表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/89

 1月24日 王子と破廉恥男の事情(5.3k)

 ユグドラシル王国首都中心部にある王城区画内。

 またしても滅茶苦茶な法案が可決された臨時議会が終わった後、クリーク王子は執務室で【専決処分】の書面作成を行っていた。


「いくら【民意】と言われても、それで世界が滅びたんじゃ本末転倒だろ」


 今日可決され、王子が【専決処分】で潰そうとしている法案は、そんな愚痴が出るほど危険な物だった。


 【魔法防衛隊編成法】


 ユグドラシル王国軍の主力部隊は緒戦で壊滅。

 前線から生還した者は僅か数名で、王宮病院で治療中。


 この状況下で抗戦方法を考えると、魔法適性のある者を徴兵して前線に出すしかないのは道理ではある。

 しかし、それをしてしまった場合、戦禍が拡大して多くの犠牲者が出る。


 【戦時伝令使】が届けてきた【降伏勧告】では、エスタンシア帝国の要求は、小麦及び食料の提供と、ヴァルハラ平野一部地域の期間限定の割譲と、【魔力発電】の【利権】だけ。

 政治体制の変更や、属国化や植民地化を求めてはいない。


 ユグドラシル王国内では、雑草に近い飼料でも短期間で生育と収穫が可能な【昆虫食】の普及により、食料問題は解決しつつある。

 【豊作1号】の影響で耕作不適地になった農園は少なからずあるが、今年作付けした分が予定通り収穫出来れば、両国が飢えない程度の食料は確保できる。


 この状況下で、国民の生命と財産を守るためには、【降伏勧告】の受諾が最適解だ。


 しかし、議会は国王の【裏金問題】と【失言】問題の追及に全力を挙げて、【降伏勧告】への対応の審議を事実上拒否。


 エスタンシア帝国は再三【降伏勧告】の回答を催促してきたが、議会が動かないので回答保留の返事しかできていない。


 そうこうしている間に、エスタンシア帝国軍が実効支配した都市で民間人の虐殺をしているという噂が広がり、首都在住のユグドラシル王国国民の間には、徹底抗戦の世論が形成されつつある。


 一部の急進派は、混血者を集めて勝手に【自警団】を編成し、魔法による対人戦闘法の訓練まで始める始末。


「何があっても【魔法防衛隊】なんて認めんぞ」


 クリーク王子は【専決処分】の書類をまとめた。

 今日中に事務方に提出して、法案を潰させる算段だ。


 だが、法案を潰しても、虐殺の噂が消えない限り、【民意】は徹底抗戦を求める。


「それにしても、我が国の情報網がこんなに脆かったとはな」


 複数ある新聞社は、毎日のように占領地での残虐行為を報道して不安を煽っているが、どれも内容がちぐはぐで信憑性に欠ける。


 ユグドラシル王国軍から調査隊を編成しようにも、主力部隊は壊滅しており、残存兵力は国内各地で散発的に発生する暴動への対応で余力が無い。

 頼りにしていたカミヤリィ議員は、現地に行くと言ったまま消息不明。


 数年前までは国営の新聞社があり、必要時には国からの委託で各地の調査を行うことができた。

 しかし、当時その組織が【税金の無駄遣い】と議会から糾弾され、組織を分割して民間の新聞社に譲渡していた。


 今の民間の新聞社の出資者は、【魔力発電】の利権に固執している多数の組織と太いつながりがある。

 そして、【利権組織】は、【利権】維持のため、エスタンシア帝国からの降伏勧告を拒否して徹底抗戦を望んでいる。


 新聞社が虚偽の報道をするとは思いたくは無いが、同機は十分で内容も怪しい。

 それでも、確証は得られない。


 クリーク王子は新聞を眺めてつぶやく。

「ナイラって誰だよ」


 新聞には、エスタンシア帝国軍による病院での虐殺を目撃したという少女の証言が事細かに記載されている。

 しかし、新聞社によっては病院の所在地が違っていたり、殺されたのが新生児だったり、重病人だったりと記載がぶれている。

 証言者とされるナイラという少女の年齢も15歳だったり22歳だったり。職業も自称難民だったり看護師だったり。やっぱりぶれている。


 複数の新聞の記事内容を比較すればおかしいと気付けるようなものだが、王城区画の外側では【徹底抗戦】を求めるデモ活動が起きてる。


「カミヤリィ議員の言ったとおりだな。民衆はデタラメを信じて暴走する」


 クリーク王子は天井を見上げてつぶやく。

「我が国民は、こんなにアホだったか?」


 コンコン


「王子様。ちょっとよろしいでしょうか」

「【トラ班】か? どうした?」


 王子が【立場的にマジで危ない問題発言】をつぶやいた後に、ドアをノックする音と王宮メイド【トラ班】の班長の声。

 

