12月 4日 俺様 人生を考えた(3.7k)
ユグドラシル王国軍の【伝令使】の仕事で特殊任務を実行中の俺は、シーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
2日前にダグザ大佐から命じられた特殊任務は、12月10日までの間、ヴァルハラ川流域の都市群から離れた場所にて待機する事。
待機場所はエヴァ嬢の村周辺でもいいとのことだったので、俺はエヴァ嬢の村で過ごすことにした。
駐屯地から出発する時に、軍の皆が総出で送り出してくれた。よくわからないけど、重要な任務らしい。
俺にしてみれば、休暇をもらったような気分なんだけど。
私物は全部持って行けと言われたので、例のノートと、洗車パイプも持ってきた。もしかして追い出されたのかな?
任務が終わって駐屯地に帰ったら大佐に聞いてみよう。
そういうわけで、いつもより多めに食料を持ってエヴァ嬢の村に来た。
何は無くとも、先ずはエヴァ嬢の神社に行く。
そうしないと、恐い目に遭うことは分かってる。
そうしても、ひどい目に遭うことも分かってる。
だけど、会いに行く。
ガラガラガラガラ
「こんにちは。おじゃまします。お元気ですか!?」
「いらっしゃい。待ってたよ」
神社に入ったら、お腹がさらに大きくなったエヴァ嬢が待ってた。
「お腹、大きくなったな」
「そうなの。大きくなったの。すごく大きくなった。坊は大きい子なの」
大きいと言われて嬉しそうなエヴァ嬢。
やっぱり歩きにくいようで、おぼつかない足取りで俺の方に歩いてくる。
俺はあの危険な【黒い鞄】も入っている前持ちリュックサックを降ろして、部屋の隅に隠す。
歩いてくるエヴァ嬢の姿をよく見ると、本当にお腹が大きい。
エヴァ嬢が小柄であることを差し置いても、本で見た外洋人の【妊婦さん】と比べて明らかに大きい。
【獣人】と外洋人は少し違うのだろうか。
ジュルリ
目の前まで歩いてきたエヴァ嬢が俺の腕を見ながら不穏な音を立てた。
とっさにエヴァ嬢の背中に手を回して、抱き締める俺。
エヴァ嬢も無言で抱き着いてきた。
エヴァ嬢は小さい。言えないけど、小さくて可愛い。
抱き着いているエヴァ嬢の頭頂部を見下ろしながら、ソンライン店長夫婦を思い出す。
奥さんの【火魔法】が調理に大活躍して、【昆虫食販売店】は今は夫婦で切り盛りしている。二人で息を合わせて数十人の食事を一気に仕上げる様は街の名物だ。
俺、定職もあるし、お金も貯まった。住む場所も準備できる。
エヴァ嬢との【結婚】もできるんじゃないか。
むしろ、そうしたい。店長みたいな夫婦になって、外洋人の街で一緒に暮らしたい。
「イイ臭い……」
エヴァ嬢が俺のお腹に顔を押し付けながらつぶやく。
俺の腕の中でもぞもぞと動く可愛いエヴァ嬢。
生まれてくる子供と一緒に生涯守りたいと思える存在。
今まで生きてきて、ここまで欲しいと思ったものは無い。
なんとしてでも手に入れたい。
【結婚】と【家庭】。エヴァ嬢と一緒の俺の人生。
今か。今が【プロポーズ】というアレの時か俺。
「……食欲をそそる……」 フーッ フーッ
エヴァ嬢の牙が俺の服を貫いて腹筋に触れる感触。
慌ててエヴァ嬢を引き離す。
「魚! 新鮮な魚獲って来る。肉もいいけど、魚も美味いぞ!」
「肉が食べたいの」 フーッ フーッ
「時間ある! 俺今日からしばらく休み! 肉は夜もある! 魚は昼しか獲れない!」
「えっ! じゃぁ今夜も居るの?」
「俺しばらく休み! またここに泊まっていいか?」
「嬉しい! 今夜は【食べ放題】ね!」 ジュルリ
…………
エヴァ嬢を抱えて、タモ網を持って、神社の北側のヴァルハラ川に来た。
清流には【イワナ】だけではなく遡上してきた【鮭】も居た。ごちそうだ。
俺が川に入って、タモ網で捕まえた【鮭】を川辺の岩の上に座るエヴァ嬢に投げて渡す。
エヴァ嬢はキャッチした獲物を次々と生で食べていく。
大物の【鮭】を7尾完食したら眠そうな様子になったので、エヴァ嬢を抱えて神社に帰る。
「食べ物をくれる人って好き」
そんな嬉しい一言を残してエヴァ嬢は俺の腕の中で寝てしまった。
安らかな寝顔。
この笑顔を守るための人生。悪くない。
…………
エヴァ嬢を神社に寝かせたら、いつも通りお土産を持って集会所に行く。
今日も聞きたいことがいろいろある。
集会所前の広場に爪痕が増えてるし、何か所か固まった溶岩がある。そして、集会所の建物にも大穴が開いてる。
一体何があったんだ。
「ヨー坊、来てくれたか」 ドヨーン
「久しぶりだな。元気にしてたか」 ドヨーン
