11月10日 会長の動揺(3.8k)
中央ヴァルハラ市の川沿いにある第一汽力発電所にて、4号機の改造工事の責任者として工程管理を行う俺は、【錬金術研究会】のラッシュ元会長。
俺自身は大規模公共工事に携わった経験は無いが、ユグドラシル電力公社にはその分野のスペシャリストが多数在籍しているため、仕事は順調だ。
俺も彼等との仕事の中から学ぶことは多い。
そんな充実した日の午前中。
来客があると受付係に呼ばれて応接室に来たら、あり得ない相手と対面してしまい困惑している。
国王だ。
「君がラッシュ君か。まぁ、座ってくれたまえ」
応接室で国王の対面のソファーに座る。
国王はスーツ姿で他に人は居ない。護衛も居ない。
「…………」
言葉が出ない。何故国王がいきなり俺に会いにきた?
しかも俺だけ?
職制を通すなら、ユグドラシル電力公社の会長と社長が同席すると思うが。
「突然済まないな。楽にしてくれ。国家の命運にかかわる秘密会談だ」
楽にできるか!
というツッコミを飲み込む。
国王相手のツッコミは不敬だ。たぶん。
もう普通に聞こう。
「それは俺が聞いても良い話でしょうか」
「聞かなくてはいけない話だ。そして、他言したら命が無い話でもある」
とんでもない! この国王はとんでもない!
「ドン引きするのは分かるが、単刀直入に言う。君の開発したこの新技術をエスタンシア帝国に譲ることにした」
「なんでやねん!」
しまった! 耐えられずツッコミしてしまった!
でも、石油を買っているせいでエスタンシア帝国に頭が上がらない現状を打破するために開発した技術を、国王がエスタンシア帝国に譲るとか意味不明すぎる。
「いいツッコミだ。この秘密会議では不敬は問わないから楽にしてくれ。その代わり、秘密漏洩したら命は無いことは忘れないでくれよ」
ツッコミは評価されたけど、気楽にできるわけがない!
最近の国王は暴君だと聞いていたけど、確かにとんでもない!
「まぁ、コーヒーでも飲んで落ち着きたまえ」
国王に促されて、俺はテーブルにあるコーヒーを頂く。
平常心。平常心。
「飲みながら聞いてくれ、実はユグドラシル王国には豊富な石油資源があるのだよ」
ブーッ ゲホッ ゲホッ
思わずコーヒーを噴きだしてむせる。
「国王陛下。もう勘弁してください……」
「あぁ、すまんな。緊張をほぐそうと思ったが、やりすぎてしまったようだ。順を追って話そう」
国王から聞いた話は、他言したら本当に命が無いようなものだった。
ユグドラシル王国がエスタンシア帝国に強く出られない理由は、石油を買っているからでは無かった。
表向きはそう言われていたが、それは偽装。
本当の理由は【軍事力】だった。
俺達の祖先がこの大陸に入植した時、原住民との融和を選んで建国したのがこのユグドラシル王国。
それに対して、原住民を武力で駆逐して侵略する道を選んで建国したのがエスタンシア帝国だったと。
エスタンシア帝国は、規格外の怪力を誇る【鬼人】や、強力な魔法破壊力を持つ【エルフ】や【獣人】達を武力で制圧し続けて、10年前に北部山岳地帯に残っていたエスタンシア帝国側最後の原住民である【ウォーオーク族】を根絶したと。
これが、王族と一部の軍人しか知らない、この世界の歴史の闇。
入植以来200年以上、エスタンシア帝国軍は怪物相手の実戦の中で兵器や戦術を進歩させてきた。
そして、【鬼人】の集団を滅ぼすぐらいまで強くなった。
それに対して、ユグドラシル王国軍は治安維持や災害救助を主任務として編成されている。どう戦っても勝ち目はない。
しかし、それを公言してしまうと、対等の国家関係を目指して軍備拡張に走ってしまい、取り返しのつかない事態を招いてしまう。
それを避けるためにあえて隠蔽していたとのことだった。
「まぁ、融和か侵略か、どちらが正解かは一概には言えん。我が国も融和と言いながらそうとも言えんこともしているからな」
「それはどういうことですか?」
街には混血者も一緒に暮らしている。魔法係として働いてくれたヨライセンも混血者のはずだ。
確かに純血の原住民は街にはあまり来ないけど、付き合う上でのちょっとした注意点さえ気を付ければ、話の通じるいい人達だ。
「聞きたいかね。他言したら死ぬような話をさらに聞きたいかね」
「いや、もういいです。必要最小限でお願いします」
喋りたそうにしている国王を止める。
この王、俺が他言したのを知ったら、話した相手を含めて躊躇なく消す気だ。
俺はもう酒は飲めないな。
「戦ったら勝負は見えているし、そこから得られるものも無いからな。お互いに戦う理由を作らないよう注意を払って来たが、【豊作1号】のせいでいろいろ狂ってしまった」
【豊作1号】に関しては、最近変な情報が出回っている。信じる奴も少しづつ出てきているが、俺含めて大半の人間がデマだと思っていた。
でも、この話の流れで名前が出てくるということは、まさか。
「ダニラの奴も、ワイズマンの奴も、正義感のつもりかもしれんが厄介なことをしてくれたよ。信じる人間が少なかったのが救いだが、それも時間の問題だ」
あのトンデモ本の内容が真相だったのか!
