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 4月30日 俺様 給料をもらった(2.4k)

 【錬金術研究会】の実験支援と、東ヴァルハラ貨物駅の洗車係を兼業する俺は、シーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。

 シーオークの村を追い出されたので、シーオーク由来の怪力体質を隠して街で暮らすビッグマッチョな一般人だ。


 6日前にラッシュ会長が多額の資金調達に成功し、【錬金術研究会】は一気に慌ただしくなった。


 ロクリッジ技師長は、ラッシュ会長と一緒に今までの研究成果をまとめて材料メーカーに新材料の試作を依頼しに行った。

 そのメーカーの持つ設備を使えば、今の試作品よりも高性能な魔力熱源素子を製作できるとか。

 

 俺は給料が出たので、貨物駅での洗車の仕事が終わった後に街でいろいろ買い物をした。

 バイク屋に整備代を払ったり、前からちょっと欲しいと思っていた前持ちリュックサックを買ったり、この世界の事を広く勉強するために、本や新聞を買ったり。


…………


 一通り街歩きをして【錬金術研究会】に帰ってきたら、食堂でソンライン副会長が何か資料を見ていた。


 毎日料理を作ってくれているソンライン副会長。料理人を目指しているちょっと年上の好青年。

 普段あんまり話さないけど、今日は彼と二人きりだ。いろいろ話を聞いてみたい。


「副会長、何を調べているんですか?」

「今年の小麦の収穫情報を見てるんだよ。なんとかしてユグドラシル王国南部地区産の小麦粉が欲しくてね」

「えっ? 普段使っているのって違うんですか?」


「普段使っているのは【標準小麦粉】って言って、国が一元化して流通を管理しているもので、いろんな産地の小麦粉が混ざってるんだ。でも、私はユグドラシル王国産の小麦粉を使いたいんだ」


「小麦粉なんてどれも同じだと思うけど……」


 ガタッ


「なんてことを言うんだ貴様! 食材をバカにするのか!」

「うわっ!」


 普段冷静なソンライン副会長がいきなりキレた。

 

「違うんだよ! 産地で違うんだよ、味とかコシとか! 小麦粉にだって個性があるんだよ! 料理人としては、使い分けたいんだよ!」 バンバンバン


「えーと、産地別の物は手に入らないんでしょうか……」


「3年前までは普通に買えたんだよ! でも、2年前に小麦粉の流通円滑化のためとか言って、産地表示が禁止されたんだよ! 普通に流通している小麦粉は産地が分からないし、複数の産地のものを混ぜた【標準小麦粉】が主流になっちゃったんだよ!」 バンバンバンバン


 机を叩きながら激高するソンライン副会長。

 料理人目指してるから、いつも美味しい料理を作ってくれる。

 だからこそ材料にこだわりがあるのか。


「でも、なんで産地表示禁止するんでしょうか。流通円滑化とあんまり関係ないような気がしますが」


「エスタンシア帝国のせいだ! 奴等はエスタンシア帝国製の安い小麦をユグドラシル王国に沢山売りたいから、ユグドラシル王国政府に圧力をかけて小麦の産地表示を禁止させたんだ!」バンバンバン


「えーと、なんで産地表示禁止すると、エスタンシア帝国産の小麦が売れるんでしょうか?」

 正直、よくわからないので聞いてみる。


「私みたいに、多少高くてもユグドラシル王国産を好んで使う国民は多かったんだ。だから、奴らは産地表示を禁止して、【標準小麦粉】として混ぜて売ることを推奨することで、無理やりエスタンシア帝国産の小麦粉を混ぜて、私達料理人から材料の産地を選ぶ自由を奪ったんだ!」 バンバンバンバン


「でも、それって、エスタンシア帝国に強制されたのでしょうか? 嫌がる人が多いなら、ユグドラシル王国が拒否してもいいようなものですが」


「石油だよ! エスタンシア帝国からの石油の輸入が止まったら、ユグドラシル王国は発電所が止まって、車も動かなくなって、経済が成り立たなくなる。それをネタに脅されると、ユグドラシル王国は奴らの言いなりになるしかないんだ!」 バンバンバンバンバン


 そういえばラッシュ会長もそんなようなことを言ってた。


「悔しいんだよ! ユグドラシル王国産の小麦粉を返せ! エスタンシア帝国産もレシピ次第では美味しいんだから! せめて分かるようにして分けて売ってくれ! 選ぶ愉しみ、使い分ける愉しみを返してくれぇぇぇぇぇぇ!」 バンバンバンバンバンバン


 ソンライン副会長が机を叩きながら魂の叫びを上げている。

 外洋人の料理人って皆こんな感じなのかな?


「…………」


「すまんヨライセン。取り乱した」 ストン

「いえ、大丈夫です」


 大丈夫。うん。大丈夫だ。俺。


「まぁ、だから、脱石油して、エスタンシア帝国への言いなりな現状をなんとかしたいというあたりが、私が【錬金術研究会】に居る理由なんだ」


「よくわかりました。期待に応えられるようにがんばります」


 そうは言っても、もう俺がすることあんまりなさそうだけどな。


…………


 ラッシュ会長もロクリッジ技師長も帰ってこなかったので、ソンライン副会長と夕食を食べた後、俺は寝室に戻った。


 そこで、街歩きで買って来た本や新聞の続きを読んだ。

 やっぱり小麦粉の件が気になるので、そのへんを重点的に読んでしまう。


 産地表示が禁止されて以降、ユグドラシル王国では小麦の生産量は落ちていて、エスタンシア帝国からの輸入が主流になっているとか。

 そして、今年もエスタンシア帝国の小麦は豊作とのことで、ユグドラシル王国への輸入量も過去最大になる見通しとか。


 エスタンシア帝国からユグドラシル王国への小麦の輸送には鉄道が使われる。つまり、俺の洗った穀物貨車がエスタンシア帝国から俺達の食べる小麦粉を運んでくるわけだ。

 そう考えると、仕事のやりがいも出てくる。


 買ってきた本の中に気になる記事があった。

 去年は首都の穀物倉庫で大火災があり、エスタンシア帝国から輸入した小麦が大量に焼失したと。

 産地表示禁止反対派の犯行らしいけど、納得いかないからってそんなことしちゃだめだよな。

 

 そういえば、俺の水魔法、消火にも使えるんじゃないかな。

●オマケ解説●

 この大陸には川を挟んで二つの国しかない。だけど、やっぱり国同士の関係というのは一筋縄ではいかないもの。

 政治というのは民意と外交の板挟み。隣の国とは仲よくせねばと思いながらも、国民の生活がかかっているので厳しいところは厳しくなる。


 そして、農作物の市場は重要だ。エネルギー資源などと同様に継続的に莫大な収益を上げることができる。

 市場拡大は本来なら味や価格で勝負すべきだけど、莫大な収益を得るためならとつい圧力に頼ってしまう場合も無くはない。

 消費者にしてみればたまったもんじゃないけどね。

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― 新着の感想 ―
石油のせいでエスタンシア帝国の言いなりの現状を 変えてしまう開発をしている錬金術研究会。 何やら開発した技術が争いの火種になりそうな予感がします。 ソンライン副会長、小麦を選ぶ楽しみが再びできるかもで…
[良い点] サブタイトルを見て安心しました。 え!? 給料貰えてないの!? しかも搾取!? と思っていたので、貰えたよかった。給料 [一言] これからどう展開していくのかとても楽しみです。 月いち…
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