第百十話 反逆
アンデルクの城に残ってから十日後の夜。私は寝る間も惜しんで石化病の薬を作り続けていた。
この薬が、カーティス様に利用されるのは重々承知だけど、もしかしたら購入した人の手によって、石化病に苦しむ人の数が少しでも減ってくれるかもしれないという、淡い希望を胸に抱きながら作っている。
あと、オーウェン様が思いついてくれた作戦を実行するにあたって、私が怪しまれないようにするためという意味合いもある。
「オーウェン様、大丈夫かしら……」
薬を作る手を止めて、窓から見える星空に目を向ける。
オーウェン様は私なんかよりも凄い人だから、心配なんていらないかもしれないけど……不安を払拭するなんて出来そうもない。
はぁ……考えていても仕方がない。キリの良いところで、少し休みましょう。三十分も仮眠を取れば十分だろう。
そんなことを考えながら、再び薬の製作に取り掛かろうとしたら、なにやら外が急に騒がしくなってきた。
「なにかしら……」
今度は窓から地上の様子を伺うと、そこには異様な光景が広がっていた。
なんと、余裕で数百人を超えるほどの多くの人が声を荒げながら、お城へと乗り込んでいたのだから。
「カーティス国王を許すなー!!」
「聖女様を開放しろー!!」
「貴様ら、即刻立ち去れ! 警告を無視するようなら、この場で斬り捨てるぞ!!」
「うるさいわね! このまま黙ってたら、あたし達は国王に殺されるのよ!!」
さすがに私のいる離宮だと、何を喋っているかまではわからないけど、とにかく多くの人が城に来ていることだけはわかる。
明らかに異常事態だけど、私は特に驚いたりはしない。だって、これは全てオーウェン様の作戦通りなのだから。
「おい、エリン!! 出てこい!!」
「……?」
作戦がうまくいきそうでホッとしていると、部屋のドアを壊そうとしているんじゃないかと錯覚するくらいの、大きなノックの音と共に、大声で私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「はい……カーティス様にバネッサ? どうかしましたか?」
「どうしたって、外の騒ぎを知らないんですの!?」
「薬の製作に集中していたので」
「どうやら、バカな市民共が城に攻め入ってきたらしい! 兵士達には殺すように指示しているのだが、さすがに数が多すぎる!」
「なるほど。それで?」
「貴様はバカか!? 逃げるんだよ! もちろん貴様にも来てもらうぞ! 重要な財源を失うわけにはいかないからな!」
……この人達は、本当に救いようが無い。どうして民が怒り狂ってるのかを考えもせずに、その場しのぎで逃げたって仕方がないのに。ついでに私を連れていって、お金をどうにかしようとする神経も気にいらない。
「逃げる? あなた達は民と向き合わないどころか、必死に民を止めようとしている兵士を見捨てて逃げるんですか?」
「当たり前ですわ! 兵士の代わりなどいくらでもおりますが、私達の替えはいませんもの!」
開いた口が塞がらないというのは、こういう時のことを指すのね。あまりにも自分勝手すぎるわ。
「玉座の間に、緊急時の避難経路がある! そこから城の外に逃げる! 早く来い!」
「きゃっ!」
私は無理やり腕を引っ張られて、玉座の間に向かって部屋を連れ出された。
せっかくここまでうまくいっているのに、ここで連れていかれては何の意味もない。どうにかしてカーティス様とバネッサが逃げようとしているのを、みんなに知らせないと……そうだ!
「すぅぅぅぅ……カーティス様が玉座から逃げようとしてますーー!! 早く来てくださーーーーい!!!!」
以前カーティス様とバネッサが仲睦まじくしている姿を目撃した中庭に来たところで、私は外にいる人達に向けて大声で叫ぶ。こうすれば、私達の行く先を伝えられるでしょう?
「貴様、何を余計なことをしている!」
「頭がおかしいんじゃありませんの!?」
中庭に、バチンッと乾いた音が鳴り響く。カーティス様が、私のほっぺを思い切りビンタした音だ。
この程度、クレシオン様から受けた痛みに比べれば、どうってことはないわ。
「ええい、グズグズしている時間は無い! さっさと行くぞ!」
今までずっと余裕たっぷりで、人をバカにする態度を取っていたカーティス様とは、同一人物とは思えないくらい焦っている姿は、いかに追い込まれているかがよくわかる。
素直に諦めて民に謝れば、こんなに焦る必要も無いだろうに……そんな考えは、きっとカーティス様にはないのだろう……本当に可哀想な人だ。
なんて、何とも救いようのないカーティス様を少し哀れに思っている間に、私達は無事に玉座の間へとたどり着いた。
「カーティス様、その避難経路というのはどこにあるんですの?」
「玉座の下から、地下に避難することが出来る。地下は外に繋がっているから、そこから逃げるのさ」
カーティス様はバネッサに答えながら、玉座を持ち上げると、そこには地下に続く階段があった。人一人がギリギリ通れるくらいの狭さが、避難経路らしさを演出しているように思える。
「バネッサ、君から先に避難するんだ」
「そんな……一緒じゃなくては嫌です!」
「もちろん一緒に行くが、見ての通り通路はとても狭いんだ。だから、まずは君から逃がしたい」
「カーティス様、なんてお優しい方……私、一生ついていきますわ!」
……これが俗に言う、茶番というやつかしら? 見ていて心底どうもでいいやり取りだわ。まあ、無駄に時間をかけてくれた方が、みんながここに来る時間が稼げるからいいんだけど。
「あれは……見つけたぞ!」
茶番を見せつけられていると、玉座の間の扉が勢いよく開かれた。そこには、多くの民を引き連れた、オーウェン様の姿があった。
「オーウェン様!」
「エリン、無事か!?」
「はい、私は大丈夫です! カーティス様とバネッサは、この隠し通路から外に逃げようとしています!」
「なるほど、性根の腐っている彼らのしそうなことだ。もう城の中も外も、民が掌握している。もう逃げ場はない!」
オーウェン様の後ろで、民達が雄たけびを上げてカーティス様とバネッサを威嚇する。その中には、城を守っていたはずの兵士の姿もあった。
城の兵士達は、みんなカーティス様に弱みを握られているからこそ、言うことを聞いていたにすぎない。だから、カーティス様を倒せる可能性が出てきた状態で、民に協力するのは至極当然だろう。
「なっ……どうして兵士達がバカ共の協力をしている!?」
「……わからないんですか? 自分の胸に手を当てて聞いてみるといいですよ」
「黙れ! 貴様の意見など聞いていない! くそっ、どうすれば……そうだ!」
これだけ追い詰められている状況で、カーティス様はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、私の首に腕を回した。
そして……腰の鞘に納められていた剣を抜き、刃を私に向けてきた――
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