10月 4日 俺様 肉になった(3.6k)
ソンライン店長の【昆虫食販売店】の店員と、ユグドラシル王国軍の【伝令使】の兼業で最近収入が多くなった俺は、シーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
【伝令使】の仕事は最近忙しい。
俺のダメ行動が発端だけど、それに続いた大佐のダメ行動により問題が大きくなってしまったらしい。
大佐の【始末書】を皮切りに先月は首都と東ヴァルハラ市を速達で8往復した。
おかげで手当ては増えたけど、大佐がすごく疲れているのが心配だ。
大佐のダメ行動で余計なことを知ってしまった迷惑な人達は、エスタンシア帝国への小麦の輸送を力づくで阻止しようと行動が過激になり、それに対応するために駅の警護に当たる軍人も増えた。
増えた軍人さんの糧食確保の一部をソンライン店長の【昆虫食販売店】が引き受けたので、売り上げが激増した。
材料購入量が増えたことにより、南方にある食用昆虫養殖工場との直接取引で仕入れる形になり、原価率が下がったことで利益も増えて大繁盛。
俺は久しぶりに【給料】を貰った。
そして今日。
バイクでエヴァ嬢の村に来た。
先月すごく怒らせてしまったから、今日はなんとしてでもエヴァ嬢に謝らないといけない。
ソンライン店長に相談したら、女性の機嫌を取るには何を置いてもまず【食べ物】だと聞いた。
俺もそれはすごく分かる。
だから、俺は用意した。
先月来た時に焼失してしまった前持ちリュックサックを買い直して、そこにお土産の【揚げ芋虫】と【コオロギの素揚げ】をそれぞれ20パック詰めた。
ヴァルハラ川に居る新鮮な魚もご馳走しようと、タモ網も持ってきた。
村の入口でバイクを降りて、エヴァ嬢の神社を遠目で見る。
芋畑があった場所は、固まった溶岩で岩盤のようになっている。
神社の様子に注意しながら、ゆっくりと歩く。
突然、背後でフロギストンが動く気配。
シュゴォォォォ ボン バン
「俺のバイク!」
次の瞬間、俺のバイクが炎上。バイクを焼いた灼熱の炎が俺に迫る。
「エヴァ嬢か! ごめんなさい! ごめんなさい!」
ドドドドドドドドドドドドド
背後から迫る灼熱の炎から逃げつつ、エヴァ嬢の神社目掛けて突進。
結局走るのか!
ドドドドドドドドドドドドド
ガラッ
「こんにちは! おじゃまします! ごめんなさい!」
挨拶と謝罪と同時に神社に駆け込む俺。
「……いらっしゃい。待ってたよ……」
部屋の奥のベッドで【虫の息】状態のエヴァ嬢。
相変わらず膝丈の割烹着姿だけど、腕はガリガリに細くなり、獣脚の毛並みもなんか元気が無い。
「何があったんだ! 食べてないのか! 昆虫食たくさん持ってきたぞ。食べろ。先ず食べろ!」
エヴァ嬢の枕元に【揚げ芋虫】2パックを置いて、【揚げ芋虫】16パックと【コオロギ素揚げ】18パックをテーブルの上に並べた。
「……ありがとう」
エヴァ嬢は弱弱しくつぶやいて、枕元の【揚げ芋虫】を食べだした。
「ちょっと集会所に行ってくる」
「いってらっしゃい……」
タモ網を部屋に置いて、俺は集会所に向かった。
…………
「ヨー坊! 来てくれたか!」
「やった! 助かった!」
「行ったか! エヴァの所行ったか!」
「食べ物置いてきたか!」
集会所に入るなり、獣脚男達にすごい勢いで囲まれる俺。
俺を歓迎してくれているようだけど、先に聞きたいことがある
「エヴァ嬢すごく飢えていたようですか、どうなってるんですか?」
「エヴァは妊娠中だから沢山食べないといけない」
「でも、芋畑なくなった」
「エヴァはこの村から出られない」
「俺達は買い物行けるけど、食べ物をエヴァに渡せない」 シクシク
「どうしても、食べ物を渡せない」 シクシク
そうか。俺の【失言】が原因で芋畑が無くなっちゃったから、エヴァ嬢は芋を食べることができなくなった。
そして、彼等は手に入れた食べ物を手放せない習性がある。
よく見ると、獣脚男達は全員ポシェットを持ってて、そこから芋や【揚げ芋虫】のパックがはみ出してる。
習性に逆らってエヴァ嬢に食べ物を届けようとしたんだな。
でも、できなかったんだな。
「……村には他にも芋畑があるようですが」
村の中には点々と小さい芋畑がある。そっちには芋が残っていそうだけど。
「だめなんだ。あっちの芋畑はそれぞれ持ち主が決まってる」
「持ち主以外が芋を取ると、やっぱり喧嘩になる」
「エヴァもそれを知ってるから取れない」
「エヴァに食べ物必要だけど、俺達じゃ届けられない」 シクシク
