第四十一話 両親の敵
■オーウェン視点■
マルヴィスが勝利を確信し、目を開ける。そこにはもちろん俺の姿があった。だが、さっきとは少し違う。直前まで距離を取っていたはずの俺が、マルヴィスの懐にまで潜っていたのだから。
「い、いつのまに……!?」
「悪いが、それは返してもらうぞ」
俺は剣を持っているマルヴィスの右腕に向かって、思い切り拳をめり込ませる。すると、その痛みでポロッと剣をその場に落とした。
それを見逃さずに、俺は剣を蹴り飛ばして遠くまで弾くことに成功した。
父上、母上、お許しください。あなた方の形見を蹴るなんて愚かなことをしてしまいましたが……これも、この窮地を脱するためなのです。
「お、お前……こしゃくな!!」
「油断、慢心。それがお前の敗因だ!」
俺は無事にマルヴィスよりも早く、蹴り飛ばした剣の元に到着し、剣をその手に収めた。
借りたおもちゃの剣も、アンヌ殿の思いが込められていて、とても良いものだったが、やはりこの剣は何物にも代えられない良さがある。
……その思いを込められたおもちゃの剣を、投げ飛ばしてしまったことは……作戦だったとはいえ、よろしいことではないよな……あとでアンヌ殿に謝って、弁償しよう。
「勝負は決まった。大人しく投降しろ」
「おのれ、若造風情が!! いきがるなよ!」
マルヴィスはまだ諦めていない様子で、倒れている部下の大剣を手に持つと、やぶれかぶれに振り回し始める。
さっきまでは、こういうのでも対処をするのに大変だったが、この剣があれば大丈夫。しっかりと受け止め、時には受け流して、攻撃をいなしていく。
「おのれおのれおのれ!! こんな若造に……!!」
「…………」
「その目……その目だ! それを見ていると、最後まであきらめずに歯向かい続けたあの女を思い出して腹が立つ! さっさと俺の前から消えろ!!」
マルヴィスの渾身の一撃が、俺の頭上から襲い掛かる。だが、それに対して剣をぶつけ合い、少し力を加えて剣の軌道をずらすことで、俺のいないところに剣が振り下ろされた。
「隙あり、だな」
「ぐっ……くそっ、力を入れすぎて、抜けなくなってやがる!早く抜けろ!!」
「余裕ぶっているところを不意打ちされ、一気に立場が逆転してしまい、何とかしようとした攻撃するも、失敗に終わる……当然焦り、正常な判断ができなくなる。そうだろう?」
「まさか、いままでのことは全て計算!? ふざけやがって……!」
「おしゃべりはここまでだ。両親の敵……ここで討たせてもらう!」
「ひぃ……!? や、やめてくれ! 俺が悪かったから、許してくれ!!」
俺は剣を振り上げると、マルヴィスの首元に向かって遠慮なく斬りかかる。
……だが、その刃はマルヴィスの首に届く直前で止まった。
「あ、あぁ……た、助かったのか?」
「俺は市民を守る元騎士だからな。負けを認めた相手は斬らない」
「……ありがとう……」
首筋まで迫っていた剣を引っ込めると、マルヴィスは俺に感謝を述べ……間も無く俺に殴りかかってきた。
「ははははっ! そんなに甘いから、貴様らは滅んだんだよ!」
「…………」
俺の善意を利用して、確実に勝ったと思い込むマルヴィスは、高らかに笑ってから……その場に仰向けに倒れた。
何故なら、奴の拳が俺に襲いかかる前に、俺の拳が奴の鼻面を捉えていたからだ。
本当なら、あのまま斬ってしまう手もあったが……形見の剣を、こんな薄汚れた人間の血で汚したくなかったんだ。
「父上、母上……敵は取りましたよ……さて、とりあえずこれでここにいる連中は全員倒したか。何人かは逃げたみたいだが……追っている時間は無いな」
今は一秒でも早く、エリンとルークが無事なのかを確認したい。エリンの声が聞きたいし、顔が見たい。
戦っている時は集中していたから、そこまで考える余裕はなかったけど、終わったら無性にエリンに会いたくて仕方がないな。
……そこはココじゃないかって? もちろんココに会って、無事を報告したい。だが、エリンにも会いたいんだ。
「エリン……」
俺はエリンから受け取った目くらましの残骸を手に持ちながら、彼女の名を呟く。
エリンが一生懸命作ってくれたこれのおかげで、俺は窮地を乗り越えられた。この場にはいなかったが、俺はエリンと一緒に戦っていたんだ。
そう思うと……なんだか嬉しくて、胸の奥が温かくなると同時に、やたらと胸がバクバクとうるさい。
……俺の気づかないうちに、俺の中でエリンの存在は大きくなり、同時に俺が今まで手に入れたことのない感情を、俺に与えていたようだ。
エリンに会いたい、笑った顔が見たい、声が聞きたい、一緒にいたい――
「この気持ちは、やはり……いや、今はここでグズグズしている暇はないな。早くエリンの後を追わないと」
マルヴィスの腰から鞘を回収して剣を収めてから、近くに無造作に置かれていたロープを使って、マルヴィスの体を縛る。
きっとこれは、ルークを逃げられないように、縛るために用意しておいたのだろうな。そう理解した瞬間、ガタンッと何かが動いた音が聞こえてきた。
もしかして、倒れた連中の誰かが目を覚ましたか? それとも援軍が来たのか? わからないが、警戒をしておこう。
「そこにいるのはわかっている。大人しく出てこい!」
「お、オーウェンさん……!」
「その声は、ルーク? 無事だったのか!」
音がした方から、ひょっこりとルークが顔を出した。俺の顔を見た途端、不安そうな顔が少しだけ明るくなった。
「はい、エリンさんが逃がしてくれて……! 助けを呼んで来いと言われて、オーウェンさんの所に来たんです……!」
「そうか、よく頑張ったな。それで、エリンはどこに……って! ルーク、その血はどうした? ケガをしているのか!?」
「あ、これ……シスターに刺されちゃって。でも、エリンさんの薬で治してもらったんです……!」
そうか、エリンの薬で……それなら何も心配する必要はなさそうだ。
「無事なら良かった。エリンはどこに?」
「あっちを真っ直ぐです! お願いします、エリンさんを助けてください……! エリンさん、ぼくを庇ってケガをしちゃって……! 薬も全部ぼくのために使っちゃったんです!」
「なんだって!? わかった、俺はエリンの所に行く。もう悪い奴は倒して安全だから、ルークは教会に戻って、アンヌ達と一緒に助けを呼びに行ってくれ!」
「わ、わかりました!」
俺は焦る気持ちを必死に抑えながら、壁に掛かっていたランプを一つ拝借して建物を飛び出した。
ルークが言っていた方角は、こっちで間違いないはずだ。頼む、無事でいてくれ……!
「……っ! これは!?」
教えてもらった方向に真っ直ぐ進んでいると、地面に血の跡があるのを発見した。それも、まだかなり新しいものだ。
この辺りで、エリン達に一悶着があったのは間違いない。だが、ここには俺以外の人間が、誰もいなかった。
一体どうなっているんだ? エリンは無事なのか? それともすでにセシリア殿に……いや、そんなことがあってたまるか!
「何か他に手掛かりは……ん? この血、よく見るとこっちに繋がっているな……」
先程までいた建物とは離れるように、血の跡が点々と繋がっているのを発見した。
もしかしたら、エリンはルークを逃がすために、自分が囮になってこの場から離れたというのか? なんて無茶を……!
くそっ……! 待ってろ、エリン! すぐに助けに行くからな!
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