出会いから
本日青空・・・
片田舎の兵庫県姫路市。姫路作川高校。
四月、打ちっぱなしのコンクリート三階建て、たぶんどこの学校にもあるお馴染みの大きな時計が外壁に自己主張も強くかかっている。
二階にある教室、俺の席は窓際の後ろから二番目。席に座り片肘を付き顎を手のひらに乗せて、校舎の横にある体育館を眺める。体育館の扉がすべて開け放たれ、中から『ナイッシュー』と飛び交う声、ボンボンとボールの弾む音が聞こえる。朝練中のバスケットボール部。どこにでもある学校の風景。
『キーンコーンカーンコーン』予鈴が鳴った。
朝練が終りのバスケ部員が練習着のままぞろぞろと教科書やお弁当やその他もろもろ入ったカバンを肩に担いで体育館から渡り廊下を通って校舎に移動している。
俺はいつもその中の一人を見たいが為にずっと片肘を付いて手のひらに顎を乗せ何気に外を見ている風に装い体育館から渡り廊下に出る入口を見ている。
一人の男に目が釘付けになる。仲間と談笑しながらみんなの輪の中にいる。目が離せない。黙っているとすこし厳つい顔も笑うと目が糸になり彼の周りだけほのかに優しい風がそよいでいるのではないかと思ってしまう。目を逸らすことのできない数分、きっと彼は俺が見ていることなんてこれっぽちも感じていないだろう。俺は念を飛ばす俺に気が付いて。気が付いてくれるわけないか。
少しにやけている自分の顔を顎においた手のひらで隠しごまかす。
学校生活では人種も価値観も違う集団の中に芋を洗うようにいっしょくたにされ、右向け右が素晴らしいと強要され窮屈さを感じながらも人と一緒が安心なのだと植え付ける。
この小さなコミュニティの中で、俺は顔だけで目立ってしまう。学校で一番かわいく男前だと思う。自分で云うのもなんだけど。
俺は皆とは違うと心の中で叫びながら揉め事なく過ごすためのすべを愛想笑いというツールで日々怠らず毎日をおくる。
俺『綾瀬真皇あやせまこ』神々しい名前だと言われる。読み方を言うと女の子みたいねと必ずと云っていいほど云われるが顔のおかげでバカにされることはない。俺自身も少しこの名前は気に入ってる。誰ともかぶらない俺だけの名前。
運動神経はそれほど良くない、勉強もそこそこ可もなく不可もなく、だけど自分で言うのもなんだが顔だけはいい、ビジュアルは申し分ない。髪型はマッシュルームカットでセンター分けしている。二重の大きな目に覆いかぶさるような睫毛、鼻梁が通っていて高くもなく低くもない、唇は少しぽってりしている。ぱっと見た感じ女子に見える。
細身で色白、身長は一七五センチ。顔は間違いなく母親似だ。僕の愛想笑いは女子のハートを鷲掴みするらしい。入学して二週間足らずですでに八人に告白された。でも女子を好きになったことはない。全て『ごめんね』とひと言だけ云う、回りくどく気を使って断ると勘違いされて付纏われたことが何度かあったから、さらっと伝えるのが一番いい。女子に興味がわかないキスしたいとも思わない。友人たちからは毎度ノーを出すので、なんで?と聞かれるが男が好きだともいえず適当に躱す。これの繰り返しだ。
神様の采配は俺をゲイにした。
高校に入学してすぐクラブ紹介が行われた。俺は中学も帰宅部、母が働いているので三歳年下の弟の面倒を見ていた。運動神経も普通、これといって飛びぬけてできる競技はない。もともとクラブに入るつもりがないので理由づけ出来てよかったとさえ思う。
全一年生が体育館に入れられ各部が数名壇上で、いかにうちの部はいいかを手を変え品を変え訴える。
文化部から始めます。まずは放送部。中学の放送部は、『お昼の時間が終ります』程度だったように思うが、高校ではラジオや、朗読などもやるらしい。色々な部が説明していく中、運動部の紹介になった。これがすごかったし面白かった。野球部はボールとグローブを『ソーレーハイ』とさも新体操部のようなパフォーマンスをしてみんなを笑わせた。卓球部はラケットを持ってオタクさながらの掛け声と頭を左右に振り回す踊りを披露した。サッカー部はリフティングを曲芸のごとく、頭や足、胸を使って曲に合わせて軽やかにして見せた。バスケットボール部の番だ。中指の上で地球儀みたく回しながらの登場。俺はその中の一人にロックオンした。めちゃくちゃタイプの人がいる。
