7月 5日 俺様 追い回された(4.5k)
【食材流通組合】と東ヴァルハラ貨物駅の雑用係を兼務しつつ、料理人のソンライン組合長とそこそこ楽しい日常を送っている俺は、シーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
2日前に発生した東ヴァルハラ貨物駅の穀物倉庫火災では、消火に駆け付けたものの全焼させてしまった。
国内全域に出荷される予定だった【標準小麦粉】が全焼した大事件。
目撃者や関係者全員が軍の取り調べを受けた。俺も昨日1日拘束されて【放火容疑】で取り調べを受けてしまった。
消火に駆け付けたのに放火を疑われるとかちょっと不条理を感じたけど、火災事件っていうのはそういうものらしい。
すぐに疑いは晴れてソンライン組合長と共に昨日の夜に釈放されたが、俺は大きな問題を抱えてしまった。
エヴァ嬢との約束の日をすっぽかしてしまった。
1日遅れで村に来たけど、なんかすごく恐い。
まずは誠心誠意謝ろうと思って、いつも通り村の入口からエヴァ嬢の神社まで全力疾走。
何は無くとも、建屋内に入るのが先だ。
ガラッ
「今日何日!?」 ドドドドドドド
途中まで走ったら、怒り心頭のエヴァ嬢が神社から飛び出してきた。
獣脚で俺に向かって突進してくる。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
謝りながらも、直角カーブで集会所の方につい逃げてしまう俺。
ここでエヴァ嬢に捕まるわけにはいかない。
【屋外】だけは勘弁だ!
ドドドドドドドドドド
「捕獲!」
後ろから追いかけるエヴァ嬢の掛け声。
同時に背後からフロギストンの流れが迫るような気がしたので、とっさに右側に回避。
ギャリギャリギャリギャリギャリ ドガァァァァン
俺の左側の地面に7本セットの爪痕が走り、正面の集会所が半分吹っ飛んだ。
集会所から飛び出してきた獣脚男が俺に向かって叫ぶ。
「コラー! ヨー坊! 何やってんだ!」
「ヨー坊! そんなことしたらダメだ! 危ないぞ!」
全力疾走で逃げながらも獣脚男に叱られる俺。
何がマズかったんだ!
「捕獲!」
ギャリギャリギャリギャリ ドーン
追いかけてくるエヴァ嬢の掛け声。
またとっさに右に避けると、正面にあった家がバラバラに吹っ飛んだ。
「ヨー坊! 村に入るな! 南側の崖から飛べ!」
「後で治してやる! 急げ!」
了解だ!
南側に進路変更。林になっているが、その奥は多分崖だ。
「捕獲!」
ギャリギャリギャリギャリギャリ バコーン
咄嗟に左に避けると、南側の林の木が数本根本からバラバラになって吹っ飛ぶ。
「エヴァ嬢、それは【捕獲】じゃない! 【粉砕】だ!」
必死のツッコミをしつつも、木が吹っ飛ばされて見通しが良くなった部分に駆け込んで、その先の崖から飛び降りる。
俺は崖から落ちたぐらいでは怪我はしない。
ズザァァァァァァァァァ
崖下に落ちた後、エヴァ嬢の後ろあたりを目指して崖を駆け上る。外洋人に見られたらドン引きされる動きだけど、誰も見てないなら問題ない。
ズダダダダダダダダダダダ
昇り切ったら、エヴァ嬢の後ろ側に出た。
「ドコ行った!」
エヴァ嬢が俺が飛び降りた崖下に向かって怒声を上げている。
そこまで怒らなくてもと思うけど、もしかしてこの村の人達にとっては【遅刻】というのも禁忌なんだろうか。
ギャリギャリギャリ バリバリバリ ドゴーン
エヴァ嬢が崖下を何かの魔法で【粉砕】している。
激高しているからか、後ろから見ている俺に気付く様子は無い。
俺が村に来たことを建屋の中から察したぐらいだから、気配には敏感だと思っていたけど後ろ側は鈍いんだろうか。
「出てこい! この【種なし不能】!」
ゴフッ
【種なし不能】
