第九話 優しい貴族様……?
「……人間?」
草陰から飛び出してきたのは、私とさほど歳が変わらない、長身の男性だった。燃えたぎる炎のような色の髪を少しツンツンさせた彼の手には、立派な剣が握られている。
「ケガはありませんか?」
「は、はい。あの、あなたは……?」
「話は後にしましょう。俺の後ろから絶対に動かないでください」
彼はそう言うと、目にも止まらぬ早さで、手に持っていた剣をブンッと振った。すると、近くにあった大きな木が、鈍い音を立てながら倒れた。
たった一振りで木を切った……!? 一体どんな剣術を用いれば、そんなことが出来るの!?
「こうなりたくなければ、今すぐここを立ち去れ」
「キ……キキー!!」
これにはアカジサル達も無理だと悟ったのだろうか。彼らは一目散にその場から逃げていった。
よくわからないけど、とりあえず助かったと考えて良いだろう。そう思うと、無意識に体から力が抜けてしまった。
「大丈夫ですか?」
「っ……!」
大きな木が、周りの木も巻き込んで倒れたおかげで、さっきよりもとても明るくなった景色を背景にしながら、私に手を差し伸べる彼の姿は、控えめに言って……カッコいい……!! まるでお姫様の危機に颯爽と駆けつける、王子様みたいだわ!
い、いや……興奮してる場合じゃないわよね。早く彼の手を取って、助けてもらったお礼をしなきゃ……あ、ダメだ。足に力が入らない……。
「やはり、どこかケガを?」
「大丈夫です! ちょっと疲れてるだけですので! あの、助けていただき、ありがとうございました!」
「どういたしまして。食糧を探して森の中を歩いていたら、何か大きな声が聞こえてきたので、急いで駆け付けたらあなたが襲われていて、驚きました」
大きな声って、さっきの威嚇の叫び声よね? うぅ、あんな品の欠片もない声を聞かれてしまったのね。緊急事態だったとはいえ、少し恥ずかしい。
「俺はオーウェン・ヴァリアと申します。あなたは?」
「エリンです。よろしくお願いします、オーウェン様」
「様付けだなんて、俺には似合いませんので、呼び捨てで構いませんよ」
「そういうわけには……この方が慣れてるんです」
「それは仕方ありませんね。では、よろしくお願いします、エリンさん」
オーウェン様は少しだけ微笑みながら、座ったままの私と握手をした。
ヴァリア……ファミリーネームがあるということは、貴族の方なのだろうか? 私やバネッサのような庶民は、ファミリーネームを使わないからね。
でも……仮に高貴な方だとして、どうしてこんな森の中に、それも一人でいたのだろうか? 服もお世辞にも貴族が着るような代物じゃない。庶民が着るような軽装だ。
しかし、持っている剣だけはとても立派なものだ。私は武器なんて全く詳しくないけど、あの切れ味と美しい外見からして、名工が作った剣に見える。
「とりあえず、ここを離れましょう。彼らが仲間を連れて襲ってきたら、大事ですからね」
「そうなんですけど、慣れない森で三日も過ごしたせいで、体に力が入らなくて……」
「三日も? それは大変でしたね……もしかして、行くあてもないのですか?」
「ええ、仰る通りです」
「では、我が家に寄っていきませんか? 大したもてなしは出来ませんが、雨風を凌ぐくらいは出来ますよ」
それはとても助かる提案だ。でも、見ず知らずの人にそこまで親切にしてもらうのも、なんだか申し訳なくて気が引けてしまう。
「そのお顔、もしかして遠慮されていますか?」
「……はい」
「お気になさらず。困っている人を助けなかったら、俺の剣術とこの剣に怒られてしまいますので」
「そ、そうなんですね。では……お言葉に甘えて」
……ダメね、やっぱり体が動かない。想像以上に、私の体は疲労しているみたい。
「よほどお疲れの様ですね。では、俺が運びますので」
「いえ、大丈夫……オーウェン様、手をケガされているんですか?」
私に向かって伸びた手に、包帯が巻かれているのが目に入った。さっきは余裕が無くて、全然気が付かなかったわ。
「以前森に来た時に、木の枝でざっくりと切ってしまいまして」
「そうだったんですね。ちょっと待っててください」
私は荷物の中から、乳鉢と乳棒と薬草を出してから、下ろしている金色の髪を、シュシュでまとめてポニーテールにした。
いつも薬を作る時は、髪が邪魔にならないように、こうしてまとめているの。
「エリンさん、一体何を?」
「薬を作るんです。すぐに終わりますから」
薬草を乳鉢に入れて、乳棒を使ってすり潰す。すると、薬草はドロドロした物体に変わった。
普通の薬草なら、すり潰してもこんなにドロドロはせず、粉のようになる。そうならずにドロドロになるのは、この薬草の珍しい特徴なの。これを塗ると、切り傷や擦り傷の治りを助けてくれる。保湿やガーゼの代わりにもなってくれる、優れものだ。
「よし、あとは……」
すり潰した薬草を手に取り、薬草に向かって心の中で祈りを捧げる。
彼の傷が早く治りますように、もうケガをしませんように、これからはケガとは無縁の幸せな生活を送れますように……そんな祈りを込めることで、聖女だけが作れる特別な薬が完成する。
「薬が光り始めた……?」
「光はすぐに消えるので、ご安心ください」
私にも、これがどういう原理でそうなるのかわからないけど、実際に作れているから、あまり気にしないようにしている。
「では塗りますので、包帯を外してもらえますか?」
「わかりました」
包帯が取られた手は、赤黒く変色した大きな傷が付いていた。その痛々しさは、私にショックを与えるのに十分だった。
……木の枝に引っ掛けただけで、本当にこうなるのだろうか? もしかして、私に心配させないための嘘だった?
いや、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。早く手当てをしないと。
「ちょっと染みますよ」
「っ……い、痛みが引いていく……傷も跡形もなく消えている!?」
「よかった、これでもう大丈夫ですね」
手に刻まれた深い傷は、みるみると塞がっていき、綺麗な手になった。
うん、無事に薬は作れていたようだ。いつもやっていたこととはいえ、非常事態の時は緊張するものね。
「ありがとうございます。それにしても、傷がこんなに簡単に治ってしまう薬なんて、信じられない……いや、薬……? もしかして、あなたは聖女なのですか?」
やっぱり簡単にバレてしまうか……本当は言わないほうがいいのだろうけど、変に隠して怪しまれるのは避けたい。それに、見ず知らずの私を助けてくれたこの方は、信用してもいいと思う。
「……はい。少々事情があって」
「そうだったのですね。詮索をするつもりはありませんし、言いふらすつもりもないので、ご安心ください」
「ありがとうございます」
「……その代わりと言っては何ですが、一つお願いがあります」
お願い……まさか、専属の薬師になれみたいな話じゃないわよね? もうカーティス様の一件で、誰かに仕えて薬を作るのは、こりごりだ。
「俺の妹を……たった一人の家族を、治してもらえないでしょうか?」
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