バッシュから
日曜日。
晴。
自転車で皇樹と二人ショッピングモールに行く。皇樹は上機嫌で鼻歌交じりに自転車を漕いでいた。俺はめんどくさいと思いながらも溺愛いしてる弟の後を仕方ないと母から貰ったお金とスマホを持って自転車を漕ぐ。
お目当てのショッピングモールの中にあるスポーツ店に着いた。
皇樹は一目散にバスケットボールコーナーに向かう。少し口角が上がってうれしそうだ。その後をノロノロと付いて行った。バッシュを何足か試し履きしている。類に云われた事を伝えたけど、悩んでいる。俺はグレーの箱型ソファーに腰をかけて見ていた。
「よっ!」
声のする方に踵を返すと、類がいた。奇跡だ。盆と正月とゴールデンウィークがいっきに来た。
「こ、こ、こんにちは」
「バッシュ買いに来たん?」
「はい」
類は弟に近寄ると、どれか気に入ったものはあるかと聞いてくれた。少し戸惑っている零に、高校の先輩でめちゃくちゃバスケ上手な人とバスケットボール専門誌にも載ったことがあると伝えた。それを聞いて類を値踏みするように上から下まで見て皇樹は軽く頭を垂れた。
「半バッシュ、ハイカット?」
皇樹はすかさずハイカットと答える。人気のあるものより足になじむものを選んだ方がいいよと進めてくれた。
「なかなか決まらなくて、類さんは何か買い物ですか?」
「練習着見に来たんよ、また背が伸び小さくなってきたから」
今でも十分背は高いけどさらに伸びたのか、モデルさながらのイケメンスタイル抜群で、筋肉も程よく付いてやっぱかっこいいよな。目が離せなくなる、一秒でもいいから長く見ていたい。
「どうした!なんかへん?俺」
「いっいや、何でもないです」
「また明日、マネージャーよろしくな」
「よろしくお願いします」
類は店の奥へと入っていった。一人で来ていたのかな?まさか彼女と来てたんじゃないよな。見に行こうかな。皇樹が兄ちゃんこれにすると声をかけてきた。白に赤の流れるような三日月マークが入ったナイキのバッシュを手にしていた。母から貰っている予算は一万五千円だ。
「なんぼや?」
「一万六千二百円」
予算オーバーや。中一のガキが一万六千二百円、贅沢極まりない。足りない分は小遣いから出すからと云うので弟に甘い俺は渋々オッケーを出した。帰り道はルンルンの皇樹とは対照的に、俺は類さんが一人で来ていたのか気になって仕方なかった。聞けばよかったなと気持ちがいっぱいになった。後悔先に立たずとはこのことだと、もやもやした気持ちを吹き飛ばすかのように自転車をめいっぱい漕いで帰路についた。
月曜日は母が遅番だったので、いつもより早くに家をでて朝練に参加した。
おはようございます、挨拶すると三年生の幸田先輩が近寄ってきて俺の顔をじっと見ている。なんだこの人。俺の顔なんかついているのか?