 ガチャ ガラガラ


「【不審者】を捕まえたのですが、どうしても王子様に会いたいと言うので連れてきました」


「カミヤリィ議員! どうしたんだ!」


 王宮メイドが執務室内に押し込んだ台車の上には、ローブでぐるぐる巻きにされた生傷だらけのカミヤリィ議員が乗っていた。

 さるぐつわをされた状態で、すがるような目線で王子を見ている。


「木箱に隠れて【女子更衣室】に侵入した破廉恥男です。王宮メイド一同より、しかるべき処置をお願い致します」

 不機嫌そうにそれだけ言って、王宮メイドは立ち去って行った。


…………


 ロープとさるぐつわを解かれて、応接セットのソファーに座るカミヤリィ議員。

 それに対面するクリーク王子。

 二人とも表情は疲れ切っている。


「カミヤリィ議員。一体王城内で何をしていたんだ? 現場に行ってたんじゃないのか?」

「すみません。確かに現場には行ってました。話すと長くなるのですが……」


 カミヤリィ議員は東ヴァルハラ市には無事到着できた。しかし、【工作員】達に街に閉じ込められてしまった。

 何としてでも首都に帰ろうと【昆虫食販売店】の店長代理と脱出方法を考えた結果、返送する木箱に隠れて貨物扱いで【サロンフランクフルト】まで脱出に成功。

 そこにも【工作員】達が常駐していたので、ふたたびソンライン店長の機転で【木箱梱包】されて、別の都市の【ユグドラシル愛国党】の事務所まで貨物として移動。

 

 そんな移動を繰り返して、今朝王城にたどり着いた。

 しかし、王城の荷受け場の作業ミスにより、本日支給予定だった補充の【メイド服】の木箱と一緒に【女子更衣室】に配達。

 着替え中のメイド達の中で【開梱】されてしまうという悲劇が発生した。


「王宮メイドは嫁入り前の娘達だぞ。新しい制服が届いたと思って開梱した木箱からオッサンが出てきたらトラウマモノだ」

「私に言われてもとは思うけど、正直悪かったと思ってます」


 嫁入り前の娘は、極力顔と肌を晒さないというのがこの国の風習であり、王宮メイドの制服もロングスカートのメイド服と、頭部を覆う白い頭巾と、部署によってはマスクが標準装備。

 それ故に、嫁入り前の娘に対する破廉恥行為は重罪とされている。


「不可抗力とはいえ、何らかの処罰は必要だろう」

「それは、まぁ、仕方ないですね」


「それはそれとして、東ヴァルハラ市には行ってたんだな。現場の状況はどうだ?」

「新聞の報道はデマでした。占領地は平和そのもの。エスタンシア帝国軍は規律がしっかりしてます。民間人に危害を加えてません」


「やはりか。でも、その情報がこっちに来ないのはどういうことだ?」

「ユグドラシル王国側の【工作員】があちこちで暗躍してます。【国境線】よりこちら側で、首都と東側都市の往来を制限しているのも奴等で、まるで【山賊】です」


「その【工作員】は一体何者だ? 一体誰が黒幕なんだ?」

「支援者達が調べてくれました。王子。黒幕は居ないんですよ。強いて言うなら、我が国の産業構造の問題です」

「どういうことだ?」


 ユグドラシル王国は、南部に鉱山地帯、北部のヴァルハラ川沿いに工業地帯、南東部には研究都市、西部には繊維産業が盛んな地域と、産業が各地に分散している。

 そして、国土中央近くにある首都が、各産地の情報や物流の拠点として機能しているのがユグドラシル王国の経済圏である。 


「王子。地価も物価も国内で一番高いこの首都の、主要産業は何ですか?」

「主要産業だと? …………まさか!」


「そうです。この首都には付加価値を産み出す産業はありません。雇用の大半が【認可】や【審査】や、【仲介】等の、悪く言えば【ピンハネ産業】。各種の法令に基づいて、地方都市の産業と消費者の間に介入して、利益を中抜きするような仕事に集中しています」


「国内各地から優秀な人財を集めるために、給与も生活レベルも高くなるように整備してはいたが、肝心な産業がそんなことになってたとは」


「これは歴代王族の落ち度ですよ。優秀な人財を集めても、付加価値を産み出すような経済政策を規律を持って進めないと、【汚職】の温床になるだけです。実際、【利権組織】が乱立して、政治や報道まで歪めています」


「確かにそうかもしれん。しかし、そんな歪んだ経済構造が長続きするわけが……。そうか!」


「そうです。実際、近年行き詰まっていたんです。税金を原資とした【豊作1号】の輸入と流通からの中抜きでなんとか雇用を維持していた。そんな中で、【魔力発電】の技術が開発された。だから、今度はそれで雇用を維持しようとした」


