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ひとめぼれ

 その日のお昼俺は意を決して零に話しかける。

 「お兄さん同じ学校やねんなぁ、お兄さん何年生?」

 何とも気の抜けたあほ丸出しの声掛けをしてしまった。 

 「二年」  

 二年生ね。学年はゲットできた。苗字もゲットできた。よしこの調子と心の中で呟く。何も思い浮かばず、とりあえず世間話をすることにした。                       

 「クラブどうしたん?」

 「迷ってる。バスケ部誘われているんやけど、高校でも兄貴と一緒ってなぁ」

 「そうなん、中学一緒やったん」

 当たり前だ、兄弟なのだから中学一緒だし、誘われている時点でバスケ部やん、自分の語彙力のなさにあきれている。「まあな」ひと言だけ云って零は弁当を食べ始めた。

 ノートと同じサイズの大きな弁当箱を開け、大きな口でおかず、ご飯と吸い込まれるように食べている。感心してみていると、こんなん足りひんわと独り言を云っているので、僕はすかさず手に持っていたローソンで買ったばくだんおにぎりをここぞとばかりに差し出した。

 「ええの?」

 「俺、腹すいてないから」

 類の事で胸いっぱいになった俺は、おにぎりを食べる気になれなかった。

 ありがとうと言って零は遠慮なく三角に包まれたおにぎりを手に取り、大きな手で袋を抜き口に運ぶ。三口でおにぎりは口の中へと消えていった。見事な食べっぷりに俺は小さく笑った。


 この日を境に零とよく話すようになった。もう一人後ろの席に座っている佐久田友ことさっくんと三人でいつもつるむようになった。零は男気があってちょっとおっちょこちょいでちょっと馬鹿で一緒にいても楽しい。兄には似ていないが、顔もよく見ると男前だ。さっくんは眼鏡を掛けていて学生服をきちっと着て真面目タイプ、見たままの容姿で勉強もできる入学試験でトップ5に入っている秀才だ。頭の回転も速い。さっくんは放送部に入った。一年生ながら声を買われて、お昼休みに交代で朗読もしている。なかなか感情豊かに読んでくるので面白い。度胸が据わっている。男女共から人気ものだ。

 俺はルックス以外特に誇れるものは何もない。俺にはないものを二人とも持っているから、一緒にいても飽きないし楽しい。高校生活も捨てたものではないなとつくづく思う。

 ただ俺はちょっと零には申し訳ない気持ちもある。お兄様に近づきたい一心で零と友達になったからだ。


 今日は数人の男女友達と待ちに待った零の家に遊びに行く。俺が行くと教室で話していたら、三人の女子が真皇が行くなら行きたいと零に直談判した。女子が来るのは本当に嫌だが俺に決定権はない。零が云いと云ったので従うのみだ。ちょっとめんどくさいと思いながらも零の家に行けることで、俺はどきどきして妄想がやまない。時間が立つのがやたら遅くて何度も時計をみた。この日の授業は何一つ覚えていない。

 『キーンコーンカーンコーン』

 待ってました。

 帰り支度はマッハ。

 めちゃ長い一日が終った。男三人は自転車で通学しているので先にコンビニでおやつやジュースを買って女子三人をバス停で待った。合流して零の家にお邪魔する。二階建てで小さな庭があり壁は白やオレンジ、茶色の煉瓦作り、プロバンス風の家はとても可愛く、かわいいお姫様が住んでいるようだ。とても長身の息子が二人もいる家とは思えない。

 俺はお邪魔しますと言いながらちゃんと靴を揃えて中に入った。

 二階の零の部屋へと案内された。零の部屋は、小さな無垢素材のテーブルと同じ無垢素材の収納式の机、シングルベッドがあるだけで何の装飾もなくすっきりしている。広くて七人でも余裕で座れた。さっきコンビニで買ったおやつとジュースをテーブルに置き食べる。みんなで学校の話やクラブの話、中学はどこなど一通り話すと、女子は俺にあれこれ質問をしてくる。彼女はいるのか、好きなタイプは、食べ物は何が好き?心の中ではうんざりしているが、愛想笑いは絶やさない。それなりにいや適当に返事をする、そんなことより零のお兄様で心の中はいっぱいいっぱいだ。好きな人の家に来ているのに女子の質問なんて耳に入るわけがない。心の中で、すまぬがオタクらの会話は右から左に通り抜けていくぞと時代劇さながらにつぶやいていた。

 「お兄さんは」

 「クラブや」

 そらそうだ、僕は当たり前のことにがっかりした。顔にもたぶんあからさまにテンション下がったのが出ていたに違いない。少し遅くまでいたらきっと会えるに違いないなどと思いながら、時間がかかる遊びをあれこれ考えた。さっくんが人狼ゲームしようやと人差し指でひょいと眼鏡のブリッジを上げてカードを配り始めた。

さすがさっくん頭の回転が速いと妙な関心をした。

 人狼ゲームが始まった。

朝が来ました。私平民やし、お前占い師ちゃうの?などと朝と夜を繰り返し、何度目かのゲームスタートに玄関から彼の声がした。

 「ただいま」

ちゃんと挨拶をするんだ。当たり前のことにも感激し、ただいまの声に過剰に反応した。顔に出さずに平静でいることはなかなかつらい。

 俺の心臓はバクバクと鼓動を打ち出した。鼓動が皆に聞こえないかと不安になるほど呼吸も浅くなる。階段を上がってくる足音が聞こえる。ばたんとドアが閉まる音がした。ホッとしたのと裏腹にちょっとした期待は叶わなかった。

 零の部屋のドアを開けて、いらっしゃいぐらい言ってくれないかと思っていたけど応答はなし。テンションが上がったり下がったりとっても疲れる自分と、俺ってこんなに純粋なのかと戸惑いを覚えた。