故郷の農園に行った時に薄々感じていたけど、信じたくなかった。
聞きたくない。もうこの王の話を聞きたくない。
「エスタンシア帝国の富豪共は、民が餓死しても国が滅びても【豊作1号】の【利権】を手放したくないらしい。あの国の政治ルールには奴等の【民意】を止める術が無かったのが災いした」
俺も【利権組織】の厄介さは知ってる。
無意味なルールを無理矢理作ってまで金を集めようとする、どうしようもない連中。
俺の魔力発電も、奴等に金が渡るような提案をしなかったら潰されていた。
「あの連中をどうにかしないと、真実を暴露しても【豊作1号】の流通を止めることはできん。下手なことをするとエスタンシア帝国の【民意】で軍を動かしてでも我々を潰すだろう」
「……それは分かります。ああいうどうしようもない連中は【命】より【金】を大事にしているとすら思えます」
「分かると言えるあたり、君も苦労したんだな。まぁ、話が早くて助かる」
「何となくわかりました。【豊作1号】を止めるために、厄介な連中に【魔力発電】の技術に関連する【利権】を渡すんですね」
「そうだ。幸いなことにあの技術は兵器への転用には不向きのようだからな。世界中のエネルギー資源を牛耳る【利権】だ。これをエサに交渉すれば【豊作1号】を手放すだろう」
俺は【利権】には興味が無いから異論は無いが、懸案事項はある。
「ユグドラシル王国側にもそれを狙っていた【利権組織】が多数ありますが」
「黙らせたよ。ダニラやワイズマンのようになりたくないだろうと」
この王。とことん暴君だ。全力で関わりたくない。
もう遅いけどな。
「あと、君はちょっと【脇が甘い】ね。計画失敗した時のリスクを全部一人で背負ってるじゃないか」
「はぁ、恥ずかしながら、実用化目指して先走ってしまいまして」
王は気付いていたのか。
そこは俺も反省している点だ。
「一度の失敗で破滅するようなチャレンジはするもんじゃない。まだ若いんだから人生を大事にしたまえ」
「忠告痛み入ります。まぁもう遅いですが」
「はっはっはっ。遅くはないよ。この計画のリスクヘッジを王宮で引き受ける手配はしておいた。まぁ、【裏金】とか呼ばれる資金でだがな。君のような貴重な人材を潰すようなことはさせんよ」
なんてことだ。王は、俺を守ってくれるのか。
「真相を全部話したのは君だけだ。天寿を全うしたいなら、儂の死後も決して他言はするなよ」
「承知しました」
…………
胃の痛くなる会合が終わり、応接室を後にした俺は仕事部屋に向かいながら考える。
あの王は暴君だ。
言葉を濁しているが、ダニラ村長やワイズマン博士は生きていない。
法的根拠も裁判も無しに人を殺すなんて、まともな為政者のすることじゃない。
しかし、彼等を生かしておいて、【民意】が【戦争】を引き起こしてしまった場合、もっと多くの人が死ぬことになる。それに比べれば、小さな必要悪と言えなくもない。
ならば、俺が今日聞いた話を全国民が共有したらどうか。
いや、そのほうが危険だ。国民の中にはどうしようない連中が一定数居る。真相を知ったとしても、暴力に訴えてより危険な事態を招くだろう。
現に、小麦をエスタンシア帝国に送る拠点である東ヴァルハラ貨物駅は頻繁に市民団体の襲撃を受けているという。
【民意】では国は守れない。
今の状況では、確かに暴君が必要だ。
あの王は間違っていない。
王は俺に【脇が甘い】と言った。
では、王はどうか。
【利権組織】を脅迫で黙らせたと言っていた。
命より金が大事な連中が、そのぐらいで黙るだろうか。
王は、奴等を甘く見てはいまいか。
多くのことを知りすぎて、思考が追いつかない。
でも、異常事態が起きていることは分かる。
そして、俺はその当事者だ。
この先、世界はどうなってしまうのか。
俺は、心配だ。
●オマケ解説●
問題解決のために頑張っていたら、実は見当違いなことをしていたって言うのはよくあるよね。
その成果が役立つか逆効果かは状況次第。
まぁ、そう言うこともたまにはあるさ。
そして物騒な国王と困った【民意】。
これはある意味民主主義のセキュリティホール。
【民意】が【戦争】を望んでしまった場合、それを止める手立てがない。
現実的な解決策は2パターン
・世界最強の軍事力を持って、自国の【民意】で他国を振り回す
・政治家が【売国奴】と叩かれても、弱腰外交に徹する。
世界はそんな国々でできています。




