最強の魔法使いの息子は引き篭もる。
メイリーン。
彼女はこの国で最強の魔法使いだ。
千を超える魔法を使い、魔物からこの国を守っている。
過去に魔王を倒した勇者のパーティの一員だったとかなんとか。
どんな魔法使いであろうと、彼女の足元にも及ばない。
そんな最強の魔法使いにも17年前、愛する男が出来た。
その男には彼女のような特別な力こそなかったが、誰よりも彼女のことを愛し、そして2人の間には1人の男の子が誕生した。
で、その男の子ってのが俺、ユーシだ。
この国の言葉で“勇敢”と言う意味を持つ俺の名はすぐに国中を駆け巡り、産まれたその日に俺は超有名人になった。
あの偉大な魔法使いに息子が生まれたらしいぞ、と。
そして国中が期待した。
俺が母の後継者になることを。
そんな大きな大きな期待を背負い、月日は流れ、俺は15歳になった。
このくらいの年齢になると、魔力の第一次成長期が終わり、魔法を使うのに十分な魔力量を持つようになる。
そこで企画されたのが公開魔法披露会。
最強の魔法使いである母が、息子に魔法を教え、そのまま使ってみせるという一種のお祭り。
そこで事件は起きた。
「ユーシ、今日は公開魔法披露会よ!ちゃんと準備してるんでしょうね?」
「え?準備?あぁ、してるよ。ほら見て、このかっこいいマスク。今日のために買っておいたんだ」
「なにそれ?色も変だし、この角だって何本生えてるの?それにフルフェイスじゃ、あなたが誰なのか皆んなわからないでしょ?今日はあなたが主役なの。それは置いていきなさい。...じゃなくて、魔法の準備よ!衣装の話をしているんじゃないの」
「魔法の準備?例えば?」
「魔法書を読むとか、試しに魔法を使ってみるとか、色々あるでしょう。本当に大丈夫なの?」
「そんなのしなくていいよ。面倒だし。それに俺、母さんの息子だよ?大丈夫に決まってるじゃん!」
俺は背筋をピンと伸ばし、胸を張ってそう答えた。すると、母は大きなため息をついた。
「はぁ、やっぱり断るんだったわ」
「なんでさ。俺の晴れ舞台だよ?」
「国王からの提案だから一応あなたに話したけど、本当は断る予定だったのよ。あなたがあまりにもやりたいやりたいって言うから仕方なく了承したのに、ぶっつけ本番で挑むだなんて...」
俺は心配そうな顔をして俯く母の肩にポンっと手を置いた。
「だから大丈夫だって。最強の魔法使いの息子を信じてよ。ほら、そろそろ時間だよ」
そう言うと、母はもう一度大きなため息をついた。
ーーー
開催時間が近くなってきたので、俺と母は魔法の杖を片手に会場へと向かった。
今回、魔法披露会が開催されるのは、王都の中心、アラト魔法学校。
アラト魔法学校は国で1番の魔法学校ということもあり、魔法練習場がとにかく広い。
少なくとも5万人くらいは入れるのではないだろうか。
そんな大きな会場で、多くの人に見守られながら俺は生まれて初めての魔法を使う。
今回披露する魔法は火球。
古くから存在する初級魔法の1つだ。
母の話では、この魔法が1番簡単かつ見栄えが良いらしい。
俺はもう少し難しい魔法が良いと母に言ってみたが、調子に乗るなと頭を叩かれた。
会場に到着すると、国王も見にきているということで、俺と母は国王の待つ部屋へと通された。
国王は齢54の逞しい髭を蓄えた、所謂イケオジ。本人に魔法の才があるわけではないが、魔法を見るのが大好きらしく、母は国王のお気に入りだ。
「国王様、この度はこのような祭典を設けていただき、誠に有難うございます」
そう言って、母は深々とお辞儀をする。
俺も少し遅れて、母と同じようにお辞儀をした。
「よいよい、頭を上げるんじゃ。私こそ未来の英雄の初舞台を間近で見れること、嬉しく思うぞ。」
王はそう言うと、笑顔でうんうんと頷いた。
よほど俺の魔法を見るのが楽しみらしい。
国王に限らず、国中が楽しみに、そして期待している。
改めて考えると、少し緊張してきた。
少し手が震える。
そんな俺の様子に気づいたのか、王が俺の名を読んだ。
「どうしたユーシ少年、緊張しておるのか?」
「いえ...いや、少しだけ」