うなだれる獣脚男達。
なんて難儀な習性なんだ……。
でも、元はと言えば俺のせいだ。
「エヴァ嬢には【揚げ芋虫】と【コオロギ素揚げ】を沢山渡してきました。今食べてます。もう大丈夫です。元気出してください」
俺は、集会所テーブルの上にいつものようにお土産を広げた。
「ありがとうヨー坊」
「助かったよヨー坊」
…………
「以前の妊婦さんはどうしてたんですか?」
俺はシーオークの村に居た頃に【妊婦さん】を見たことが無い。
だけど、外洋人の本によると【妊婦さん】はお腹が大きくなると素早く動くことができなくなるから、自分で食べ物を取るのは難しいはず。
「あの芋畑は本来は【妊婦さん】用だったんだ」
「あとは、ヴァルハラ川に魚を獲りに行ってたな」
「でも、エヴァは泳げないから魚は獲れない」
そうだったんだ。だとしたら俺の【失言】がすごくダメ行動だったんだな。
芋畑が燃えたのは先月だから、エヴァ嬢は妊娠中なのにずっと絶食状態だったのか。普通なら妊娠中でなくても餓死しそうなものだけど。
「えー、一カ月食べなくても、大丈夫な物なんでしょうか」
「生きるだけなら大丈夫。俺達食べなくても死なない」
「いつもは食べたいから食べてる」
「外洋人が【フロギストン】って呼んでるやつがあれば生きられる」
「でも、妊娠中はたくさん食べないとダメなんだ」
彼等は【フロギストン】で生命維持していたのか。
そういえば、俺の周りには常に【フロギストン】の流れがあるってロクリッジ技師長が言ってたな。
もしや、俺やシーオークの怪力は【フロギストン】がエネルギー源なのか?
だったら、俺も1カ月絶食で死ななかったりするのかな?
まぁ、それはいいや。
「だったら、もうちょっと頻繁に食べ物を持ってこないとダメかな」
仕事との両立が難しくなるかもしれないけど、エヴァ嬢のためだ。
バイクも燃えちゃったし、バイクより速く走って配達すれば仕事の合間に頻繁に来ることもできるだろう。
「食べ物さえあれば、1か月分ぐらいは食い溜めできるから、来るときにたくさん持ってきてくれればいい」
「【妊婦さん】の食い溜めはスゴイ」
1か月分の食い溜めってどんなだ。
まぁいいや。それができるなら、ヴァルハラ川で【イワナ】をたくさん獲ってやる。
…………
ヴァルハラ川に【イワナ】を獲りに行こうとしたら、エヴァ嬢の神社にタモ網を置いてきたことを思い出して、一旦エヴァ嬢の所に戻ってきた。
「ゴチソウサマ」
置いてきた昆虫食を完食したエヴァ嬢がベッドに転がっていた。
心なしか、お腹が膨れているように見える。顔色も良くなってる。
パッケージをちゃんとゴミ箱に片づけて部屋を綺麗にしているあたり、まぁ、女の子なんだなぁとか思ってしまう。
「食い溜めできるんだよな。ヴァルハラ川で魚を獲って来るよ」
タモ網を持って神社から出ようとすると、エヴァ嬢が一言。
「待って。肉が食べたいの」 ジュルリ
思わず背筋が凍る。
「魚! 魚、美味いぞ! すぐ、すぐたくさん獲って来るから!」
「行かないで……。今、外に出たら……」
神社の扉を開けたら、出口を塞ぐように灼熱の炎の壁。
「【焼肉】になっちゃうよ」
「…………」
「焼いちゃったら、一回しか食べられないよ」
「………………」
手ぶらで対面したら危険と思ったことはあるけど、本当に危険だった……。
「大丈夫。痛くしないから……」
その言い回し、女の口から聞くのがすごくイヤだ。
でも痛くないなら、まあいいや。
焼き殺されるよりかは。
「……ベッドで隣に横になればいいか?」
「それでお願い」
エヴァ嬢はベッドの上で窓際にずれて場所を空ける。
俺は、前持ちリュックサックを降ろして【しぶき】がかからなさそうな場所に隠す。
紳士な俺は脱衣して女性と同じベッドに乗ることはできないので、服は後で洗うことにしてエヴァ嬢の隣で横になる。
「ありがとう。やっぱり話し合いって大事ね」
その認識について後日ゆっくりと話し合いたい。
「本当に、大丈夫なんだよな」
「大丈夫。アナタの肉と骨と血があれば【最強で不滅の生命】を産み出せるよ」
ザァァァァァァァァァァァァ
●オマケ解説●
熊の習性。冬眠前の【食い溜め】。
熊は冬眠中に出産するので、これは出産前の【食い溜め】ともいえる。
妊娠中の伴侶に食べ物を届けることができる動物は人間以外に居るだろうか。
居たとしてもごく少数だろう。
それが出来る能力を授かって生まれた人間は、紳士道徳の心を大切にして生きたいね。




