8月13日 俺様 調べた(2.5k)
【食材流通組合】とユグドラシル王国軍の【伝令使】を兼務して、仕事の都合で外泊も増えてきた俺はシーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
【伝令使】の仕事は軍の管轄の秘密の手紙を運ぶこと。任される仕事も増えてきて、俺達の住む【東ヴァルハラ市】の外まで行くことも増えてきた。
泊りがけで運ぶときは、行先の軍の施設で寝泊まりする。
昨日は【中央ヴァルハラ市】まで配達して、そこで一泊して今朝返信を受け取り、【東ヴァルハラ市】の駐屯地に配達した。
配達用のバイクが大活躍だ。燃料代は軍が出してくれるから、バイクで走るのが好きな俺はこの仕事に向いてる。
夕方になり内勤の仕事も終わったので【食材流通組合】に帰ろうとしたら、【東ヴァルハラ貨物駅】の周りにプラカード持った人や、変な車が集まって大騒ぎをしていた。
『小麦輸送を中止しろー!』
『小麦泥棒のエスタンシア帝国を許すなー!』
『倉庫の小麦を出せー!』
『国民は飢えている! 国王は民意を尊重しろー!』
拡声器を積んだ変な車がすごい音量で無茶苦茶言ってる。
そんなこと駅職員に言われてもなあ。
貨物駅のトラックターミナルの入り口では、駅に小麦を運んできたトラックが変な人達に取り囲まれて動けなくなっていた。
困り切った運転手さんが俺に助けを求める目線を送ってきたけど、ごめん。俺、今、駅と食品輸送に関わるのは避けてるんだ。
『疑惑を徹底解明しろー!』
『国王の裏金を許すなー!』
運転手さんには悪いけど、関わらないようにそーっとバイクで立ち去り、【食材流通組合】に帰る俺。ほんと、ごめん。
…………
「ただいまー」
「……お、おかえり、ヨライセン……」
ダイニングでボロボロになったソンライン組合長がぐったりしていた。
「組合長! どうしたんですか?」
「もうイヤ……。あの連中」
『国は失策を認めろー!』
『農園に倍賞しろー!』
変な車が出してる罵声がここまで聞こえてくる。
「もしかして、駅の周りに居る変な人達にやられたんですか?」
「そうだ。私は単に農園の情報収集をしたかっただけなんだが……」
ソンライン組合長はここ数日、農園から小麦を運んでくるトラックの運転手さんに各地農園の状況を聞いていたそうだ。
それによると、国内の農園でも豊作のところと不作のところがはっきり分かれており、ここ数年で収穫ができなくなり廃業した農園もいくらかあるとか。
「いや、もうここまで来ると興味本位なんだけど、豊作だったり不作だったり廃業だったりとかいろいろおかしいから調べたんだ」
廃業と言えば、エヴァ嬢の村で聞いた西側の農園もちょっと寄って見てきたけど、畑が荒野になって農村は廃村になってたな。
「隣同士の農園で豊作と不作に分かれているところもあったから、水質とか気候とかが原因じゃない」
「何なんでしょうね。気になりますね」
「殺虫剤の【豊作1号】が怪しいって言う人も居たけど、なんか、農協や国に報告するとそれは違うと全否定されるらしい」
「まぁ、殺虫剤で不作になるとか、普通に考えて無いでしょうね」
「それ聞いて気になったから、それ以降の調査では、農園での殺虫剤使用有無も聞いてみたんだ」
「なんか、すごい執念ですね」
「料理人だからな。それで、最終的に、農園81件分の情報集めて、そのうち45件は殺虫剤についての情報も得られた」
「ここ数日でそこまで調べたんですか」
「45件中、殺虫剤を使っていた農園が32件で、程度にもよるけど不作。他の13件は豊作。これみると【豊作1号】が怪しいとか思えてくるんだよなぁ」
「うわぁ。数字で見ると、確かに何か関係ありそうですね」
そういえばデタラメ本の【紙の爆弾】にも【豊作1号】が怪しいって書いてあったな。
本当にあの本何なんだろう。
『使用を推奨した国は責任を認めろー!』
『即刻使用を中止し、エスタンシア帝国に賠償を求めろー!』
あの変な車からの罵声が未だに聞こえる。
「でも、殺虫剤使ったところと使わなかったところがあるって、その殺虫剤本当に必要だったんですか?」
「必要は無かったかもしれないけど、国が【豊作1号】の使用を推奨していて、使った農園には補助金が出るとかで、大半の農園は補助金目当てで使ったらしい」
『売国の国王は即刻退陣! 国民の怒りを聞けー!』
『老いぼれ国王は世代交代!』
なんかすごい音量でヤバイ事言い出した。不敬じゃないかな。
「組合長。もしかして、その調査結果をあの怪しい人たちに取られたんですか?」
「あぁ、なんかこれマズイ気がしたから見つからないように帰ろうとしたんだけど、捕まって無理やり取られた」
「ひどい目に遭いましたね」
「もうあの連中イヤだ。しばらく駅に行かない」
『国は因果関係と責任を認めて賠償しろー!』
『隠蔽は許さないぞー!』
「なんか、調査結果を読まれてるような気がしますが……」
「イヤだ。イヤだ。あの連中もうイヤだ……」
『我が同士ソンラインの調査結果より、不作と【豊作1号】の因果関係は明白だー!』
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ひどい。無理矢理奪ったのに勝手に同士にされてる。
コンコン
玄関ドアからノックの音。
もう、嫌な予感しかしない。
「ユグドラシル王国軍の者だ。ソンラインは居るか?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガチャ
大柄で怖い顔の軍人が部下を連れて入ってきた。
「ソンライン。分かってるな。駐屯地まで同行願う」
「ハイ……」
うなだれて連行されていく組合長が、なんか気の毒すぎる。
「ヨライセン。お前も来い」
「俺もまた容疑者でしょうか」
「仕事だ。ソンラインの取り調べが終わったら、調書を首都まで速達で頼む」
軍の【伝令使】だから、こういう突発業務もたまにある。
「よかったな。速達手当と深夜割増がたっぷり付くぞ」
組合長の取り調べ調書の運賃が俺の給料になり、それが組合長の食費にもなる。
こうして、俺達はユグドラシル王国で経済を回していく。
なんだかなぁ……
●オマケ解説●
無線通信技術の無いこの世界では、通信手段は有線電話か電信に限られる。
傍受や盗聴を防ぐための暗号化技術も無いので、機密情報は専ら【伝令使】頼み。
ヴァルハラ川は大陸を西から東に向かって流れる大河。エスタンシア帝国との国境線でもある。
川沿いの大都市は下流側から【東ヴァルハラ市】、【中央ヴァルハラ市】、【西ヴァルハラ市】。それぞれの都市の対岸には、エスタンシア帝国側の大都市がある。
【中央ヴァルハラ市】が一番大きくて、その川辺には【第一汽力発電所】がある。
2番目に大きい【東ヴァルハラ市】には、唯一の橋である【ヴァルハラ大橋】がある。
両国の首都は国境線から遠い場所にあるけど、人口が集中しているのはヴァルハラ川沿いの大都市。
文明は大河沿いに発展するからね。
そんな世界で経済を回すこのコンビに幸あれ。