「はっはっはっ!そうかそうか!メイリーンの息子でも緊張するか!」
「ま、まぁ...。はい。」
「いやー、笑ってすまない。心配せずとも大丈夫じゃ。なにせ君は最強の魔法使いの息子なじゃぞ?」
「そ、そうですよね!ありがとうございます!」
国王の言葉でハッとした。
そうだ、俺は最強の魔法使いの息子だ。
何を今更怖がっている。
失敗なんてするわけがない。
そんな感じでホッと息を吐き、改めて自信に満ち満ちた俺だったが、逆にある心配ごと1つ、頭に浮かんだ。
もし、魔法練習場を消し飛ばす威力の火球が出てしまったらどうしようか。
先ほども述べたように、俺は最強の魔法使いメイリーンの息子なので、火球が失敗するようなことは“おそらく”“絶対に”ない。しかし、天才すぎるが故に強大な力を制御しきれるかどうかが心配になってきた。
もし、不安が現実になってしまったら、俺は世紀の魔法事件の大罪人として、歴史に名を刻まれてしまうだろう。
やばい、こっちの方が圧倒的に心配だ。
「ユーシ、あなた本当に大丈夫なの?」
暗くなったり明るくなったりを繰り返す俺を見て、母がボソリと耳元で呟いた。
「母さん、1つ心配なことがあるんだけど」
「なに?まさか今更出来ないなんて言わないでしょうね」
「違うよ。もし俺の魔法が王様とか観客を傷つけたらどうしようって」
そう言うと、母は頭を抱えた。
「そんなバカな心配を...。あなたがどんなに才能があったとしても、まだ私には到底及ばない。だからどんな威力の魔法をどこに放ったとしても私が受け止めるから安心しなさい」
と呆れた顔で母は言うが、俺はどうにも安心することができなかった。
俺は魔法の練習は面倒でやってこなかったが、今日の公開魔法披露会におけるイメージトレーニングは何度となくやってきた。
イメージの中では、俺が火球と叫ぶと、俺よりも大きな火の玉が現れて城の一つくらいを木っ端微塵に吹き飛ばしている。
このイメージトレーニングのように、俺の魔法が母の考えるより遥かに凄まじいものだった場合、観客もそうだが、俺は実の母を殺してしまうことになる。
うーん、困った。
本気でやりたいんだけどな。
そんなことを考えていると、カーンッカーンッとベルを鳴らす音が聞こえた。
魔法披露会の始まりを告げる鐘の音。
その鐘の音と同時に王が立ち上がる。
「メイリーン、ユーシ少年、何をボソボソと話しておる?魔法披露会の時間じゃ」
「は、はい。では失礼します。ユーシ、行くよ」
「う、うん...」
まあ、どんなに心配したところで魔法披露会は始まってしまうのだ。
母の言葉を信じて、思いっきりやろう。
俺は大きく息を吸い、一気に吐いた。
よし、やるぞ。
ーーー
国王に一度別れを告げ、部屋から出ると、既に多くの観客が集まっていることが音で分かった。
部屋から魔法練習場までは一直線。
一歩踏み出すごとに心臓の音が高鳴るのが分かった。
先程までの緊張や心配といったマイナスの感情が期待と高揚に変わっていく。
いよいよ始まる。
魔法練習場の扉を開けると、まるで大波が押し寄せるかような大歓声が俺の耳をつんざいた。
“うおぉぉぉぉぉっ!!メイリーン様だぁっ!!”
“後ろにいるのはご子息かしら?楽しみだわ〜!”
“早く魔法を見せてくれぇぇぇっ!”
観客は皆立ち上がり、無数の顔が期待に満ちた表情でこちらを見つめている。
母の人気のおかげで皆んなが集まってくれているのは分かっている。
でも、まさかここまでとは。
夢みたいな感覚だ。
会場の雰囲気に圧倒され、口をポカーンと開けていると、母が俺の肩を杖でつついた。
「なにポケッとしてるの?皆んなあなたを見に来ているのよ。何か一言いいなさい」
そう言うと、母はビュンッと勢いよく杖を空に振り上げた。
すると、会場はしんと静まり返る。
そして俺は母に軽く押されながら前に出た。
「み、皆んな、今日は来てくれてありがとう。俺はユーシ、最強の魔法使いメイリーンの息子です。今日は俺の初めての魔法を見ていってください!」
そう言って、俺が頭を90度に下げると、会場に入ってきた時よりも大きな歓声が魔法練習場を包んだ。
“おぉぉっ!未来の英雄の歴史的瞬間だぁっ!”
