7月15日 王子と木箱の事情(4.1k)
「国内の農園で、全く収穫ができなくなった箇所が、私の調査でも200件以上あります。それらは例外なく【豊作1号】を使用していました。【豊作1号】は、この現実を踏まえて、使用を中止すべきではないでしょうか」
「薬剤である以上は、不可避的に起きるリスクはあるものの、農業部審議会において、科学的知見に基づき、害虫予防効果と作物に対する安全性が認められていることに加えて、連用した農地における生育状況の変化の報告等のリスクに関する評価を踏まえ、使用を継続すべきと判断されております」
「先ほど挙げた数字も本当一部なんですね。これ各地の農協が国への報告を止めている部分もあるので、潜在的にはもっと耕作できなくなった土地はあるんですよね。この異常事態を踏まえて、この農業部審議会の構成員の、どういう動機でこういう判断をしているんだということで、過去三年におけるエスタンシア帝国からの資金提供とか報酬、研究契約金などの受取状況という物を確認すると、構成員21人のうち12人が、金額の大小はありますが、エスタンシア製薬から金銭を受け取っています。これで審議の公平性が確保されていると言えるのでしょうか」
「審議会の都度、ルールに沿って企業と委員の利益相反を確認し、公表しており、議論の公平性や透明性は確保されているものと考えております」
「公平性や透明性は確保されているというなら、どうやってこの審議委員選んでいるか、簡潔にお答えください。現場を無視して議論していますが、明らかに異常が起きているんですよ。現状を見て普通の国民は絶対おかしいと思っています」
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木箱の中での居眠りで、議員をしていた頃の夢を見てしまった私は、ロイ総統率いる【第三帝国】所属のカミヤリィ外交官。
前職はユグドラシル王国の議員。
そして元の職業は、ヴァルハラ新聞社の記者だった。
食料品の価格見通しは庶民の最大の関心毎なので、毎年収穫時期が近づくと農園担当記者として各地の農家に収穫見通しを取材する仕事をしていた。
そんな中で、国中の農地で異常事態が発生したのは6年前だった。
一部の農園で作物が枯れる現象が発生した。
途方に暮れる農家を報道の立場から助けたいと、全国を回って取材し、記事にまとめた。
しかし、記事は掲載されず、私はこの件についての取材を禁止された。
不作で困窮する農家を助けたい一心で、当時の上司に理由を問いただしたら、記事原稿と取材ノートを全部取り上げられて、ヴァルハラ新聞社を解雇された。
当時、私は意味が分からず混乱した。
すでに結婚していたのに失業してしまったのは妻には申し訳なかったが、途方に暮れる私を妻は支えてくれた。
翌年、異常事態はさらに拡大した。
私は農家の人達を助けたかった。その一心で、フリーのジャーナリストとしてこの件の取材を続けた。
小さな出版社がたまに記事を買ってくれたのが支えになった。
大手新聞社は全く取り上げないが、取材を続ける中で【豊作1号】が怪しいと感じた。その確証を得るために、国内の学術機関とも連携して原因を突き止めようとした。
しかし、それは困難の連続だった。
害虫被害が無いなら、殺虫剤を多用する意味は無い。それに、害虫対策は殺虫剤を使う以外にも方法はある。その事実を無視して国は国策として【豊作1号】の使用を推奨した。
そして、作物が収穫できなくなった農園は、国策に従い【豊作1号】を使い続けたところばかりだった。
にもかかわらず、農家を守るはずの国や農協はこの事実を認めようとせず、そのような情報は全て【デマ】であると大々的に広告し続けた。
その主張を覆すために【豊作1号】の分析をしようにも、薬剤を購入するためには、本来の用途以外に使用しないという誓約が必要だった。
微量でも研究用途に使用したことが発覚した場合は、関与した人物全員に莫大な違約金が課せられる。協力してくれる研究機関は無かった。
あの手この手で【豊作1号】の調査や取材を続けるうち、【デマ】を流す犯人として、あちこちから嫌がらせや妨害を受けるようになった。
そしてついに、私が取材で外出している時に自宅に放火され、妻が犠牲になった。
原因は失火と断定され、事件としての捜査はされなかった。
妻は、妊娠中だった。
私は家も、家族も失った。
私はその時点で、【豊作1号】が不作の原因であることと、その原因を創り出したのがユグドラシル王国とエスタンシア帝国の【利権組織】であることを突き止めていた。
不必要な薬剤を農家に売りつけて、莫大な収益を上げつつ、薬剤の副作用で農地をだめにして農家を苦しめている奴等が居る。
私は、そいつらを世界から駆逐することが、妻に対する弔いと考えるようになった。
【豊作1号】で農地を失った元農家に呼びかけて、【ユグドラシル愛国党】を結成。全国各地で元農家に協力を呼び掛けて、選挙に当選して議席を確保。
仲間達と共に【市民団体】として足で稼いだ確実な情報で、国の責任を追及し続け【豊作1号】の【薬害】を認めさせた。
そして、頑なに問題を認めなかった与党議員も賛同してくれて、全ての情報を正式に公開させることに成功した。
これで、農家は救われると思った。
