7月10日 会長の暴走(1.7k)
【魔力発電】商用化のために、【錬金術研究会】を解散して【ユグドラシル電力公社】に【技術顧問】として就任した俺はラッシュ元会長。
信頼していた仲間に見限られて自暴自棄になりたい気持ちではあるけど、【国家プロジェクト】に匹敵する大事業に発展した仕事を投げ出すわけにはいかない。
ロクリッジ技師長の残してくれた研究結果を元に資料を整理し、発電プラント設計へと展開する。
やはりロクリッジ技師長はできる奴だった。あの小規模な実験設備での実験から、発電所級の大型化に必要な情報をしっかりと調べていた。
最後の報告書に記載されていた【臨界点】の情報が気がかりだが、結局のところこの【臨界点】さえ越えなければ安全だ。
炉心で【フロギストン吸蔵合金】が融点を超えて【炉心溶融】が発生した場合、吸蔵されていたフロギストンが一気に放出される可能性についても言及しているが、融点を越えなければいいだけの話だ。
石油ボイラーだって空焚きしたら壊れるのは常識だ。空焚きして壊れるような欠点はリスクのうちに入らない。
デスクに広げた設計資料から視線を外し、工事事務所の窓から外を見る。
少し離れた場所に、第一汽力発電所の巨大なボイラー棟が見える。
「でかいな……」
中央ヴァルハラ市のヴァルハラ川沿いにある第一汽力発電所は、ユグドラシル王国最大の発電所。
対岸にあるエスタンシア帝国の製油所から油槽船で運んできた石油を燃やして発電している。
ユグドラシル王国側には石油の貯蔵設備は無いため、石油の供給が途絶えたら、数日で燃料が枯渇して大規模停電が発生してしまう。
これがユグドラシル王国の外交上の弱点。
魔力による発電が実用化できれば、この弱点を克服して、対等の国家関係が構築できる。
これが俺の夢だった。
そして、その夢が叶おうとしている。
でも、今更だが、時期尚早だったとも思っている。
実績のない新技術を、いきなりこんな巨大プラントに適用して本当に大丈夫か。
ロクリッジ技師長は技術的見通しを立ててくれてはいたが、その基になったデータは、室内に収まるサイズの縮小プラントの実験結果でしかない。
大型化に伴う未知の要素が出た場合、この設計で対応できるのか。
もっと、段階的に大型化のプロセスを経るべきでは無かったのか。
「……今更だな」
既にユグドラシル王国国内各地で、この計画のために多くの会社と人間が動き出している。
【魔力熱源素子】の製造は南部の鉱山地帯にて行う。
【フロギストン吸蔵合金】の精製と単結晶加工は、東ヴァルハラ市と中央ヴァルハラ市にある金属精錬工場に専用設備を増設して行う。
【制御棒】は首都西側の繊維工業が盛んな地域で製造と組み立てを行う。
並行して、この第一汽力発電所で一番小さい4号ボイラーを魔力発電用に改造する。
各種要素部品の製造設備を立ち上げて、必要量製造して、それを発電所に組み込んで、試運転。
発電再開の期日は決まっていて、既にスケジュールはギリギリだ。
4号ボイラーの燃料配管解体工事は既に始まっているから、もう後には退けない。
【利権組織】の連中は、稼働開始後に出る利益の配分については細かく取り決めをしていたが、工事が遅延した場合や計画が中止になった場合の負担は想定していない。
そして、俺が【技術顧問】に就任した時の契約では、俺が原因で発生した損害について【ユグドラシル電力公社】は補填しないと書いてある。
つまり、計画の中で損害が発生した場合の負担は、この俺に集中する。
これは俺の落ち度だ。
リスクを取ることに慣れすぎていて、自分を守るためのリスクヘッジを全く考えていなかった。
この規模の計画だ。ほんの僅かな遅延でも賠償不可能な額の損害が発生する。
計画に失敗したら俺は破滅だ。
俺が生き残るためには、何があっても計画を成功させるしかない。
石油無しでの発電が開始できれば、使うはずだった石油の代金で莫大な利益が発生する。
償却には1年もかからない。
安全技術の確立はそこから検討したのでも遅くない。
何を差し置いても、まずは稼働だ。
●オマケ解説●
リスクとメリットは表裏一体。リスクなしではメリットは享受できない。
それは商売においても同じこと。
だけど、成功時の収益は欲しいけど、失敗時の損失は被りたくないと思うのが人間の性。
だから収益源はしっかりと握るけど、失敗時の責任については敢えて言及せずに距離を取る。
失敗はあり得ないと言いたい気持ちはわかるけど、現実世界ではその発想自体があり得ない。
結果、発案者に失敗の責任が集中する形ができてしまう。
追いつめられた人間の発想は恐ろしい。
最終的には、リスクから逃げた人間が最悪級のリスクを負うことになる。
こういうのを専門用語で【不祥事を起こす組織の定番パターン】という。