“ユーシっ!期待してるぜぇっ!”
“ユーシ!ユーシ!ユーシ!ユーシ!....”
ユーシコールが魔法練習場を埋め尽くす。
口角が自然と上がっていく。
あともう1時間程、このユーシコールを聞いていたいと思ったが、すぐに母が杖を振り上げたので、会場は再び静かになった。
「これより、公開魔法披露会を始める!我が息子、ユーシの初舞台、温かい目で見守ってもらいたい!ではユーシ、ここに」
母はそう言って、俺を魔法練習場の中心に立つよう促した。
そこまでの道中で、俺は頭の中で火球の手順をおさらいする。
腹に流れる魔力を右手の拳に集め、出来る限り圧縮し、それに着火するイメージ。
うん、ちゃんと覚えてる。
俺が中心に立つと、母は俺の目を見て頷いた。
準備完了の合図だ。
まずは、腹に流れる魔力を右拳に集める。
よし、いい感じだ。
次にそれを出来るだけ圧縮。
んー、ん?出来てる...のか?
いや、出来てる!
そう思おう!
そして、それに着火するイメージをすれば、あとは叫ぶだけ。
「ファイアァッ!ボォォールッ!!!」
・・・
・・・
・・・
プスンッ...
チュッ...
シュー...
俺の雄叫びと共に放たれた火球は俺が想像していたものより遥かに小さく、線香花火の如く地面にポトンっと情けなく落ちた。
先程まで大歓声に包まれていた魔法練習場は静まり返っている。
あ、あれ?
今、確かに火球を出したはず...。
あぁ、力を抑えすぎたのか。
魔法練習場を消し飛ばさないよう、体が勝手に。
「す、すいません。ちょっと緊張してて...。もう1度、最初からやりますんで。はは...。」
そう言うと、国王含め、観客の顔が緩むのが分かった。
びっくりさせてしまったな。
よし、次はもっと沢山の魔力を掌にギュッと溜めて、もっと早く押し出そう。
そう思い、ふと前を見ると、母と目が合った。
眉間に皺を寄せ、鬼の形相でこちらを睨んでいる。
やばい、やばい。
めちゃくちゃ怒ってる。
ここまで怒るのは俺が母の魔法書を勝手に売ってしまった時以来だろうか。
あの時は身体中が筋肉痛になる魔法を1週間かけられ続けたんだっけ...。
ま、まぁ大丈夫だ。
次、成功させればなんてことはない。
早くやってしまおう。
俺は再び拳を握り直した。
目を瞑り、腹に流れる魔力を右拳に集め、出来る限り圧縮。
そして、それに着火するイメージ。
あとは“絶対に出してやる”という気持ちをさっきよりも強く、より強く込める。
今だっ!
「ファァァァァッ!イアァァァァァッ!ボォォォォォォッールッッッッ!!!」
・・・
・・・
・・・
プッスンッ...
チュッ...
シュー.....
へ?
