二人三脚
翌日、学校から帰宅してご飯を食べているときにラインがピロンとなった。画面に類と表示されている。思わず携帯を両手で握りしめ祈りを捧げるような仕草をしてしまった。類と表示されただけでこんなに緊張して震えながら『えい!』と小さくつぶやき画面を人差し指で触った。
ラインには、オッスの絵文字。コンニチハとカタカナで打ってしまった。どうしよう焦る、冷や汗が噴き出す。指先が震える。呼吸が浅くなる、たかがスマホの画面なのに。
―負けたくないから、練習しない?―
―俺足引っ張ったらすいません―
もうどうしよう、俺が一緒なんて負けるに決まっている。俺は中の中だ。
―類さんに迷惑かけたらすいませんー
―大丈夫だよ、何もしないよりしたら絶対早くなるからー
―はいー
―お昼休みご飯食べたら体育館に来てー
ガッツポーズをした絵文字が続いた。俺は了解しましたと返事をして、ラインは終了した。その夜は眠れなかった。ラインの文字を何度も何度も見返していた。
次の日の昼休みは超特急でパンを食べ、体育館に行った。そこに類の姿が見えた。
「遅れてすいません」
「いや、俺体育館で飯食っていたから」
鉢巻をひらひらと取り出した類が、足つないでみようと横に来た。だめだ、心臓が口から飛び出そうだ。どうせなら飛び出た心臓を洗って戻して冷静になりたい。類にドキドキが聞こえるのでは、耳が見る見るうちに赤くなる。類が屈んで俺の足首と自分の足首をしっかり結んだ。
「肩組む?それとも腰に手まわす?どっちがいいかな?」
「どっ・・どちらでも・・・」
これを云うのが精いっぱいで、声が上ずってしまった。肩組んでやってみようと、類が肩を組んできた。おずおずと俺も類の肩に手を回した。いちにいちにと掛け声を類さんがかけて右左交互に足を出す。類の長い脚は一歩が大きく付いて行くのが精いっぱいで、思わず躓きそうになった。類が組んでいる肩を力強く引き上げた。
「ごめんごめん、早かったかな」
類が謝ってきたけど、俺は頭を振って大丈夫だと猛アピールした。俺は俺の脚の長さと運動神経を呪った。
この日から毎日昼休みに類と練習をすることになった。学校がこんなに楽しいと思ったことはかつてない。あみだくじが当たった時に神様に文句を云ったことは前言撤回だ。
あと二週間俺のテンションは上がりっぱなしだと思っていたが、いいことがあるとよくないことも往々としてあるもので、これから起きることに気が付かずニヤニヤ浮かれている自分がいた。
放課後、三年生の女子から体育館の裏に来てほしいと呼び出された。クラブがあるからと断ったが、ちょっとでいいからと食い下がられ仕方なく了承した。心がざわついた。こういう時の不穏な感はよく当たるもので、なんとなく告白されるだけじゃすまないような、絶対行かない方がいいと直感めいたものがあった。
一応、零には呼び出されたと伝えたが、零はまた告白やねとあっけらかんと云うだけでさして気にとめる様子もなかった。零になんかいい気がしないので遠目で見ていてほしいとお願いした。告白されるだけやろ、いつもみたく断ったらええやんと云ってくるが、俺の表情が険しく、強張っているのを見ると、零は仕方ないとモテるのも良し悪しと了承してくれた。
体育館の裏に行くと、すでに三人の三年女子が待ち受けていた。その中に、この前ごめんねと告げた女子がいる。これはやっぱり来ない方がよかった。強引にでも断るべきだったと思ったがあとの祭りだ。
「綾瀬、琴美の事ふったよね」
「あっうん」
「琴美、彼と別れてちゃんと綾瀬に気持ち伝えたんやで」
なんやねんそれ、俺知るわけないやん。
「そんなこと云われても・・・」
琴美は三年女子の中でもトップファイブに入る可愛い系女子でよくモテる。でも俺は全く興味がないし、類しか考えられない。なんでここにいるのかさえ理解不能。こういう事は今までにもあった。云いがかりとしかいえない。あほくさと心の中で呟く。
一方的に琴美可愛いのに何で振ったんとか、琴美の何が気に入らんのとか、付き添いで来ている二人から執拗に云われる。俺は黙ったまま立っている。綾瀬のこと好きになって振った元カレ、三年のバスケ部 幸田さんやと教えられた。ガーン頭の中で大きな音がした。
なに?やばいやんそれ。なんてことや。あのぐちぐち男か!まずいなこれは一波乱起きる必ず起きる。これがばれたらと思うと血の気が引いた。零が先輩来とってやで声をかけてくれて、俺はごめんとだけ告げて踵を返し体育館に入った。後ろであんな顔だけの男あかん、琴美にはあんなクズは似合わん。大きな声で喧々囂々俺の悪口を云っている。勝手に好きになられて、振ったらこれか、ほんまようわからん生き物や。
