第二十一話 推薦状
ロドルフ様が推薦状を書いている間、私はリビングでのんびり過ごさせてもらっていた。オーウェン様は、ココちゃんと一緒に外に行って遊んでいる。
「エリン殿、少々よろしいですかな?」
「なんでしょうか?」
ロドルフ様の声に反応して、小さな書斎に入ると、そこにはたくさんの薬関係の書物が、びっしりと本棚に収められていた。
……この本棚を見る限りだと、黒染病のことが書いてある書物は無さそうね。相当古い書物だったから、置かれていないのも無理はないか。
「推薦状、もう書き終わったのですか?」
「それはもう少しかかりそうですな。その前に、あなたに一つ問いたいことがありまして」
「なんでしょうか?」
「あなたは聖女なのですか?」
オーウェン様の時と同じように、やっぱり簡単に気づかれてしまったか。
遅かれ早かれロドルフ様には気づかれると思っていたし、隠して不審に思われた結果、推薦状を書いてもらえなくなるのは避けたい……うん、ここは素直に話しておこう。
「はい」
「やはり……どうして薬師に?」
「色々ありまして……私、物心がついたころに、とある人達に無理やり薬を作らされて育ちました。大変でしたけど、私の薬で助けられる人がいる……それを誇りに思ってましたが、悪い大人に利用されただけでした。なので、今度こそ私の薬で、たくさんの人を助けるために、薬師になりたいんです」
「複雑な事情がおありなのですね。今までつらかった分、未来が希望と光に満ち溢れていることを祈っておりますよ」
そう言うと、ロドルフ様は再び推薦状の製作に集中し始めた。その間、私はロドルフ様の許可を貰って、部屋の中にあった薬関係の本を読ませてもらった。
百冊を超えるであろう本があると、中には私が読んだことが無いのもある。その本の中には、私が知らないような内容もあって、非常に勉強になった。
……お金に余裕が出来たら、まだ読んだことがない本を買い集めたりしたいわね。
「エリン殿、お待たせいたしました。推薦状、書き終わりましたぞ」
へえ、薬草にこんなアプローチの仕方もあるのね……実際に使うかどうかは別問題として、知識として持っておいたら、いつか使える日が来るかも……?
「エリン殿?」
あれ、こっちの薬の作り方は間違ってるじゃない。こんなにすり潰したら、薬効が半分以下になっちゃうわ。この書いてある回数の半分でいいのに……。
「エリン殿!」
「は、はいぃ!?」
突然ロドルフ様に大きな声で呼ばれた私は、無意識にその場で返事をしながら立ち上がってしまった。
「ど、どうかされましたか!?」
「失礼、何度もお呼びしたのですが、読書に夢中だったもので」
「それは失礼しました……」
わざわざ書いてもらっているというのに、まさか読書に夢中になりすぎて無視してしまうなんて……反省しなくちゃ。
「こちらが、推薦状になります」
ロドルフ様は、証明書を筒の中に入れて渡してくれた。これをギルドの人が見れば、私は薬師になって大丈夫ということになるのね!
「ありがとうございます! 私、オーウェン様達に声をかけてきますね」
感謝を伝えてから家の外に出ると、家の外にはオーウェン様しかいなかった。ココちゃんはどこに行ったのかしら?
「エリン、もう書いてもらったのか?」
「はい、無事に書いてもらえました。ココちゃんは?」
「ちょうどかくれんぼをして遊んでいてね。近くに隠れているはずなんだが……見つからないんだよ」
そう言いつつも、オーウェン様の視線は近くの茂みに集中していた。そこには……ココちゃんの足が少しだけ見えていた。
きっと本人としては、隠れているつもりなんだろうけど……あまりにも可愛くてほっこりしてしまう。
「すぐに見つけてしまうとつまらないだろうから、頃合いを見計らって見つけるつもりなんだ」
「なるほど、そうなんですね」
オーウェン様は、私にだけ聞こえるように、そっと耳打ちをして教えてくれた。
なんていうか、優しいオーウェン様らしいというか、ココちゃんのことをよく考えているんだなっていうのが伝わってくる。そういうところ、とても好感が持てるわ。
「ココちゃ~ん、ロドルフ様に推薦状を書いてもらえたよ~。どこにいるの~?」
「本当っ!?」
このままかくれんぼをしていてもいいのだけど、せっかく書いてもらったんだからココちゃんに報告をしたいと思った私は、まだ見つけられていない体で声をかけると、茂みからココちゃんが体中に葉っぱをくっつけて飛び出してきた。
「そんな所にいたのか。全然わからなかったよ」
「えっへん、わたしはかくれんぼが得意だからね! それで、推薦状は!?」
「これよ」
「わぁ~! よかったね、エリンお姉ちゃん!」
自慢げに胸を張ったり、推薦状を気にしたり、それを見て大喜びしたりと、とても忙しいココちゃんを見ていたら、私の顔は自然と笑顔になっていた。
「さて、推薦状も貰えたし、そろそろ帰ろうか。突然来たうえに長居していたら、迷惑だろうからな」
「え~? もうちょっといようよ~」
「またいつでも来られるだろう? それに、自分が病み上がりなのを忘れてないか? これでまた調子が悪くなったら、またロドルフ殿に心配をかけてしまうぞ?」
「そ、それはやだ……うぅ、今日は帰る……」
渋々ではあったものの、了承をしてくれたココちゃんとオーウェン様と一緒に家の中に戻ると、丁度ロドルフ様が書斎から出てきたところだった。
「ロドルフ殿、俺達はそろそろ失礼させてもらいます」
「もう行かれますか。大したもてなしもできなくて申し訳ない。またお暇な時に遊びに来てくだされ」
「はい、もちろん! まだ黒染病の説明、してませんしね!」
「わたしも、もっとロドルフおじいちゃんと遊びたいから、また来るね!」
「ははっ……あなたが思っている以上に、賑やかになりそうですね」
「そうですなぁ。こうして賑やかだと……屋敷での日々を思い出す」
どこか遠い目で呟くロドルフ様の表情はとても優しく、どこか寂しさも感じさせるものだった。
私には、ロドルフ様がまだ仕えていた頃に、どんな生活をしていたか知らない。でも、主人を失った寂しさや悲しみは、私にも少しはわかる気がする。
「昔話は長くなってしまいますから、やめておきましょう。では、お気をつけて」
「ロドルフおじいちゃん、元気でね!」
「ロドルフ様、本当にありがとうございました。私、必ず薬師になります!」
「うむ、たのしみにしております」
「体に気を付けて。では」
三者三様にロドルフ様と別れの挨拶をした私達は、ギルドがあった場所を目指して進み始める
ありがとうございます、ロドルフ様。私、これからもっと頑張って、良い報告を持ってきますから!
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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