第六話 国境の外へ
「あ、エリン様! お待ちしてました!」
御者席から、若い声の男性が降りて来て、私に敬礼をした。この方が、ハウレウの言っていた協力者なのだろうか。
「自分はジルと申します! お話はハウレウ殿から伺っております! あなた様を、隣の国のクロルーツェまでお送りいたします!」
「お気持ちは嬉しいんですが、私に力を貸したら……」
「仰りたいことは重々承知ですが、ここに長居をしたらバカ王子に見つかってしまいます。さあ、お乗りください!」
ジルと名乗った彼の手を借りて馬車に乗りこむと、間もなく馬車は静かに城を出発した。なるべく見つかってしまわないように、暗がりをゆっくりと進んでいく。
……バカ王子って、凄い言い方ね。一応城の兵士なのだから、カーティス様は主のはずなのだけど。
「あの、どうしてジル様は私に力を貸してくれるんですか?」
「自分、前々からバカ王子がエリン様を騙しているのは知っていたんです。でも、バラしたら故郷の母を殺すと脅されていて、どうしても一歩を踏み出せなかったんです」
カモフラージュのために着ていた甲冑と鉄兜を脱ぎ、馬車の中に用意されていたエプロンドレスに着替えてから彼に話しかけると、少し抑えめの声量で説明を始めてくれた。
やっぱりこの人も、カーティス様に弱みを握られていたのね。本当に……本当に最低な人だ。
「その母が、つい先日天に旅立ったんです」
「それは……ご愁傷様です……あなたのお母様に、精霊様の加護とお導きがありますように」
「ありがとうございます、エリン様。きっと母も、聖女であるあなたに祈ってもらえて喜んでいるでしょう」
私の祈りが、ジル様のお母様に届くかはわからないけど、聖女として、そして一人の人間として祈りたくなって……両手を組んで、祈りをささげた。
「まあそんなわけで、自分を脅す材料がなくなったんです。そんな時に、あなたの話を耳にしました。同時に、ハウレウ殿があなたを助けようとしていることも聞いたのです」
「ハウレウが……」
「はい。彼が元剣士で、とんでもない実力者だったというのは、ご存じですか?」
「本人から、少し話を聞いたことがあります」
ハウレウとお茶をした時に、聞いたことがある。自分は元々剣士として国に貢献をしていたが、ケガが原因で引退をした。その直後に、私が城に連れてこられたから、見張りとして抜擢されたと。
ケガをした自分を、国の重要な人間を守る役目につけるなんて、一体国は何を考えているんだと、ハウレウは笑っていたけど……それだけ太鼓判を押されるくらい強かったのなら、見張りに選ばれたのも頷けるかもしれない。
「ハウレウ殿は、私の剣の師匠なのです。厳しくも、優しく指導してもらいました。だからでしょうか……父を幼い頃に無くした自分にとって、ハウレウ殿はもう一人の父のような存在なのです」
「そうだったのですね……」
「その縁があって、今でも交流があるんです。そんな彼に、エリン様を逃がしたいから力を貸してくれと、頭を下げられました。なので、二つ返事で協力をしたというわけです」
「…………」
ハウレウ……そこまでして、私を逃がそうと……本当にありがとう。ジル様も、身を挺して私を逃がしてくれて、本当にありがとう。
そして……巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。
「でも、本当に良かったんですか? あなただって、私を逃がした共犯として、タダでは済まないですよ?」
「いいんですよ! もう自分には怖い物なんて無いんで! それに、師匠が命を懸けるっていうのに、弟子が見殺しになんて出来ませんからね」
簡単に言っているけど、人のためにそれを実行するのは、本当に勇気がいることだと思う。一応私も、人のために薬を作っていたけど、彼の様に命をかけていないから、私なんかより全然凄い。
「あと、あのバカ王子は人の弱みに付け込んで、ワガママ三昧してて大嫌いなんですよ。そのくせ、エリン様や他の貴族、そしてバネッサと一緒の時はニコニコして……本当に気にいらなかったので、仕返しがしたかったんです。あ、これは内緒ですよ!」
「は、はい」
「事情はこんなところです。目的地まではまだかかるので、少しお休みになっていてください」
休んでと言われても、素直に休むことなんて出来なかった。
ハウレウや彼が、この後どうなってしまうのだろうかとか、私の薬が行き届いていなかった民達は大丈夫なのだろうかとか、そういうことを考えてしまって、全然頭も体も休まらない。
こんなところで、ただ助けてもらってる私が考えても仕方ないのはわかってる。でも……考えずにはいられなかった。
そんなことを考えながら長い夜を過ごし、外は既に朝日が昇って明るくなった頃、私は無事に国境沿いの関所にたどり着いた。
なんとかここまで来れたのはいいけど、どうやって国境を超えよう? 国境を超えるには、通行証か国からの許可が無いと通れない決まりになっている。
「止まれ。こんな夜中に何用だ?」
「はっ! 要人をお送りしにまいりました! ハウレウ殿から、連絡がいっているかと!」
「ああ、その件か。確かにハウレウ殿から話は聞いている。よし、通れ」
馬車から顔を出さずに、声だけの情報で判断せざるを得ないけど……とりあえずは何とかなったみたいだ。
それにしても、ハウレウはこんな短時間で、どこまで根回ししてくれたんだろう……彼がいなかったら、きっと私は絶対にカーティス様の魔の手から逃れられなかっただろう。
「エリン様、国境を超えて、アンデルクの東にある大国、クロルーツェまで来ることはできました。一番近い町は、この森を超えた先にあります。本当はそこまでお送りしたいのですが、何分この森を筆頭に、クロルーツェは森が非常に多い国でして……この先も、木々の間が狭く、土の状態も悪いので、この馬車では通行が難しいのです」
「お気になさらないでください。ここまで連れて来てくれただけで、十分すぎます」
「エリン様……」
私は馬車から降りると、御者台に乗ったジル様の手を握った。
「私のためにここまで連れて来てくれて、ありがとうございました。このお礼は、必ずさせてください。だから……必ず無事に私とまた会ってください。あなたに、精霊様のご加護がありますように」
「ありがとうございます! そうだ、これはハウレウ殿からエリン様の選別だそうです。では……あなた様の旅路に、敬礼!!」
私は少し大きめの麻袋をもらうと、彼は勇ましい敬礼を残して、アンデルクへと帰っていった。
袋の中には……食料と水、それとお金が入っていた。ここまでしてくれるなんて、本当にハウレウには感謝しかない。
「お二人共、ありがとうございました。私……あなた達に報いるためにも、必ず自由に生きますから。さあ、まずはこの森を超えて町を目指そう……!」
私は目の前に広がる森に向かって、進んで行く。こんな所に一人で来るのなんて、初めてだけど、きっと何とかなるだろう。
いや、なんとかしないといけない。だって、こんな所で死んじゃったら、私を逃がしてくれた二人に顔向けできないもの。
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