数日たって、幸田から話あると呼び出された。
やっぱり来たか、事の事情は零には云っていたので、もめたらクラブ辞めるかもしれんとだけ伝えておいた。
放課後、体育館に裏に行くと幸田と同じ三年のバスケ部鈴木がいる。こんにちはと会釈をして幸田の前に立つ。
「琴美からお前告られたらしいな。横取りか」
はぁ~?勝手に好きになられて告られて何が横取りやねん。お前がしっかりせいへんからやろ。はらわたが煮えくり返る。
「横取りとかないですし、誰の彼女かとかも知りませんし、いきなり付き合ってほしい云われて断りました」
お前が色目使ったからやと鋭い一重の目でにらまれた。そんなことしてないと云っても聞いてもらえない。
「人の彼女取っといてなんやねんその態度は」
「振られたから云いがかりですか、断ったし勝手に好きになられて、なんでその態度は云われなあかんのや」
振られたのが相当ショックやったようで、横にいる鈴木もお前顔だけよくても性格悪いなと詰め寄ってくる。何が性格悪いなや、性格わかるぐらい付き合いしてないわ。もうあかん、我慢の限界や。お前の性格が悪いんやろと云おうとした時に、走って類と零が来た。肩で大きく息をしている。零に呼び出されたことは云っていたので、自分では埒が明かないと類を呼んで来てくれたのだろう。
「先輩何やっとんですか」
お前には関係ないと幸田は類を睨んだ。威圧感がすごい、ぞっとする。
「綾瀬が何かしたんですか?」
幸田は黙ったまま俺を睨んでいる。零が類と体育館裏に来る道のりで成り行きをある程度話していたようだ。俺も黙ったまま幸田を睨む。類が綾瀬にお前は悪ないから、先輩を睨むなと俺の肩をポンポンと叩いた。それでも俺は納得できず怒りが収まらない。
類が一応の事情は聞いたと幸田に告げる。綾瀬は何もしていないし、初めて呼ばれて告白されるまで話もしたことがないと伝えた。幸田はそれでも綾瀬が、愛想を振りまいているから悪いと引き下がらない。
こいつ無理やほんまけたくそ悪い。
「ごうわくな(めちゃくちゃ腹の立つこと)」
一歩足を踏み出したとこで、類の骨太い手で止められた。
「先輩それは違いますよ。先輩がしっかりつなぎとめていたら心変わりはしなかったんと違いますか?」
幸田は何も言えず口角をへの字に曲げて類を睨む。
もうええでしょと類は零と俺にクラブ始まるでと背中をポンポンと叩いて体育館に行くように促した。
俺は類さんに軽く会釈をし、零にありがとうと伝え踵を返して体育館に向かった。
体育祭まであと三日。
幸田は相変わらず睨んでくるし、類にも態度が悪い。類に申し訳なくてなんと云えばいいのか泣きたくなる。類は気にも留めてない様子だが、俺は居心地が悪い。三年もあと二か月で引退だしそれまで我慢するしかない。
五対五の練習中、類はレギュラーメンバーで、幸田はレギュラーと控えをその時々のコーチの采配で変わっていた。今日は類と幸田は敵に分かれている。類チームがオフェンスになると、幸田が類をマークする。反則ではと思うようなギリギリのディフェンスをやったり、わざとぶつかったりスポーツマンシップの欠片もない。俺は猛烈に腹が立った。はらわたが煮えくり返す。コーチにこの前の経緯をチクったる。絶対チクったる。ふと零の方を見ると眉間にしわ、目じりをがっつりと上げて不機嫌極まりない顔で幸田を睨みつけている。
ピーとホイッスルが鳴る。
コートを見ると類が尻もちをついて足首を自分の大きな手で掴んでいた。瞬間を見ていなかったが、幸田が類にごめんと上から見降ろして少しにやっと口角を挙げた。俺は類のもとに走った、幸田にむかって俺は切れた。
「何してるんですか?」
「何もしてへんわ、ぶつかっただけや、ディフェンスしてるんやから」
類は大丈夫やとコーチに向かって交代お願いしますと告げ、体育館の隅に座った。俺のせいや、俺が幸田に立てついたから類が怪我をしてしまった。奈落の底に落ちる。頭から真っ逆さまだ。
「類さん大丈夫ですか?足首痛めたんちゃうんですか?」
「ちょっと捻挫したけど、どうもあらへんから」
俺は、冷却スプレーを振るしかできなかった。俺の怒りはマックスで眉間にしわ口角は垂れ下がり、怪訝な顔でうつむいていた。仕返ししてやる絶対に、方法をぐるぐる頭の中で考える。
夜道で後ろから突き飛ばしてやろうか。
靴に画びょういれてやろうか。
自転車のタイヤパンクしてやろうか。
そんなことを考えながら類の足首をじっと見ていた。類は俺の気持ちを察したようで、幸田に関わるなと念を押してきた。俺は首を垂れるしかできなかった。頭の中は復讐心でいっぱいだった。