8月 1日 ワタクシとヒゲの世界征服(3.7k)
「余は【反グローバリスト】だったのだ」
ちょっと暑い夏の昼食後。ちゃぶ台に広げた地図を二人で確認していたら、ロイがまたよく分からないことを言いだした。
「今回はいつもよりわかりにくいわね。それって、村の跡地に集めた鉄や銅と何か関係があるの?」
「そうだ。反グローバリズムの真骨頂は【通せんぼ】だ」
ロイは【城】を建てる材料と言って、【オバケ】を使ってあちこちから鉄道のレールや電信網の銅線を集めてきた。
そして、【オバケ】達を使って城の建設工事を進めている。
私達の小屋を覆うように【城】を建てて、引っ越しが終わった後で小屋を解体するという工程にしたとか。
私が【オバケ】を怖がるから工事は夜中にしているようで、毎朝外を見るたびに北側から外壁の組み立てが進んでいるのが分かる。
「鉄のある場所を教えたのは私だけど、鉄道レールを根こそぎ持ってきちゃったら皆困らないかしら。せめて、2本あるうちの1本だけでも残したらよかったのに」
「……イブ。1本だけ残しても鉄道車両は走れんぞ……」
「それに、電信網の銅線まで根こそぎ持ってきちゃって。あれどうするの?」
「融かして圧延して屋根材に使おうと思ってな。銅板屋根は長持ちするぞ」
「それはいいわね。お城の屋根が銅板なんて豪華でステキ。でもそれが反グローバリストなの?」
「それとはあまり関係ない。今回はこの世界の【経済】の話だ」
「【経済】って、【金貨】の事?」
「ヤー……。【金貨】は【経済】を回すための手段のようなものだ。同じではないな」
「手段って言う割には、外洋人もロイも【金貨】やたら好きよね。もしかしたら美味しいのかと思って齧ってみたけど、美味しくなかったわ」
チャリン カラン
「イブ。……この金貨、齧ってこんなになったのか?」
私がポケットから出した歯形付きの【金貨】を見てロイが絶句してるけど、それはどうでもいい。
「【オバケ】の材料と違って、魔力に反応するようには見えないけど、外洋人やロイにしか分からない何かがあるの?」
「ヤー……。別にそういう物は無い。そこは【通貨】と言ってだな、食品や財を流通させるための手段として、たまたま、色が綺麗で、錆びなくて、そこそこ貴重なこの金属を使っているだけのことだ」
「食べ物以外の物をいろいろ作って、その成果物や労働力の対価として【金貨】を使っているのは知ってるわ。ヒゲを整えるためのはさみとか、寝心地のイイ布団とか。電力とか燃料とか。獲物を獲る代わりに、そういうの作る仕事しても間接的に食べ物が得られるこの仕組みは外洋人のいい知恵だと思うのよ」
「イブは賢いな。【経済】をよくわかっているじゃないか」
「でも、そこでなんでその【金貨】を集めて貯めるのに執着するのかしら」
「ヤー……。無いと食べ物が買えなくなるからかな」
「働けばいいじゃないの。働いたら【金貨】貰える仕組みでしょ。それに、何年かけても食べきれない分の【金貨】を集めて独り占めしている人も居たけど、あれどうするの?」
「ヤー…………。大人数集めて新しい大きい仕事をするとか、いろいろまとまった資金が必要な事もあるのだろう」
「それは【株式】っていう仕組みね。それもいい知恵だって思うのよ。うまくいくか分からない大きなチャレンジするために、皆で【金貨】を出し合って、必要な労働力や物資を集めて、成功したら分配して、失敗したら負担を分散して。外洋人がそうやって大きなもの作ってくれるおかげで私達もいろいろ助かったわ」
「イブは【経済】に詳しいな。誰に教わったんだ?」
「子供の頃にダニラって人に教わったの。あとは、世界を見通す力でいろいろ見たわ」
「またダニラか」
「いろいろ考えて便利な仕組みを作るのはいいんだけど、働かずに【金貨】を使って【金貨】を集めて独り占めしてる人が居るのよ。そのせいで、働く人がもらえる【金貨】が減ってるの」
「やはり、この世界にもそういう奴は居たか。それは良くないな」
「良くないと思ってたけど、ロイが良くないって言うならやっぱり良くないのね」
「そうだな。【経済】を回すうえで、【貧富の格差】が出てしまうのはある程度しかたないが、行き過ぎると皆が困ったことになる」
今まであんまり気にしてなかったけど、エスタンシア帝国側はその【貧富の格差】が大きかった。なぜか、【利権】とか言って働かない人が沢山金貨を集めてた。
その鬱憤のせいなのか、金貨を独占していた人達が戦争の混乱に乗じて暴徒に襲われてる。
カランリア近くの丘陵の地下要塞に立てこもって意味のない戦いを続けているけど、そのせいで山や海がどんどん汚れていく。
ヴァルハラ川を綺麗にしても、周辺の海が汚いと【鮭】が帰ってこないかもしれない。
確かにこれは困ったことだ。
「真面目に働く人が、ちゃんとその対価を受け取って、たくさん食べられるようにしたいわね」
「そうだな。それは健全な経済成長のためにとても大事なことだ」