この後のことはあまり覚えていない。
覚えているのは口をあんぐり開けた観衆と国王、そして怒りを通り越し、呆れて無表情の母の顔。
その記憶を最後に俺の意識は遠のいていった。
ーーー
公開魔法披露会から1ヶ月とちょっとが経った。
大舞台で数万人を前に醜態を晒し、大恥をかいた俺はというと、あれからずっと部屋に閉じこもっている。
そして毎日、寝転がって天井を眺めた。
時より涙を流しながら。
今日もそんな1日が始まるのかと、深くため息をついた時、部屋の扉を激しく叩く音が聞こえた。
「ユーシっ!あんたいつまで部屋に閉じこもっているの!?いい加減出てきなさい!!!」
母だ。
1日に1回はこうやって俺を外に出そうと部屋の前にやってくる。
でも、俺は出ない。
出られるわけがない。
だから俺は布団にくるまって、耳を塞ぐ。
・・・
・・・
・・・
そろそろ行ったかな。
そう思って手を耳から外すと、扉を叩く音はまだ続いていた。
今日は長いな。
どうやら母は今日、無理矢理にでも俺を外に出すつもりのようだ。
でも、どんなに母が本気だろうと俺にそのつもりはない。
「うっさい!あんな恥ずかしい思いして、外に出れるわけがないだろ!!」
「いつまでも我儘言わないの!今すぐ出てこないなら火球で扉を壊して入るわよ!」
「やめろ!その魔法の名前を出すな!」
「一度失敗したくらいでぐずぐずぐずぐず...。あんたは、最強の魔法使いの息子じゃなかったの!?」
「失敗のレベルが違うんじゃい!!」
「また最初から魔法を勉強し直せばいいじゃない!」
「魔法の勉強?“時間を巻き戻す魔法”があるっていうんならやってやるよ!」
「そんな魔法があるわけないでしょ!!はぁ...もう勝手にしなさい...」
飽きれた声でそう言うと、母は部屋の前から大きな足音をたてながら立ち去っていった。
部屋がシンと静まり返る。
ふぅ、やっといなくなったか。
・・・。
・・・。
・・・。
これから俺、どうなるんだろ...。
ホッと息をつくと同時に、漠然とした不安がドッと押し寄せた。
あの時、もっと練習してたらなんて後悔はいくらしてももう遅い。
あぁ、時間を巻き戻す魔法があったらな。
なんて、くだらないことを考えながらゆっくりと布団から出る。
グゥ〜
腹がなった。
こんな時でも腹は空くのか。
何もしていないのに。
さっき母に大声で怒鳴ってしまった手前、部屋を出るのは少し気まずいが、どうせいつかは出なければいけない。
面倒なことは先にしてしまった方がいい。
前回の失敗で学んだことの1つだ。
俺は寝起きの重い身体を無理矢理に起こして、母が家から出ていることを願いながら1階の食卓に向かった。
「あ...」
食卓では最悪なことに母が本を読みながらコーヒーを飲んでいた。
母と目が合う。
「あら、もう出てきたの?」
俺を煽るような口調でそう言うと、母は再び本に目を落とした。
そんな母の態度に俺はあえて冷静に対応する。
「ん、ま、まぁね。お腹すいちゃって」
「ふーん」
「んーっと、冷蔵庫に何か...」
「何もないわよ」
食べ物を探そうと冷蔵庫を開けようとした俺に、母はピシャリとそう言い放った。
母さん、まだ怒っているな。
ここで俺も強く言い返したら逆効果だ。
ここは冷静に。
「何でもいいんだけど...。チーズとか...あれ?」
「だから、何も無いって言ってるでしょ」
母の言う通り、冷蔵庫に今食べることができそうなものは何もなかった。
あるのは多少の調味料だけ。
これでは、腹の空きはおさまらない。
せっかく重い腰を上げて、1階の食卓まで降りてきたというのに。
「何処かに食べるものは...」
「引き篭もりに食べさせるものはありません!無いなら自分で作りなさい!」
「えぇー!」
自分で作れって言ったって...。
俺、料理なんてしたことないしな。
でも、腹は空いてるし...。
...ん?