背が高く一八五m以上はあるだろう切れ長の目は少しきつく、薄い唇、すーっと鼻梁の通った少し高い鼻、細いがしっかり筋肉がついて体躯のいいのがわかる。髪型はショートで少し前髪をたたせている、ノースリーブのユニフォームから伸びた長い腕、短パンからこれでもかという長い足がきれいにまっすぐ伸びふくらはぎは大腿四頭筋が縦に線を描いてほどよく盛り上がって、笑うと少しいきつい目は糸のようになり、笑顔がめちゃいい、キャプテンらしき人がクラブの紹介をしている間、ボールは指の先で回ったままだ。ずっと一人を見ている。あっ、との声と共にボールが指先から離れコロコロと転がっていく。照れ笑いをする彼に、俺は人生で初めてひとめぼれをした。
僕は違うと心の中で叫び愛想笑いだけはおこたらず何も期待しない高校生活がバラ色になった。どこかで見た少女漫画みたいだ。彼を見る俺の瞳の中はきっと星がキラキラと煌めいているだろう。
クラブ紹介が終ったあと教室に戻るもずっと授業そっちのけで彼の事ばかり考えていた。
見るだけで、いやお知り合いになりたい。心の中で『友達からお願いします』と大きな声で叫んでいた。昔見たテレビを思い出しひとりでムムムとニヤニヤしていた。
「何にやけとんねん」
先生に頭を教科書でこつかれ我に返った。皆の注目を浴びてしまった。一瞬で顔が耳まで赤くなった。それでも俺はあのバスケ部の人の事を考える。
名前がわからない、名前はなんていうのだろう。どうにか名前だけでも知りたい。
上級生に接点なんてない。
接点を見つけたい。
クラブに入るのは嫌だ。
絶望的なこの状況。高校からバスケなんてしてもできっこない、マネージャーはどうだ、いやそれは女子がするものだ。あれやこれや考えていたが結局糸口が見つからず今こうしてぼんやり二階の教室の窓側後ろから二番目の席で体育館を見ている、渡り廊下を歩く彼を眺めている。今日も飛びきりのイケメンだ。
好きになった人が好き、それが男でも女でも関係ないと思っていたが、好きになるのは男ばかり。俺はたぶんいや間違いなく同性愛者だと思う、小さい頃は定番の保育園の女の先生ではなく、よく遊んでくれる男先生が好きでよく先生の膝に座っていた、これは母が言っていた。
小学四年ではかけっこの早い男の子が好きで、この頃から自分はちょっと変かなと思うようになっていた。友達たちはだれだれちゃんが好きとか、○○ちゃんがかわいいとか云っていたが、俺は○○君がかっこいい、かけっこの早い○○君が好きと内心で思いながら、一応話の輪には入るけど愛想笑いで乗り切っていた。女の子を恋愛の対象にはできなかった。
―でも俺は違う―
柔らかそうな女の子と手をつなぎたいとも一度も思ったことがない。周りからおかしな目で見られたくなくて、男子を好きって言えなかった。云ったら最後、白い目で見られるに違いない。
本日曇り
五月ゴールデンウィーク明け。休み明けはだるい。空もどんよりしている。何ともすきっとしない。ぼーと自分の席から空を見てみる。アンパンのような雲が一つ空に浮かんでいる。明日の昼ごはんは購買でアンパンを買おうと考えてたら、教室のドアから誰かが声をかけた。
「零いる?」
ドアに目線を移す。教室の中を見渡している。そこには紛れもないバスケ部の憧れの大好きな彼の姿が・・・
(え・・・えっ・・・)口から心臓が飛び出るかと思った。唾をごくりと飲み込んだ、鼓動が激しく鳴り響く、心臓は口から飛び出るのではないかと思うほど心拍数が上がった。
俺の目は釘づけになっている。
一瞬俺と目が合った、顔面の筋肉が硬直する。顔にマジックで『す・き』と書かれているのではないかと思うぐらい耳が熱い、全身の体温が一気に上昇するのがわかった。ただただ目が彼を追う。
「なに?」
「弁当忘れたやろ」
しなやかな長い腕に大きな弁当箱を持った手をふんといった感じで差し出す。
「ほんまや、ありがと」
クラスメイトの春名零のお兄様、似ていない、いや似ている、いやそれほど似ていないと吟味しながら、零の顔をまじまじと見た。
これはこれはやばい、チャンスかもしれない。仲良くしていないクラスメイトのお兄様。
俺の頭の中で思いがクルクル回る。いやグルグル回る。眩暈をおこしそうだ。回るだけ回っても大した案はこれと云って出てこない。
零と仲良くしたら憧れの彼と仲良くなれるかもしれない。やましい気持ちいっぱいで、まだ入学して一か月しかたってないし今なら友達になるべく接近してもおかしくはない、仲良くきっとなれる、仲良くなれるはずだ。そしたらお兄様とお近づきになれる。家にも遊びに行ける。あれやこれや瞬時に色々なことを想像してしまった。俺の目は何も移していない耳にも誰の声も聞こえない、妄想と云う名の世界に入り込んでしまった。
「ガシャーン」
誰かが筆箱を落とした。びっくりして軽く椅子から跳ねた。妄想から現実の世界に引き戻された。