「なんかこう。仕事をする人と、その成果を受け取る人が遠くなるのが良くないと思うのよ。【金貨】だけのつながりになると、なんでか知らないけど、働く人の気持ちを考えずに、安い方に走ってしまうような……。自分がされたら嫌なんだろうけど、距離が遠いと気にならないのかな」
「そういう部分もあるな。自分の仕事を値切られたら怒るくせに、他人に対しては平然としてしまう。相手の顔が見えなくなるとそれが顕著になるかもしれん」
「あと、作る場所と使う場所が遠いと、途中で【金貨】を横取りする人が居るのよ。運ぶ仕事をする人が【金貨】を受け取るのはいいけど、それ以外で理由をつけて。その分頑張って働いた人が受け取る【金貨】が減っていくの」
「【中抜き】というやつだな。それも、消費地と産地が遠くなりすぎると増えたりするな。そういうことだけしてやたら儲けるやつが出てきたりとかな。余も前の世界ではそういう連中には悩まされた」
世界を見通す力を得てからというもの、外洋人があの困った【習性】のせいでたまにオカシイことをするのを知ってしまった。
それで殺し合いをしたり、周りを汚したりするのは正直気に入らないので、せっかくだから私が気に入るように彼等の行動を変えてしまおう。
だめなら全部焼き払えばいいんだから、もうこの世界全部私の好きなようにしてしまおう。
「生産と消費がある程度限られた区域内で完結する形にして、働く人が適切な報酬を受け取って、皆の力で支え合いながら、周辺の自然環境を大切にして継続的に発展できるような世界にしましょう」
「うむ。それが人々が目指すべき社会の姿だ。余の夢見た理想の世界だ。だが、実現するのは簡単ではないぞ」
「簡単よ。【オバケ】を大暴れさせて、逆らったらどうなるか身体で教えるの。ヴァルハラ川の北側の掃除をしてる【オバケ】達にちょっとお願いするわ」
「…………」
あの【オバケ】は字が読める。山のふもとに連絡係として待機している【オバケ】に手紙を渡せばその通りに動いてくれるはず。
この村を焼き払ったアホ共の一部がエスタンシア帝国の南端で暴徒に囲まれて立ち往生しているから、彼等のところに【オバケ】を合流させて手伝わせよう。
無意味な争いで海と川と大地を汚す連中は全部片づけてやる。
そして、これからどういう社会を作るべきか身体で教えてやる。
「ジーン! 外壁工事中に悪いんだけど、背負子お願い! ちょっとロクリッジのところまで運んで!」
「はい! ただいま!」
手紙が書けたから、ふもとの小屋に居るロクリッジに手紙を預けよう。
【オバケ】の脚なら、明日には現場まで届く。
私の気に入る世界が明日から始まる。
ロイがなんか呆然としてるけど、まぁいいや。
…………
「ロイ? お酒は飲まないんじゃないの?」
「……本来飲まないんだがな、今日はなんとなく飲みたくなった」 グビグビ
ジーンの背負子で小屋に帰ってきたら、ロイが一人で酒を飲んでいた。
「余は、【戦争】なぞしたくなかったのだ」 グビグビ
「だったら、しなければいいじゃない」
【戦争】しておいて、後からしたくなかったとか言われても、それいろんな人に怒られないかな。
小屋に居たカミヤリィも似たようなことを言ってた。
私が書いた手紙見せたら、これこそ理想の社会と絶賛してたけど、カミヤリィは元々政治家だったんだから、それが理想というならさっさとそうすればよかったのに。
「余の理想を、【蛮地の牛飼い】共が邪魔したのだ」 ガックリ
「邪魔ならやっつければいいじゃない」
「余の力が及ばず、負けたのだ」 グビグビ
「負けたんなら、仕方ないわね。それより、飲みすぎじゃないの?」
「だが、この世界では余の理想の社会が実現しようとしている」 プハー
「ロイと私の理想って近かったのね」
「イブに出会えて、イイ女に会えて本当に良かった」 グビグビ
「じゃぁもう【結婚】する?」
ブーーーーーーッ
●オマケ解説●
国際的な物流網と通信網の発達による経済のグローバル化は、生産性向上と技術の進歩を加速します。
その反面、世界規模での経済的な弱肉強食により、多くの歪を産み出します。
生きるために経済システムを作ったはずが、経済システムを維持するために生きるような世界になってしまう。
食べることと生きることの大切さを知る【獣人】は【手段のためには目的を選ばない】そんな世界が気に入らない。
気に入らなければ変えればいい。
鉄道と電信網を没収して経済圏を分断。
地産地消で売り手と買い手を近くして、仕事に対する感謝で経済を回す健全な社会。
理解しない奴は容赦なく【魔物】がお仕置き。
どうにもならなきゃ世界は溶岩の海。
民主主義の対極に位置する恐怖支配での世界征服。
でも、それはそれでイイ世界に思えるのはなぜだろう。
元・総統閣下は迷い込んだ異世界にて、かつて自分の理想とした社会が形になるのを見て感極まったご様子。
飲まないと決めてた酒を飲むぐらいに。