無いなら自分で作る、か。
・・・
・・・
確かにな。
「母さん、俺...」
「なに?反省した?それなら、ご飯は作ってあげるから、早く部屋を片付けて...」
「いや、飯はやっぱり今はいらない!後で部屋に持ってきて!」
「ちょっと、あんた何を言って...」
俺は母の言葉を最後まで聞くことなく、走って部屋に戻った。
ーーー
無いなら作ればいい。
なぜ、俺はこんなにも簡単なことに気づかなかったのだろうか。
時間を戻す魔法は“現在は”存在しない。
なら、自分で作ってしまえばいいんだ。
もちろん、口で言うほど魔法を使うのは簡単な話じゃ無いってことを俺は身をもって理解している。
でも、やらずに後悔するより、やって後悔の方がいい。
これも前回の失敗で学んだこと。
よし、善は急げだ。
早速取り掛かろう。
と、意気込んだのはいいものの、俺は殆ど魔法について勉強をしてきていない。
何から手をつければいいのか、さっぱりだった。
だから、まず俺は母の書庫から【魔法大全】を拝借し、時間に関する魔法を知ることから始めた。
本には、現在確認されているありとあらゆる魔法が記されていた。
俺は1つも見落とすことのないよう、本の端から端まで時間をかけて読み込んだ。
そして、見つかった“時間に関係していそうな魔法”は以下の3つ。
空間魔法、時空魔法、転移魔法。
俺調べなので、探せばもっとあるかもしれないが、おそらく絶対この3つを組み合わせれば、時間を巻き戻す、もしくはそれに近い効果を持つ魔法は完成するだろう。いや、するに違いない。
だいたいの方法は分かったとして、問題なのはこれらの魔法をどうやって習得するか、だ。
習得しないことには魔法を組み合わせることはおろか、発動することすら敵わない。
本当なら母に頼みたいところだが、今更やっぱり魔法教えて下さい、とは言いにくい。
うーん。
一旦自分でやってみるしかないか。
ということで、もう一度、俺は母の書庫に行って、3つの魔法の使い方が載っていそうな本を探した。
すると、【空間魔法初級】と目次に書かれた本を見つけた。
現代語で書かれていて、俺でも問題なく読めそうだ。
他の魔法に関する本は見つけることができなかったので、まずは空間魔法から手をつけてみることにする。
本には、空間魔法の歴史から簡単な使用方法まで、欲しい情報がいっぱい載っていた。
もちろん、歴史の部分はどうでもいいので読み飛ばす。
「よし、どれどれ...使用方法はっと...」
【使用方法】
1.まずは、自分が空間魔法を使用したい範囲を自身の魔力で覆ってください。
2.範囲が決まり、それが安定したら、その範囲内全てを自身の魔力で満たしてください。
*空間を魔力で満たす際、魔力を込めすぎると、破裂する場合があります。ゆっくり、少しずつ満たしてください。
3.最後は、その空間に付したい情報を指に魔力を込めて直接書き込めば、空間魔法は完成です。
*魔力で書き込めば、言語はなんでも構いません。
【注意点】
・空間魔法の効果は使用者の魔力量に依存します。使用者によっては元来使用が不可能な場合がありますので、ご注意下さい。
うん、結構分かりやすい。
3ステップで、使える魔法だったとは。
最初に選んだのが、簡単そうで良かった。
魔力量がなんたらと書いてあったが、俺は母さんの子だから大丈夫だろう。
魔力量は殆ど遺伝だと聞く。
「準備万端だな。あとは成功させるだけだ」
俺は両掌に魔力を込めた。
魔法を使うのは公開魔法披露会以来。
あの一件がトラウマとして心に深く刻み込まれているのか、手が震える。
掌の魔力が安定しない。
これでは、空間魔法は使えない。
くそっ、一度落ち着かないと。
今はあの時とは違う。
俺を見ている観客はいない。
失敗しても大丈夫なんだ。
そう心の中で何度も繰り返し念じ、何度か深呼吸をすると、何とか震えを抑えることができた。
「はぁ、はぁ...ふぅー。もう一回だ」
もう一度、掌に魔力を集める。
ゆっくりと、丁寧に。
・・・
・・・
・・・
どれくらい経っただろうか。
気がつくと、掌に大量の魔力が集まり、そして安定していた。
よし、次は...範囲の設定か。
初めての空間魔法だ。
おそらく、そこまで大きな空間の設定はできないだろう。
うーん、掌サイズくらいにしとくか。
両掌の間に正方形の面で囲まれた立方体の空間を集めた魔力で作った。
そしてその空間を魔力で満たす。
ゆっくり、ゆっくり...、少しずつ...。
破裂しない。
ここまで何とか上手くいっている。
あとは何かしらの条件を付すことができれば、完成だ。
簡単な条件がいいよな。
でも、簡単な条件って何だろうか。
ぷ〜ん
耳元で、虫が飛んでいる。
ちっ、なんだよ。
人が集中してる時に。
あぁ!もうどっか行けよ!
・・・
ん?
あー、やってみるか。
“**・*(遅延)”
魔力で作った空間にそう書き込むと、込めた魔力が少し光るのが分かった。
ぷ〜ん
「おりゃ!!」
俺は両掌の間にある魔力の空間の中に虫を入れた。
すると、空間の中にいる虫はまるで時が止まったかのように静止した。
死んだ...のか?