しかしその結果、一方的な【契約違反】が引き金となり【戦争】が勃発。
結局私は、爆弾の導火線で火遊びをしていただけだった。
牢獄から出た後で、アレク中尉からエスタンシア帝国側の事情を聞いた。
【獣人】や【鬼人】を武力で駆逐するため、エスタンシア帝国の国民は長年莫大な【軍事費】に苦しんでいた。
軍需関連産業が盛況で経済は好調であったが、貧富の格差が大きく、資本家が富を独占する一方で、国民の大多数である貧困層は常にギリギリの生活をしていた。
そんな中で、【鬼人】シーオーク族の根絶成功により、軍需関連企業の株価が暴落。富の一極集中で軍需以外の内需が弱かった経済構造が災いし、経済は混乱。一気に不況へ。
街に失業者があふれる中、富裕層に不満の矛先が向くのを防ぐためと、軍需産業の再興のため、ユグドラシル王国への侵略を主張する派閥が誕生。
生活に困窮する民衆の圧倒的な支持を受け、現政権は政権交代直前まで追い込まれた。
そんな時に、北部農園の害虫大発生への切り札として【豊作1号】が実用化。
政府は【利権組織】と結託して、【豊作1号】を通じてユグドラシル王国から継続的に多額の収益を得る形を創り出し、その収益から得られた税金を【社会保障費】に充てることで、国民の意識が開戦を望まないように抑え込んだ。
国家間の関係は【軍事力】の強弱で決まる。
正面から戦って勝てるだけの力を持ってしまったエスタンシア帝国が、ユグドラシル王国を侵略しないためには、国民がユグドラシル王国の存在価値を認める必要がある。
そのためには、ユグドラシル王国は【金づる】扱いされても逆らえない。
今思えば、ユグドラシル王国政府も中枢部はその現実を認識していた。【売国奴】と叩かれる覚悟で加担し、ユグドラシル王国の国富をエスタンシア帝国に垂れ流すことで、両国の国家関係を安定させようとしていた。
大きな歪の上で、かろうじて成り立っていた平和のための均衡。
それを崩してしまったのは、私だ。
もし私が何もしなければどうなっていたか。
農園を失った農家は、移転補償金を受け取り新規開拓地で新しい農園を作ることが出来た。移転を受け入れさえすれば、農家は困窮しなかったのだ。
資金を流す目的とは言え【豊作1号】の連用は無理が出てきたが、新開発の【魔力発電】の権益をエスタンシア帝国に譲ることで、この均衡は継続する算段だった。
エスタンシア帝国の食糧危機も、【昆虫食】で数年持ちこたえることができれば、エスタンシア帝国で研究が進んでいた【薬剤耐性小麦】が実用化されて解決するはずだった。
私が余計な事をしなければ、戦争を回避した共存のシナリオは立っていたのだ。
王城に【木箱梱包】で帰ってきたあの日。
【女子更衣室】で開梱された時に、王宮メイド達の正体を知った。
そこで口止めをされた上で、これ以上余計な事をするなと釘を刺された。
あの後王子に話した内容も、大人しく投獄されたのも、緑色の服を着た【エルフ】の指示だ。
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ガコン ドサッ
私が入っている木箱の振動が止まり、地面に置かれた感触。
目的地に到着したようだ。
ロイ総統が創り出した、魔力で動く人外のバケモノ【魔物】。
それの背中に相当する部分に、私が入った木箱を背負わせて高速で移動する手段。
通称:【魔車】
車ですら無いだろうと言うツッコミは置いといて、ヴァルハラ川沿いの工業地帯の消滅でトラックが貴重品になった今、高速移動手段として便利だ。
普通に歩くと10日ぐらいかかる首都まで、一晩で移動できる。
その【魔車】で首都郊外の林まで運んでもらった今日の私の任務は、【ヨー王】にロイ総統からの手紙を届けること。
ギギギギギギ カパッ
外から木箱を開けられた。
朝日の逆光を浴びる【魔物】の姿が見える。
木箱から出て背伸びをする。
その【魔物】も私の隣に並んで背伸び。
巨大な外観はバケモノだが、動きはやたら人間くさい。
そしてその【魔物】はおもむろに地面に穴を掘り始める。
姿をなるべく人に見られないため、私の仕事が終わるまで、穴に埋まって待機する手筈だ。
ロイ総統曰く、【魔物】は死者の【魂】から作るという。
その【魂】との対話は、ロイ総統だけしかできない。
でも、私にはこの【魔物】が【誰】だったのか分かる。
当然、その名を呼ぶのは【禁忌】だ。
伝えたいこと、謝りたいこと。たくさんあるけど、それは全部飲み込んで、私は新しい相棒をこう呼ぶ。
「じゃぁ、行ってきますよ【坊ちゃん】」
●オマケ解説●
国家間の関係は【軍事力】により決まる。
何処の世界でも同じです。
勝てる力があるのなら、全てを奪う権利がある。
中立で仲裁できる存在のない集団なんてそんなもの。
究極的には、世界は野蛮でできています。
外交というのは、その野蛮な世界から国を守るためのもの。
相手が野蛮なんだから、道理で話ができるわけがない。
そんな原則無視して、政治に道理を持ち込んだ結果が戦争と破滅。
野蛮な世界を生き抜くためには、時には無理と不条理も大事です。
業を背負った元議員は、元・総統閣下と国王を繋ぐ外交官として、かつての盟友と共に夜のヴァルハラ平野を駆ける。
今度こそ、王を支える力になりたい。
彼の願いは叶うのか。




