第四十五話 新たな依頼者
「ふう、これでよしっと」
ルーク君達と別れてから一ヶ月後のある日、私は朝食をいただいた後、作業場で風邪薬を作り終えたことへの達成感を感じながら、小さく息を漏らした。
あの一件の後、少しずつではあるけれど、アトレに依頼が来るようになったの。どうやら宣伝用のポスターを見て、依頼を出そうと思ってくれた優しい人がいたみたい。
それだけじゃなく、私達から依頼書を出している人にコンタクトを取ったりもしたし、アンヌ様が用事があって出かけた時に、私達のことを腕の良い薬師だと宣伝してくれたことも大きい。
どうして知っているかって? 実は家に帰ってきてから少し経った頃に、アンヌ様から手紙が来たのよ。そこに、その後もみんな元気にしていることや、アトレの宣伝をしているという話が書いてあったの。
とまあ、アトレに関しては少しずつ良くなってはいるんだけど、白い花に関しての情報は、未だに手に入っていない。お母さんのいる故郷に帰れるのは、まだまだ先のようだ。
「エリンお姉ちゃん! 畑の雑草を抜き終わったよ~!」
「ありがとう、ココちゃん。疲れてない?」
「全然大丈夫! あ、一応確認してくれる?」
「ええ。さっき薬を作り終えたところだったから、丁度良かったわ」
今日も元気一杯なココちゃんに手を引かれて外に出ると、家の近くに広がる小さな畑に連れていかれた。
この畑は、教会に行く前に作ろうとしていた、薬草を育てるための畑だ。まだ植えてから日数が経ってないけど、既に綺麗な緑色の芽が出てきている。
「どうかな?」
「とても綺麗になっているわ。さすがココちゃんね」
「えっへん!」
わしゃわしゃと頭を撫でて感謝を伝えると、ココちゃんは誇らしげに胸を張っていた。
こうして一緒に過ごしていると、ついこの前まで黒染病で死にかけていた子とは思えないくらい元気になったわね。本当にココちゃんを助けられてよかったわ。
「エリン、薬はもう終わったのか?」
「オーウェン様。はい、件数が少ないので、簡単でした」
「それはよかった。こっちも耕し終わったよ」
依頼でもらったお金で買ってきたクワを担ぐオーウェン様の視線の先には、綺麗に耕された畑があった。
実は、まだ空いている場所があるからと、オーウェン様がわざわざ耕してくれていたの。
これから種や苗を植えるから、本格的に使えるようになるにはまだまだ時間がかかるけど、のんびり育てようと思う。
「これで問題無さそうか?」
「大丈夫です! あ、少し大きな石が目立つので、取っちゃいますね」
「それくらい俺がするよ」
「いえいえ、二人に頑張ってもらったんですから、私だって!」
私は制止を振り切って、大きめの石を持ち上げる。すると、石の下に潜んでいた大きなミミズが顔を見せた。
「いやぁぁぁぁぁ! ミミズ~!!」
「うおっと!? 」
ミミズへの恐怖から逃れるために、私はオーウェン様に思い切り抱きついてしまった。
虫を薬に使うことはあるし、私も城にいるころに扱ったことはあるから、多少は慣れている。でも、ミミズのあのウネウネした感じが、本当に苦手で……!
「落ち着け、相手はミミズだ。害は無い」
「は、はい……」
「大丈夫、大丈夫だ」
私を落ち着かせるために、優しい声で私の頭を撫でるものだから、怖いのなんてどこかに行っちゃったわ。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そうか。それならよかった」
優しく微笑むオーウェン様を見ていたら、また胸が大きく高鳴った。
出会った時からカッコいい人だなとは思っていた。剣術も凄いし、料理も上手だし、妹思いの良いお兄さんだし、人を気遣う優しさもある。
他にもあげだしたらキリがないくらい、オーウェン様には良いところが詰まっている。
そんなオーウェン様のことを尊敬しているし、慕っているけど……最近オーウェン様を見るだけで、胸がドキドキするようになっている。
これって……やっぱりそういうことなのかな……で、でも! 今まではずっとカーティス様に想いを寄せていたのに、こんなに簡単に気持ちを変えてもいいものなの!?
相手が相手だったから、変えてもいいんじゃないかって意見があるかもしれない。でも……なんだか少しモヤモヤするというか……自分でもよくわからない感情なの。
「どうかしたのか? 何か悩んでいるように見えるが」
「えっと……はい。私には前に婚約者がいたってお話しましたよね。すでに婚約は破棄しているんですけど、それから間もなく、新しい出会いを求めるのって変かなって」
「随分と唐突な話だな。俺はいいと思うよ。過去を引きずらずに、未来に目を向けるという意思の表れだと思うからな」
い、言われてみれば……そうかもしれないわ。カーティス様に裏切られたことに悲しみ、ずっと自分の殻の中に閉じこもるよりも、前向きに新しい恋を探した方がいいってことよね。
それなら、オーウェン様と……って、冷静に考えたら、私なんかオーウェン様には釣り合わないわよね。それに、自分のこの気持ちが、オーウェン様への恋心だって確証も無いしね。
「あれ、誰かがこっちに来るよ?」
「えっ? あら、本当ね……もしかして、依頼者とか?」
「その可能性はあるな」
私達の視線の先から、男性一人と女性一人がやってきた。
男性はスラッとしていて、オールバックにしている銀色の髪と眼鏡が特徴的だ。もう一人の女性はメイド服を着ていて、明るい茶髪を短く揃えている。
「失礼。ここがアトレで間違いないか?」
「はい、そうです。ご依頼でしょうか?」
「そのようなものです」
「今回はアトレを選んでいただき、ありがとうございます。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「人に名を聞くなら、自分から名乗るのが筋じゃありませんか?」
……なにこの人、随分な言い方……ちょっと感じ悪いわね……。
「これは失礼しました。私はエリン。薬屋アトレの代表です」
「僕はエクシノ・グランディーゾだ。わざわざこんな場所に来るために、休暇を取ってきたのにこの仕打ち。本当なら不敬罪で罰の一つでも与えるところだが、美しいあなたに免じて許してさし上げましょう」
「っ……!!」
言葉の内容はあれだけど、表情も口調もとても穏やかなエクシノ様は、私の顔にスッと手を伸ばす。
その瞬間、今まで感じたことのないくらいの悪寒を感じた私は、咄嗟にココちゃんを手を引いて、一緒にオーウェン様のすぐ隣に立った。
「なんか感じわるーい……あれ、お兄ちゃん? どうしたの?」
「…………」
「オーウェン様……?」
あんな感じの悪い態度を取られたら、気分を害する気持ちはよくわかる。でも、今のオーウェン様の表情は普通ではなかった。
なんていうか……氷のように冷たいっていうか……いつも優しいオーウェン様とは別人みたいだ。
「お久しぶりですね、オーウェン殿」
「ええ、そうですね。エクシノ殿」
「オーウェン様、お知り合いなのですか?」
「ああ……彼はグランディーゾ伯爵家のご子息で、俺が騎士団にいた時の同期だ」
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