いや、よく見るとゆっくり羽が動いている。
動きが“遅延”している。
俺はその空間を維持したまま、窓際まで持っていった。
そして、魔法を解除すると、虫は本来の速さを取り戻して何処かへと飛んでいった。
空間魔法が成功した。
ーーー
空間魔法が成功した俺は、より精度の高いものになるように毎日部屋に引きこもって練習を繰り返した。
あんなに魔法の練習を嫌がっていたのに、飽きる事なく毎日毎日。
もちろん、一刻も早く魔法を完成させたいという気持ちもある。
でも、何より楽しかったのだ。
才能なんて無かったと絶望していた魔法が思っていたより上手くいったから。
毎日魔法の練習をしている間も母は何度も俺を部屋から出ろと怒鳴りつけに来た。
そんな母に俺は“出ない”の一点張りで追い返した。
時間を戻す魔法を作ってるなんて言えば、くだらない事は辞めろと、本を取り上げられそうだと思ったからだ。
そんな感じで隠れて練習を続けた俺は初級の空間魔法をマスターした。そして、中級も後もう少しでマスターできるところまで出来ている。
次の空間魔法上級をマスターすれば、空間魔法を完全マスターというところまできているのだが、問題が1つ。
母の職業柄、魔法に関する本なら何でも揃っている俺の家なのだが、空間魔法の本に関しては中級までしかなかったのだ。
これでは、時間を巻き戻す魔法を完成させることはできない。
空間魔法上級。
これについて記された本が何処にあるのか、それは然程大きな問題では無い。
問題なのは、その本を探すために部屋から、そして家から出なければいけないってこと。
これはかなりまずい。
公開魔法披露会という俺が数万人を前に醜態を晒したあの大事件から既に2ヶ月が経過している。
あの忘れたくても忘れられない大事件は数万人規模で人から人へと伝わり、おそらくこの国の殆ど全ての人が俺の醜態を知っていることだろう。
そんな状況で俺が外へ出たらどうなるか。
答えは簡単。
皆に笑われ、ゴミを投げられ、挙げ句の果てには“最弱の魔法使い”なんて呼ばれたりもするだろう。
まあ、どれもこれも全て俺が悪いのだが、怖いものは怖い。
家から出たく無い。
でも、出なければ時間を戻す魔法を作り、魔法披露会をなかったことにするという俺の夢は終わってしまう。
つまり、この自堕落な生活が一生続く事になるってこと。
そんなのは絶対に嫌だ。
でも、やっぱり家から出たくない。
どうすれば、家からでないで空間魔法上級を手にすることができるか、ずっと考えたが答えは出なかった。
「はぁ...。出るしかないよなぁ...」
俺は遂に決意した。
部屋を!家を出て!図書館に!本を借りに行くことを!
ーーー
決意してから早くも1週間。
何度も考えは二転三転したが、やっぱり家を出ることにした。
絶対に誰にも会いたくない。
だから出発は深夜。
加えて変装もフルマックスだ。
全身真っ黒のコートに、公開魔法披露会で被ろうとしていたイカしたマスク。
これなら誰も俺が最強の魔法使いの息子ユーシだとは気づかないだろう。
目的地は“魔法図書館ヴァルハラ”。
24時間営業の魔法に関する本なら何でも揃うこの国で最も大きな魔法図書館だ。
ここなら、空間魔法上級なんていう珍しい本でも置いてあるに違いない。
俺は震える手でドアノブを握り、深夜に出歩くことを母に察知されないよう、息を殺して外へと出た。
幸いな事に人は見当たらない。
やっぱり深夜にして正解だった。
暗闇の中マスクをつけて歩くとなると、前が少し見えづらいが、仕方ない。
正体がバレるよりマシだ。
目的地までは山を1つ越えなければいけない。
体を魔力強化して、往復2〜3時間と言ったところだろうか。
魔物が出ないことを祈ろう。
足を魔力強化して約30分全力疾走。
山の麓まで来た。
この山を越えて少し歩けば、魔法図書館ヴァルハラだ。
ここからは道が険しい。
足に魔力を溜め直す。
さっと行って、さっと帰ろう。
そう思い、一歩踏み出した時だった。
キャアアアアッッ!!!
女性の叫び声が山の奥深くの方から聞こえた。
明らかに何かから襲われ、助けを求める声だ。
え?なに?嘘でしょ?