「へー、女子が可愛い一年生がいるって騒いでいたけどお前の事やったんや」
なんか厭味ったらしく、片方の口角を上げて云ってきた。俺はわざとらしく頭を肩の方に傾けて云っていることがわからないとジェスチャーで表す。
「確かにめちゃくちゃ可愛い顔しとるやん、そやからって調子にのるなよ」
むかつく言い方するなこいつ、俺のせいちゃうやん。先輩だし云い返せないから余計むかつく。ああそういえば中学の時もこんなやつおったわ。顔だけ見ていたら絶対云い返さないやろうと思われているのだろうけど、俺は気が強い、売られた喧嘩は買う主義だ。クラブのマネージャーをしていなかったら絶対云い返していた。類の顔がちらついた。もめたくない。黙って聞くしかない。なんか俺の顔が険しくなっていたみたいで、零がどうしたん?とやってきたが、俺は別になにもあらへんとボールが入っているローラー付きのかごを押して体育館の真ん中に置いた。
幸田のせいで朝から俺はすこぶる機嫌が悪く、愛想笑いも一度もせず放課後になるのを待っていた。女子たちに話しかけられても、愛想笑いはしない。机に肘をついて顎を乗せて、不機嫌オーラを放った。どどめ色オーラに違いない。今朝の事をいまだ引きずってむかむかしていた。
放課後、気持ちはかなり落ち込んでいる。またぐちぐち言われたら今度こそ切れるなと体育館に向かう足取りも重い。零は先に体育館にいった。俺の微妙な態度に近寄らない方がいいと思ったのだろう。体育館に入って愛想のない挨拶を何度かした。まず俺は類さんを探す。目の保養と気持ちの癒しを求めて今日一日を乗り切るために・・・類さんはまだ来ていない。早く来ないかなと渡り廊下の方を見る。
外はグレーカラーになってきた。まもなく雨が降るだろうな、ぼんやり眺めていると類が来た。
「こんちは」
類が、スペシャルな虹色オーラを纏ってやってきた。一気にテンションが上がる、元気よく「こんにちは」と挨拶をした。重たいカバンとバッシュを肩から下げて、大股で荷物を体育館端に置きに歩いていく姿が何ともかっこいい。ぼーと見ていると、嫌みな幸田先輩もやってきた。挨拶なんかしてやるかと、気づかないふりをしてやった。ざまーみろだ。皆が揃ったぐらいにコーチがやってくる。キャプテンが「集合」と掛け声をかける。マネージャーの俺はコーチの横に少し距離を置いてメモを取るためにノートとペンを持って立つ。今日の練習内容を一通り告げるとコーチは職員室にいったん戻っていった。
体育館がピンク色をまとった空気になる。嫌な感じがする。直感が働く。
「綾瀬くーん」
女子が来た、最初は三人、次に二人、また次に・・・
今朝の事があったのにこれは幸田の神経を逆なでる。まずい非常にまずい。揉め事起こしたくないので、女子たちのほうは一切見ず、誰の事ですか?あなたたちは見えませんとばかりに無視をした。体育館の端に数人の女子が屯し練習をいや俺を見ている。練習内容をキャプテンに確認してもらいながら、みんなの状況を書き込んでいく。早くどこか行ってくれと力を込めて心の中で願った。
少ししてコーチが戻ってきた。女子たちの視線が綾瀬を見に来ていることに気が付くと、コーチはさりげなく女子たちの方に行き選手の応援もしてやってと告げた。女子たちはぺろっと舌を出して、ばつの悪そうな顔をして体育館から出て行った。俺が謝る必要は全くないが、一応コーチにすいませんと頭を下げた。コーチは手のひらを二度ほど振り大丈夫と指でオッケーポーズをとった。
「今日の練習終わり」
「お疲れ様です」
コーチに皆が挨拶をした。
幸田先輩と三年生が二人、こちらに近づいてくる。やっぱりと俺は一瞥して気が付かないふりでボールをかごに入れる。
「顔が可愛いとモテるよね。女子たちに色目使ってるんじゃないで」
うざっ。無言で幸田たちを見た、何を云っても無駄だし余計に反感を買うだけだと思うので小さく会釈した。幸田は調子に載ってあれこれ声を荒げて云ってくる。
「マネージャーって女子がするんちゃうか、先生に点数稼ぎか、内申書用書いてもらわなあかんしな」