「ヨー坊、いつも助かるよ」 ドヨーン
「ヨー坊、お前だけが頼りだ」 ドヨーン
獣脚男達が4人、集会所の中で座り込んで落ち込んでいた。
とりあえず、テーブルの上にお土産の【揚げ芋虫】と【コオロギの素揚げ】と【乾燥ミールワーム】を広げる。
「一体何があったんです?」
「エヴァに食べ物を渡そうとした」 シクシク
「でもできなかった」 シクシク
「どうしてもできない」 シクシク
「がんばってたら、なぜかエヴァが怒って暴れた」 シクシク
皆それぞれトートバッグを持っていて、その中には芋とか【昆虫食】のパックが入っている。
手に入れた食べ物を手放せない習性。そんなに強力なんだ。
「怒ったエヴァが恐い」 メソメソ
「食べ物渡そうとしただけなのに」 メソメソ
「このままじゃ村が無くなる」 メソメソ
エヴァ嬢怒らせたら地形が変わるからなぁ。でも、なんとなく怒る理由が分かってきた。
「えーと、お腹空いてるときに、渡せない食べ物持って目の前でウロチョロされたら、普通に腹立たしいんじゃないでしょうか」
「!!」
獣脚男達がぎょっとした目で俺を見る。
やっぱりその可能性に気付いてなかったのか。
「食べ物を渡せないのは仕方ないので、食べ物以外で何かエヴァ嬢が喜ぶものを渡したらよいのではないでしょうか」
「それだ!」 クワッ
「探そう! エヴァの喜びそうなもの!」 ダッ
「掘る! 片づけた物の中に何かあったはず」 ドドドドドド
「いままで街でいろいろ買った! 何かあるはず!」 ガサガサガサ
…………
集会所周辺で皆でバタバタして、気が付けば夕方。
獣脚男達がエヴァ嬢に渡したのは【画板】【画用紙】【色鉛筆セット】。
エヴァ嬢は大喜びだった。
俺とエヴァ嬢で神社のベッドに並んで座る。
俺の隣でエヴァ嬢は夢中で【絵】を描いている。
部屋の隅に置いてある俺の前持ちリュックサックが視界に入ったので、念のために注意点を伝えておくか。
「エヴァ嬢。あのリュックサックの中には、壊したら【死刑】になるらしいアイテムが入ってるんだ。だからあれは焼かないで欲しいんだ」
「【死刑】? 外洋人がアナタを殺せるとは思えないけど」
「まぁ、そうかもしれないけど、そういうことになっちゃうと、俺、街で暮らせなくなるんだ」
「そうなの。分かった。気を付ける」
エヴァ嬢は分かってくれたようだ。
隣で絵を描いているエヴァ嬢を見下ろしながら考える。
俺とエヴァ嬢が【家族】になって、町の中に【家】を買って、俺が仕事から帰ったらエヴァ嬢が居て、夕方から日が沈むまでこうやってゆっくり過ごす。
そして、そこにはエヴァ嬢が【坊】って呼んでる子供も居て、俺とエヴァ嬢で【坊】を育てて、大きくなったら街に送り出して、そしたら【坊】も新しい【家庭】を作って。
この平和な国で、街で、そうやって外洋人や混血者に混じって生きていく。
いままでなんとなくで生きてきたけど、俺のやりたいことがだんだん見えてきた。
俺は、【家族】が欲しい。【家族】のために生きたい。
「できた!」
エヴァ嬢は絵を描き上げたようだ。
描かれているのは、大きくて黒い四足獣。
手には爪が七本あり、口には【鮭】を咥えている。
見たことのない動物だけど、強さや迫力が伝わって来る画力を感じる。
「絵、上手いじゃないか。これは何を描いたんだ」
「坊」
「えっ?」
「このぐらい、大きくて、強くて、大きい子供を産みたい。坊は大きくて強い子なの」
俺は、人間を産んで欲しいなぁ…………。
「アナタの肉と骨と血で、坊はもっと大きく強くなるの。だから……」
エヴァ嬢が【獲物を見る目】で俺を見上げる。
「今夜は長い夜になりそうね」
【夕食】ですかそうですか。
俺は観念してベッドに横になる。
着替えは5着持ってきた。大丈夫だ。俺。
「あとで困らないようにするんだぞ」
「食べ物をくれるヨライセン大好き」
俺に乗り上げてくるエヴァ嬢。
そういえば、名前で呼ばれたの初めてか?
ザァァァァァァァァァァァ
たぶん明日もスプラッター。任務が終わるまで毎日スプラッター。
【プロポーズ】とか【結婚】とかを考えるのは子供が生まれてからにしよう。
●オマケ解説●
男女とはかくも分かり合えないもの。
温かい家庭と平和な日常を夢見る男と、強い子供を産むためにひたすら食を求める女。
【分かり合えないことを分かり合う】というのがとても大切です。
【肉】扱いされる男が【プロポーズ】ができる日は来るのか。
肉になってぇー(失礼)
ちなみに、ここで描かれた力作は【鮭を咥えた熊】。
大きくて強い命の究極形をイメージした姿、らしい。