女の口から放たれたその言葉は、俺の【魂】の【男】の部分に突き刺さり、深い亀裂を穿った。
俺は悟った。
【魂】とは、【言葉】で象られる思考の循環の束。
【言葉】により象られた【魂】は、【言葉】により育まれ、【言葉】により滅びる。
【魂】を滅ぼす【言葉】は、確かに存在する。
ガサッ
「みぃーつけたぁー」 ニヤァァァァ
茂みに隠れながら【魂】の亀裂に悶えていたら、いつの間にかエヴァ嬢が目の前に立っていた。
俺を見下ろすエヴァ嬢の表情を見て俺は驚愕した。
捕獲を確信した獲物を映す眼光。
獲物の血肉を待ちわびるむき出しの牙。
血肉の味を渇望する上気した表情。
コレは、【捕食者】だ。
俺は動けない。
俺はシーオークと外洋人の混血のビッグマッチョ。力技なら無敗の存在。
小柄な獣脚娘を恐れる理由はこれっぽっちもないはず。
だけど、全く動けない。
エヴァ嬢の顔から視線を外すことができない。
恐怖を超越した、理解の及ばない感情が沸き上がる。
これは、【捕食者】に捕らえられた【獲物】が抱く最期の感情。
この俺が、小娘に【捕食】されるのか。
「イタダキマス!」
バッ
ザァァァァァァァァァァァァァ
…………
茂みの中で目を覚ましたら、仰向けで転がる俺の上に割烹着姿のエヴァ嬢がうつ伏せで乗っていた。
なんかすごい汗だくで、ぐったりとしながらも小刻みに震えている。
「エヴァ嬢? ダイジョブか?」
「……アナタは本当に【鬼】なんだね」
間違ってはいないけど、その言い方は引っかかるなぁ。
そして、ナニをドウしてコウなったのかは、いつも通り全力スルー。
だけど言っておきたいことはある。
「【言葉遣い】っていうのは、大事なんだぞ」
「よくわかった」
俺の【魂】は、少しだけ救われた気がした。
…………
動けなくなったエヴァ嬢を背負って、無茶苦茶になった村を横断して神社に運ぶ。
そして、途中で寝てしまったエヴァ嬢を神社のベッドに寝かせた後、俺は集会所へ。
ボロボロになった集会所の中で正座して、獣脚男達に囲まれる俺。
「ヨー坊。何であんなことしたんだ。危ないんだぞ」
「本当にヨー坊も懲りないなぁ。すごく危ないんだぞ」
「ヨー坊が危ないことしたおかげで村が滅茶苦茶だ」
「えーと、何がマズかったのでしょうか。遅刻の件でしょうか」
「背中向けて逃げたりしたらダメだ。どうしても捕まえたくなる」
そこか!
「大変申し訳ありませんでした」
彼等の習性には気を付けようと思っていたのに、またやらかしてしまったのか。
「でも、エヴァの【火魔法】が出なくてよかったな」
「エヴァの【火魔法】は山一つ融かすからな」
「やっぱり、ヨー坊を傷つけたくないとは思ってるんだな」
あれで配慮してくれていたんだ。
でも、地形を変えるような災害級の天変地異は断じて【火魔法】じゃないと言いたい。
「村の復旧工事が大変だ」
「集会所は半壊。家が3件半壊、2件全壊。芋畑に爪痕」
「でも、怪我人いなくてよかった」
「ごめんなさい」
滅茶苦茶になった村の方からわらわらと獣脚男達が集まってきた。
なんかこう、申し訳ないので、お土産を出すことにした。
「今回は【ヴァルハラせんべい】じゃなくて、街で買ってきた昆虫食をもってきました」
集会所の中のテーブルの上に、持ってきたお土産を素早く広げる。
知らなかった頃から無意識にやっていたけど、お土産は大きいテーブルの真ん中に山盛りに置くのが大事だ。
彼等は一度手に入れた獲物を手放すことができない習性を持っている。
だから、全部を誰かに手渡ししてしまうと、皆で分けることができなくなり喧嘩になる。
「やったー!」
「待ってました!」
「美味しそう! ありがとうヨー坊!」
集まってきた獣脚男達がテーブルを囲んで、順番に1個ずつ取って食べている。