俺の頭の中でプッチっと何か切れた。
「はぁ~黙っていたらえらい云うてくれますやん」
「誰に云うてるんや、高がマネージャーの分際で」
かちーん!限界や一歩踏み出したときに類が間に立った。
「先輩、僕がコーチに云いました。マネージャーにどうかと、女子たちもきっとバスケ好きになって応援してくれるから。取っ掛りは綾瀬でも見に来てたら先輩たちかっこいいからきっと先輩たちのファンになりますよ」
類にそういわれると幸田も、まあ類がそう云うならそうかもやな、しぶしぶうなずき踵を返し体育館を後にした。俺は口を丸く開けてぽか~んとしいた。
「綾瀬ごめんやで、先輩モテへんからひがんでるんやわ」
「いえ。類さんありがとうございます」
「綾瀬、見かけによらず気い強いな」
俺はしまったと思いながら、次の言葉が出てこず照れ隠しにうつむいて自分の運動靴をじっと見ていた。
顔も男前やけど頭の回転も速い、性格もめちゃくちゃ男前や。男は無理やろか、類先輩はノーマルやろな。そんなことを思いながらボールをかごに入れて道具室に運んだ。女子だったら迷わず告るのに、俺が好きと云ったら気持ち悪いと思われるかな。
一応姫路作川高校は進学校で三年生の受験も考慮し六月に運動会をする。
教室で何に出るか種目を選ぶが、俺は走りたくないし騎馬戦も怖いし、玉入れに手を挙げた。少し変わった玉入れでかごが上下する、楽しそうなので玉入れにした。さっくんも玉入れに手を挙げた。零はここでモテなくていつもてると、リレーと騎馬戦に手を挙げた。クラブ対抗種目はリレーと二人三脚競争がある。俺はマネージャーなので関係ない。類さんは多分出るだろうから応援を頑張ることにした。
放課後、体育館にいくと体育祭のリレーメンバー五人と二人三脚メンバー十人を決めるとコーチがホワイトボードの用意をしていた。リレーメンバーは三年生の足の速い五人をコーチがホワイトボードに名前を書いた。二人三脚は皆が揃ったらくじ引きをするから、もちろん綾瀬も入れとコーチが云った。
「俺は無理です」
電光石火のごとく云った。絶対足を引っ張るし、手を左右に振ると同時にかぶりを大きく振った。
ぞろぞろと皆が体育館に集まりだした。全員が揃ったら、コーチがホワイトボードの横で集合の声をかける。
「リレーは三年から五人決めたから、二人三脚メンバーはくじで決めるから」
ホワイトボードを裏返しにしたら、あみだくじの縦棒が人数分書かれていた。俺も人数に入ってるやんか、ぞっとした。あみだくじの横棒と当たり番号は皆が名前を書いた後にコーチ一が記入するという。
「一とニ、三と四と五組チーム分けするから、三年から名前書いて」
三年生八人が各々名前を書いた。次に二年生十二人、一年生十人と俺も名前を入れる。コーチが横線を引き下に番号を入れていく。俺は神頼みをした。零の家で神頼みをして叶ったのでもう一度八百万の神にお願いをした。
あたりませんように・・・
「一番河津、二番羽田」
三年生と二年生が当たった。どよめきが起こる。声変りが終った大人の地響きを描くような声が起こる。三番四番、五番六番、何とか免れた。残すとこあと二組だ。このまま選ばれませんように、俺は顔の前で知らず知らずに教会でキリストに祈るように自分の指を交差して、日本の神様に心の中で絶対当たらないでとお願いした。やっていることと願う先がバラバラで、自分でも支離滅裂になっていると思いながら、指に力がこもり指先は赤くうっ血していった。
「七番綾瀬、八番春名類」
えーーーーーーなんと腰が抜けてのけ反ってしまった。類と俺、頭から火を噴き、口から火を噴き全身から汗がどっと出る。どうしよう自慢じゃないが運動神経は中の中、俺には天運はないのか神様のばかやろー。
類が近寄ってきた。
「よろしく綾瀬、あとで携帯番号とライン教えて」
「は、はい」
それしか言えなかった。頭の中が類一色になっていく。それもピンク色にほだされていく。携帯のナンバー交換がこんな形で出来るなんて奇跡だ、神頼みも捨てたものではない。ただ俺は運動が・・・