車のカギについているストラップを指で摘まんで左右に振って見せてくれた。
お揃いなんてうれし過ぎる顔が太ももに着くほど頭を下げてお礼を云った。
類は踵を返し背中を俺に向けて肩口でひらひらと手を振って体育館の方へと消えて行った。
俺はすぐに自転車のカギにストラップを付け、大きくスキップをしながら体育館に行った。
日々少し気だるそうに愛想笑いだけして生きている。入学して二か月も立つとクラスの連中には俺は愛想がいいわけではなく愛想笑いでごまかしているとバレている。今の俺は頭の中には蝶々が飛んでいる。自転車の鍵に着いたストラップを振り回しながらスッキプスキップ。
終始機嫌がいい一日になった。自宅に帰ってからもずっとストラップを見ていた。類さんが俺の為に選んでくれたストラップ、それもお揃いのだ。選んでいる類さんを思い浮かべてニヤ付く俺がいた。気持ちを伝えたくてもできない、嫌われたくない。今のままの関係で少しだけ進展したらいい。それだけでいい。
ストラップをもらってから何日か経った。お昼休み部室に忘れていたクラブノートを取りに行こうと渡り廊下を歩いていると、体育館の裏から女子の声が聞こえた。何気に見ると類さんと女子が向かい合って立っている。何とも言えない虚無感が押し寄せてきた。
「春名君、修学旅行の時の返事聞かせてほしい」
「ごめん」
「私の事知ってほしいから、知ってからやっぱり違うと思ったら振ってくれていいから」
女子はひつこく食い下がっているようだ。振られてるんやからあきらめろやと心の中で呟きながら、おれは立ちすくんでしまう。
「綾瀬」
類に見つかってしまった。俺は会釈をして申し訳なさそうな振る舞いをして踵を返そうとした。
「ごめん、付き合えない」
類の声が聞こえた。
綾瀬の方に駆け寄ってきて類がどこ行くん?と声をかけてきた。部室に忘れ物を取りにと告げた。
「類さんモテますね。彼女さんはいないんですか?」
「そんなモテへんし、今おらへんねん。綾瀬の方がめちゃくちゃモテるやん」
「みんな俺の性格しりませんからね」
モテないとは云えないので曖昧な返事をした。ふーんと、またクラブでなと類は教室に帰っていった。
俺のあほほんまあほ、ましな会話出来んのか二人で話せていたのに、せめて今度遊びに行きませんかぐらい云えよ。ストラップすごく気に入ってますとか云うことはいっぱいあるやないか、この後の授業は心ここにあらずでめいっぱい後悔をすることになった。
期末テスト前でクラブは一週間休み。
類に会えないなんて学校に行く意味がない。
教室のいつもの席で肩ひじを付き顎を乗せどんよりとした時間を過ごす。
零が席まで来た。
「真皇、テスト勉強一緒にせんか?」
なんとこれはチャンスや、類に会えるやん。心の中でガッツポーズを決めた。
「する。零の家でもええかな?弟いるからうちの家うるさいんや」
「ええよ。わからんかったら兄貴に聞いたらええし」
やったー。感謝や零ありがとうと心の中で呟く。俺は女子が付いてきたら嫌なので零に、女子なしなとさりげなく云う。零も女子がうるさいので勉強にならないと思ったようで当たり前と快諾してくれた。
「今日からするか?」
零が云ってくれたので、下心満載の俺は大きくうなずいた。
放課後、自転車に乗って零の家に行く。まだ類は帰宅していなかった。部屋行っといてと零に声をかけられたので、勝手知ったる我が家的な感じで零の部屋に入る。前も思ったが、零は見かけと違いきれい好きのようで、すっきりと片付いている。俺の部屋とは全然違うと感心した。零がお茶とお菓子を持って部屋に入ってきた。
机の上に本を置いて、ノートを広げて準備をする。苦手な数学から取り掛かることにした。テスト範囲をたどりながら二人で向かいあって勉強をしていると、ただいまと類の声がした。俺の鼓動は激しく前後に打ち付ける。文字がハートに見える。錯覚とは恐ろしい。目を人差し指でごしごしとさすったけど文字はハートのままだ。ピンク色のハートのままだ。
カツカツカツ階段を上がってくる。
「入るで」
後光が眩しい。七色の後光。
「こんにちは、おじゃましています」
俺の最上級スマイルをして挨拶をした。つられて類は目を細めてにこっとしてくれた。
「綾瀬、テスト勉強しよん、わからんかったら教えるで理数系なら」
「あっ・・ありがとうございます。俺めちゃくちゃ苦手で数字が頭にはいりません」
両手で髪の毛をくちゃくちゃとしてみた。頑張れと類が俺の頭をポンポンとした。
今俺の背中には天使の羽が付きました。心はふわふわと天井に向かって上がっております。あかんわその笑顔、どんどん好きになる。俺は絶対振り向かせて、彼氏にする。今日は髪の毛を洗わないと心の中で固く誓った。