突然のことに頭が追いつかない。
周りには誰もいない。
俺が行くしかない。
俺はマスクを深く被り直して、叫び声の方へと走った。
本当は引き返したい。
でも、できなかった。
声の元に近づくにつれ、禍々しい気配が大きくなっていく。
正直言って、嫌な予感しかしない。
やっと家を出れたってのに。
ちょっとやる気出したらコレだよ。
「はぁ、魔物だったらどうしよう」
そんな最悪の予感がボソッと口から溢れた。
そして、その予感は不運にも的中してしまう。
声の元に辿り着くと、そこには足を怪我した少女、そしてその少女に今にも襲いかかりそうな真っ黒な影があった。
真っ黒な影から発せられている禍々しい魔力。おそらく魔物だ。
魔物が俺に気づく。
「オイ、キサマ。ソコデナニシテル?」
「ええっと、俺ですか?」
魔物が俺に話しかけていないことを祈り、わざとらしく周りを見渡す。
「キサマイガイニダレガイル?」
「で、ですよね。あの、本でも借りに行こうかなって」
「ホン?マァ、イイ。ミラレタカラニハオマエモ“コロス”。コノ“オンナ”ノアトニナ」
そう言って、魔物は右腕を少女に向かって振り上げた。
「やめろっ!」
俺は咄嗟に空間魔法は使い、魔物を囲った。
そして“**・*(遅延)”と書き込む。
すると、魔物の動きは止まった。
少女の元に駆け寄る。
「おい、大丈夫か?」
「うぅ...。あいつに急に...襲われて」
「分かった。早く逃げよう」
「うん...。でも足が...」
少女の足は大きな怪我を負っていた。
とてもじゃないが、歩ける状態じゃない。
くそっ、まさか魔物がいるなんて。
それにあの形....“ヒト型”だ。
母から魔物は人の形に近ければ近いほど、力が増すと教えてもらったことがある。
なんで、こんな強い魔物が山に...。
奇跡的に空間魔法で魔物の動きを封じたはいいが、俺にそれ以上の攻撃手段はない。
これ以上何もできない俺としては、さっさと退散したいところなのだが、襲われた彼女を置いてはいけない。
しかし、足を怪我した彼女を背負うとなると、空間魔法の維持は難しい。
助けが来るのを待つ...いや、大量に魔力を使う空間魔法を長時間維持するのは不可能だ。
どうしよう、時間がない。
もっと魔法の勉強してれば...。
「!」
いや、ある。
空間魔法ではない、俺が知ってる魔法がもう1つ。
口にするのも悍ましい、俺を今の状況に追い込んだ因縁の魔法“火球”。
使えたことはないが、使い方を知っている。
“腹に流れる魔力を右手の拳に集め、出来る限り圧縮し、それに着火するイメージで解き放つ。”
難しいことは1つもない。
空間魔法よりよっぽど簡単なはずだ。
空間魔法を解除した瞬間にあの魔物にぶっ放す。
これならいけるかもしれない。
でも、もし公開魔法披露会の時みたいに火球が出なかったら?
もし出たとして、魔物に効かなかったら?
そんな悪い考えが頭の中に溢れ、フリーズしていると、足元で倒れる少女がコートの裾を引っ張った。
懸命に何かを伝えようとしている。
「どうした?傷が痛むのか?」
「私を...置いて....逃げ..て」
彼女は掠れた声でそう言った。
かなり衰弱している。
こんな状態で俺を気にかけるなんて。
俺は一体何を悩んでいるのだ。
彼女を見殺しにして生き残ったとして、それで魔法が完成して何になる?
生きるのが苦しいままなのは一緒だ。
ユーシ、やることは1つだろ。
「は...やく」
「逃げないよ。それで魔法が完成しても後味悪すぎるし」
「ま...ほう?何の...こと?」
「こっちの話」
やるしかない。
そう心に決めた瞬間から俺の体は勝手に動き始めた。
左手で空間魔法を安定させつつ、右手に魔力を集め、それを凝縮する。
残った魔力を全て右手に。
チャンスは一瞬。
空間魔法を解除すると同時に火球を魔物めがけてぶっ放す。
「ファイアァッ!ボォォールッ!!!」
そう叫んだ瞬間、右手から大きな火球が高速で放たれた。
同時に空間魔法を解除する。
自由に身動きが取れるようになった魔物が動くより先に火球は魔物に命中した。
ドッガァァンッッ!!