やたらと整然とした動きだけど、これも彼等なりの習性への対応。
取る順番を抜かしたり、他人が取ったものに手を出してしまうとやっぱり喧嘩になる。
「美味い!」
「味付けがいい!」
「最高!」
俺は彼等が食べているところを離れて見守る。
和気あいあいとした雰囲気だけど、そこには厳しい掟と一触即発の緊張感がある。
あの習性を知る前は一緒に【ヴァルハラせんべい】食べてたけど、今となっては俺は彼等と一緒に食事を摂ることはできない。
「ゴチソウサマ」
「美味かったー」
人数が多かったから、持ってきた分はすぐに無くなった。何順かはしていたので、全員にいくつかは行き渡ったようだ。
ここでもし人数分足りなかったらどうなっていたのか。考えるだけでも恐ろしい。
外洋人がシーオークの村に来た時に、やたら怖がっていたのが分かる気がする。
理解しがたい習性を持ち、怒らせたら異次元の破壊力を発揮する存在。
確かに一緒に居たくない。
俺もなんかこの村が恐くなってきた。
でも、エヴァ嬢が居るから来月もこの村に来ないといけない。
共に生きるためには相互理解が必要だ。そのためには対話が大切だ。
「えー、ちょっと皆さんにお伺いしたいのですが、【食べ物の横取り】と【背中を見せて逃げる】以外に、危険な習性は無いでしょうか」
「うーん」
25人ぐらいの獣脚男達が一斉に考える。
「そう聞かれてもなぁ」
「俺達にとって常識なことだからなぁ。外洋人目線で何が危険かと聞かれてもなぁ」
そうか、彼等にとっては外洋人目線で考えるのが難しいのか。
俺、外洋人じゃないけどな。混血だけどな。
「あー、【自分を傷つけた相手を許せない】っていうのはあるなぁ」
まぁ、それは外洋人目線でもわりと普通だな。
「だから、ヨー坊、エヴァを傷つけるなよ」
「エヴァをしっかり頼むぞ」
「でかいんだから、ちゃんとエヴァに優しくしてやれよ」
分かったよ。俺、紳士の心でがんばるよ。
「ヨー坊、今日のお土産、街で売ってるのか?」
「売ってますよ。ここに近い西ヴァルハラ市にも専門店が開店しているそうです」
「もっと食べたい。食べに行きたい!」
気に入ってくれたようだ。よかったよかった。
「皆、街! 街行くぞ! 食べに行くぞ! 行きたい奴集まれ」
ドドドドドドドドド
獣脚男が20人集まって、集会所の前に縦一列に並んだ。
「しゅっぱつしんこーう!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドド
「【列車】みたいに綺麗に並んで走っていきましたね。アレもこの村の掟でしょうか」
「離れる背中を見ると捕まえたくなるから、皆で街行くときはあんな風に縦一列に並んで走る」
「なるほど……」
「ああやって走ると、先頭以外は楽に走れる。だから先頭は途中で何度も交代する」
「あー、確かに、空気抵抗が減りそうな感じ」
抗えない習性と共存するため、彼等もいろいろ考えてるんだな。
「でも、村や家の修理とかいいのかなぁ」
「村が滅茶苦茶になったのは、ヨー坊が原因だよな」
そうでしたね。分かってますよ。
村の復旧工事、誠心誠意努めさせていただきます。
●オマケ解説●
熊の習性。背中向けて逃げる物を追いかける。
雑食なので狩猟はしないはずなのに、なぜかこんな謎な習性を持っている。
山の中で熊と遭遇したら、背中を向けて逃げないように気を付けよう。
熊の好物。昆虫とか大好き。彼等は昆虫食の先駆者でもある。
強い身体の秘密はあの食生活なのかもしれない。
そして、縦一列のトレイン走法。
空気抵抗を減らすのに有効なのでロードバイクなんかがよくやってる。
先頭が一番しんどいので適時交代するのがルールだ。
異文化理解、異文化との共存。
結構大変だけど、信頼と対話でがんばろう。