 十八時を回ったのでそろそろお暇することに、零の部屋の扉に手をかけながら、神様にお願いした。常日頃神様にお願いなど一切しない、神様を信用していない、ある種俺が神だなんてほざいているわけで、だけど今日ばかりは神頼みだ。日本の神様八百万(やほよろづ)の面々お願いします。どうかどうか・・・

ドアから半身出たところで『カチャ』向かいにあるドアが開いた。神様はいらっしゃる、日本中の神様にこれからは信用しますと心の中で手を合わせる、ドキドキバクバク心臓が苦しい。開いたドアから彼が出てきた。思わず見る。目が合った。卒倒しそうになるのを何とか壁にもたれ両足を踏ん張る、震える足には力が入らない。目が合った瞬間にお得意の愛想笑いができない、緊張しすぎて体中の血液が一瞬で頭に上ったかのようだ。何も考えられない真っ白の頭の中、自分で自分が嫌になる。好きな人の前だとなんでこうも怖気づくのか泣きたくなった。

 「気をつけて」

 そのまま階段へと一階に下りて行った。その後を零、俺の順番で降りて行った。ずっと背中を見ている、襟足も、耳の形も頭の形も足の長さもおしりの高さも目に焼き付ける。

 「類、これ運んで」

 お母さんの声が聞こえる。名前を知った。かなりの収穫、類なんて素敵な名前だ。この世の中で一番かっこいい名前だ。日本中にいる類は皆かっこいいことになるが、でも俺の好きな類が一番かっこいい。俺は少し口角を上げてニヤ付いていた。

お邪魔しましたも行ったか言わなかったかわからない、ふわふわした感情のまま自転車を漕いだ。帰す本能はしっかりとある。

 

 「おかえり」

母の声でようやく現実に引き戻された。知らないうちに家に帰っていた。

部屋にカバンを置いて肌触りのいい長袖シャツと短パンに着替える。今日の晩御飯は大好きなトンカツだ。先にお風呂に入り湯船につかり今日の出来事を思い浮かべながら類の顔ばかりを思い出していた。思い出しては顔が赤くなり一人でニヤけて、ブクブクと口まで付けて出して、気色悪さナンバーワン選手権があれば間違いなく俺が一番だ。


 晩御飯のトンカツを食べながらも類の事ばかり考えていた。類は何食べているのかな?心ここにあらず、母の問いかけも耳に入ってこない。

 「ちょっと、聞いてるん?」

 少し大きな怒声。はっと母の顔をみると、眉根を寄せて頬を歪めていた。

 「明日は仕事が早番やからあんたより先に家出るから、皇樹が出てから戸締りして学校行ってよ」

 母は自転車で十分のパン屋さんで働いているので早番の日は六時半には家をでる。皇樹は中学一年生で反抗期真っただ中、母にはもちろん俺にも逆らう。両親は小さい頃に離婚して今は、母と弟の三人暮らし、弟とは似ているが俺のほうが可愛い、弟は俺より少し目が細く輪郭が四角、少し男らしい顔をしている父親の血を半分受け継いでいる。

 俺が九歳、皇樹が六歳の時に両親は離婚した。当然のように母と一緒にいることになり三人の生活が始まった。

 母は俺たちを育てるのに本当によく働いてくれている。母がなかなか家にいることができないので、俺も小さい皇樹をいつも連れて遊んでいた。男ふたり小さいころから顔に似合わずやんちゃ坊主で前の家の植木鉢を割ってしこたま母に怒られた。かわいい顔をしていたので変質者に声をかけられて連れて行かれそうになったり、探検と称して遠くまで行って帰れなくなり、お巡りさんに交番に連れて行ってもらい、母に迎えに来てもらったりと母は大変だった。こんな息子達をよくぞここまでと思う。

 母は年よりもかなり若く見え可愛いい、だけど中身は怪獣だ。こんな息子二人を黙らせる。母が俺たちの為に頑張って働いてくれている。再婚話も多々あったがすべて断っているのも知っている。だから俺たちは母には逆らわない。

 俺が大切にしているものでも、片づけていなかったら平気で捨てる。どんなに高くても母は平気で捨てる。自分勝手なことをすると激怒する。ゴジラが火を噴くときのゴジラなみだ。そんな母の子の俺も見た目は女の子っぽいが気だけは強い。幼心に弟を守ると使命感が気を強くさせたのだろう。よくも悪くもモテるので疎ましがられることもよくあるが、この気の強さ故に全く気にしない。売られた喧嘩は買う主義だ。なるべく穏便に過ごしたいので明日も愛想笑いを適当にする流れ作業の毎日が待っているはずだったのだが、俺の人生は類の存在で一変した。


 皇樹が家を出る時間は7時10分朝練があるらしい。バスケ部に入部したがまだ基礎練習で球拾い、ドリブルだけしかさせてもらえない。小学校でもバスケをしていたので他の子たちより上手いのにと文句をいつも言云っている。中学生は徒歩で学校に通う。今日も文句を言いながら出かけて行った。

 俺は類に会えるかもしれないと思い、念入りにヘアーセットして鏡の前で愛想笑いを一回し戸締り確認して7時40分に家を出た。学校は自転車で15分の場所にある。混雑した電車やバスに乗ると必ずと言っていいほど痴漢に合うし気持ちが悪くなる。男の俺が痴漢ですと声を上げるのも過信しているみたいでいやなので、自転車通学ができる近くの高校を選んだ。中三の時はこの高校に行きたいが為めちゃくちゃ勉強した。何とか無事合格、今こうして類さんと出会うことができた。頑張ってよかった。本当に良かった。


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