火球は魔物に触れると同時に、大きな爆発音と共に破裂した。
耳がキーンとして、目が痛くなるほどの音と光。
火球は予想以上の威力で、俺と少女は共に爆風で吹き飛ばされた。
「ううっ...。痛...」
体の彼方此方が痛い。
ふと目を落とすと、俺のすぐ隣で少女が倒れていた。
息はある。
気を失っているだけのようだ。
辺りは土煙でよく見えない。
魔物は倒せたのだろうか。
襲ってはこないし、禍々しい気配も感じない。
火球で倒したってことにしとこう。
遠くの方で声が聞こえる。
今の爆発で、騒ぎになってるんだな。
じきに人が来る。
彼女もすぐ治療してもらえるだろう。
あー、疲れた。
人が来る前にここから立ち去らないと。
正体がバレる訳にはいかないし、夜中勝手に出歩いたことが母に気づかれたら怒られそうだ。
軋む体で無理矢理立ち上がる。
魔力切れを起こした俺は半分気絶した状態でトボトボと家へと帰り、泥のように眠った。
ーーー
そして、翌朝。
俺はいつもと違う騒々しさに目を覚ました。
「んんっ...。なんだよ、外が騒がしいな。」
痛む体を引きずり、窓から外を見ると、数人の男達が大きな声で盛り上がっていた。
“おい!深夜、山の方で魔物が出たらしいぞ”
“物騒な話だな。死人は?”
“若い女が1人、襲われたらしい”
“あぁ...。そりゃ気の毒にな。そんな時間に山になんて入るから...”
“いや、女は死んでねーのよ。助けられたって”
男たちの会話にはどこか身に覚えがあった。
ん?昨日女性を山で助けた?
もしかして、まさか俺のこと...。
声かけてみようかな。
そんな考えがふと頭をよぎる。
いや、待て。
俺の話じゃ無かった時どうする。
俺はこれ以上恥をかけば、流石に死んでしまう。
もう少し、話を聞いてからにしよう。
俺は窓を少し開け、男達の会話に聞き耳を立てた。
“メイリーン様だろ?そんな時間に彼女がいたとは。運が良かったな”
“いや、それが違うらしいんだ”
“はぁ?何が違うんだよ”
“襲われた女は確かに男に助けられたって。それに、魔物は魔王軍幹部の残党ラピッドだったらしい”
“ラピッドってあの?メイリーン様が逃したっていう。おい、その助けたやつ、男ってこと以外に何か特徴はないのかよ”
“他に特徴?あー、なんか言ってたな...。あっ!そうそう!やけに趣味の悪いそれはそれは気持ちの悪いマスクを被ってたって”
“はっはっはっ!それじゃあどっちが魔物が分かりゃしねぇな!”
俺はそっと窓を閉め、体を引きずりながらベッドの中に潜った。
あぶな。
これ俺じゃないわ。
また恥かくところだった。
確かに昨日、俺は女性を魔物から助けたし、その時はマスクを被ってた。
でも、あの魔物が幹部だったとは到底思えない。
だって、もし幹部だったら俺は今ここにはいない。
確実に殺されていたはずだ。
それに決定的なのは気持ちの悪いマスクなんて被ってなかったてこと。
いくら深夜で暗かったとはいえ、火球で照らされた俺のマスクはどこからどう見てもイカしてたはずだ。
まあ、とにかく確実に俺じゃない。
声をかけなくてよかった。
それにしても、また別の場所でも魔物が出ていたなんてな。
それも魔王軍幹部残党が。
母以外に倒せる人なんて、一体誰なのだろうか。
正体を明かさないなんて、カッコ良すぎる。
もし俺が同じ立場ならここぞとばかりに自慢していただろう。
はぁ、俺も魔王軍幹部を倒すようなことがあればな...。
時間を戻す魔法を作らずともあの事件をなかったことにできるだろうに。
いや、出来もしないことを考えても仕方ない。
今は時間を戻す魔法を完成させることだけに集中しないと。
俺は大きく息を吸って、吐いた。
よし、今日も引きこもって魔法の勉強だ。