「なるほど。分かってきた。エスタンシア帝国からの降伏勧告を受諾すると、【豊作1号】と【魔力発電】両方の収益が無くなり首都で多くの失業者が出る。それで一番困るのは首都で働く国民か!」

 

「そういうことです。利権組織とその傘下の組織に雇用されている首都在住の国民が、自分の生活を守るために自ら【工作員】として活動しているんです」


「なんてこった。自分の生活を守るために戦争を煽ってるのか。本末転倒だろ。国民はそこまでアホなのか?」


「問題発言ですよ。王子様」

「済まない。だけど、正直その神経が分からん。戦争がどういう物か知らないわけじゃないだろう」


「これだから坊ちゃん育ちは……。首都在住者の大半は、結婚したら【住宅ローン】でマイホームを買うでしょう」

「そうだな。妻を娶って、家を買って家庭を持つというのが、男の生き方だからな」

「【住宅ローン】は借金ですよ。それを残した状態で失業したらどうなりますか?」

「それは確かに困ったことにはなるが、再就職すればいいだろう」


「考えてください坊ちゃん。首都に雇用が無くなったら、再就職先も無いでしょう。転居して地方都市で働くにしても、【住宅ローン】は消えないんですよ」

「そうか……。地方で再就職するにしても、そちらでの住居費とあわせて首都の空き家の借金返済もしないといけないから、生活に困窮するのか」


「現実問題、地方都市には借金返済と家族の生活費を両立できるほどの雇用はありません。首都在住者の大半は、首都で失業したら家族共々人生詰んでしまうんです。だから皆必死なんです」

「そうだったのか。だとしたら、戦争を煽るデマを止めるには、失業者への経済支援が必要と言うことか」


「それは必要ではあるのですが、家族を養うのが男の美徳とされている以上、男達にとっては【失業】する事自体が受け入れがたいという事情があります」

「そうか。妻や子供の前で無様な姿を晒したくないというのは分かるな。だとすれば、【利権】と無関係な職業に【転職】ができればいいのか」


「それが理想ですが、首都にはそれを叶える産業がありません」

「確かに。国の財政も厳しいから新規に公共事業を興すのも難しいし、勤務地が首都になるような公共事業なんて思いつかないし、これは難しいな」


「結局、この戦争の遠因は長期的な経済政策の失敗です。【豊作1号】はそれが露呈したきっかけに過ぎません」

「カミヤリィ議員。この話は誰の入れ知恵だ? 以前と言っていることが違うし、知っていたなら、解決するための活動をしていただろう」


「さすがに坊ちゃんにも分かりますか。これは【サロンフランクフルト】の店長夫婦の受け売りです。あの夫婦の情報収集能力と商売センスはすごいです」

「そんなすごい人材が地方都市に居たのか。戦争を終わらせることができたら、経済政策の顧問としてぜひ王宮に招きたいな」


「それは楽しみですが、今この状況下で、坊ちゃんどうします?」

「雇用維持と経済政策について与党議員と対話する」

「いままで経済政策に無頓着だったのに、いきなりそんなこと言い出して、まともに相手にされますか?」


「雇用対策資金のための増税法案を私が【専決処分】で強行可決する。こちらが覚悟を見せれば何人かは話をしてくれるはずだ」

「また支持率下がりますよ」


「国民の命を守るためなら、暴君にだってなるさ。父上のようにな」

「大きく出ましたね、坊ちゃん」


「そして、カミヤリィ議員は、【不敬罪】で投獄だ。しばらく王城の地下牢で休んでろ」

「そんな!」


「王族を【坊ちゃん】呼ばわりするからだ。地下牢なら警備万全だぞ。それに……」

「それに、何です?」


「破廉恥行為の件を無処罰で済ますと、王宮メイドが怖い」


「……分かりましたよ。さすがに疲れましたし、しばらくお休み頂きます」

●オマケ解説●

 カミヤリィ議員は帰ってきても生傷だらけ。

 彼にとって安全な場所は牢獄しか無いのか。


 住宅ローン抱えたまま失業して家族を路頭に迷わせるぐらいなら、戦争を煽ってでも組織を守ってやるとか。

 大半の人が、発想が狂ってるって思うよね。

 だけど、自分がそういう立場になった時、素直に失業して破滅できるかって言えば、やっぱり狂った方向に走ってしまいがち。

 その【戦争】が遠い地域で行われるものならなおさら。


 【民意】なんてそんなもん。

 平和のためには【経済政策】大事です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ユグドラシルの首都の産業構造、かなり狂ってますね。(笑) しかし、ご存じの通り、恐ろしいことにEUの工業系規格がそれに当たるなと読んでいて思いました。国際規格の認証得るために認証機関に認定依頼して、高…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