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第一話 聖女の日常

「エリン。今日のノルマをまとめた書類を持って来たよ」


 ある日の朝、お城の離宮にある一室で朝食を終えた私の元に、一人の男性が優しい笑みを浮かべながらやってきた。その両隣に立っていた兵士の方達の手には、彼の仰るノルマが書かれた書類の山がある。


 彼の名はカーティス・アンデルク。私が住む大国、アンデルクを治める国王陛下の一人息子であり、私の婚約者でもある。


 体調が芳しくない国王様の代わりに公務を行っていて、普段から大変忙しいというのに、私に頻繁に会いに来てくれる優しい方だ。


 いつも私に笑顔で接してくれる彼は、雪のように真っ白で腰まで伸びる髪と、澄み渡る青空のように美しい青い瞳が特徴的な男性だ。


「カーティス様、おはようございます。いつもお忙しいのに会いに来てくれて、ありがとうございます」

「おはよう。エリンは聖女として、この国のために働いているんだから、これくらいするのは当然さ。それに、僕の婚約者なのだから、少しでも会いたいと思うのは当然だろう?」


 カーティス様は笑顔を浮かべたまま、私の金色の髪を優しく撫でた。


 聖女——それはごく稀に特別な力を持って生まれる、女性の総称だ。


 その特別な力というのは、普通よりも薬効が高い薬を作れること。そして、この世界に住む人間とは別の生命である、精霊と呼ばれる存在の声を聞き、祈りを通じて心を通わせる力を指す。


 精霊は滅多に人前に現れず、会話することは不可能——これはこの世界の常識となっている。でも、聖女ならそれが可能だ。


 この力を持つ人間は、王家や貴族といった人達によって、その希少な力を守ってもらう代わりに、精霊様に毎日祈りを捧げ、民のために薬を作る生活を送るようことが大半だ。


 私——エリンの場合は、幼い頃に精霊の声を聞いたことが国王陛下の耳に入り、無理やりお母さんから引き離された。そして、この離宮に半ば軟禁状態にさせられた。


 連れてこられた私は、薬の勉強を寝ずにやらされた。一通りの作り方を覚えた後は、毎日薬を作らされている。もちろん、精霊様への祈りも、かかさず毎日捧げている。


 お母さんと生き別れになったのはとても悲しいし、今でもまた会いたいと強く思っているし、普通の子のように外を自由に出歩きたい。薬の勉強も作るのもつらくて、お母さんに会えなくて寂しくて……何度泣いたかわからない。


 でも、私の力で多くの民の病気やケガを治せることに誇りを感じているし、カーティス様が優しくしてくださるから、投げ出そうと思ったことは無い。


「失礼します……あら、カーティス様。いらっしゃったのですね」

「おや、バネッサじゃないか」


 控えめなノックと共にやってきたのは、私の唯一の友人であるバネッサだった。


 桃色の髪を短く揃えている彼女は、カーティス様直属のメイドだ。小柄ながらも羨ましいくらいスタイルが良く、とても温厚で優しい人だ。


 互いに庶民の出身ということもあってか、出会ってからまもなく意気投合して、たまにお茶をする仲なのよ。唯一の友達と言っても過言ではない。


「バネッサ、何かご用ですか?」

「以前約束していたお茶会なのですが、外せない用事ができてしまって……」

「あら……それは残念です。また次の機会にしましょう」

「ええ、本当にごめんなさい、エリン様。埋め合わせは必ずいたします」

「さてと、これ以上はエリンの仕事の邪魔をしてしまうから、そろそろ失礼するよ。今日もよろしく頼むよ」

「はい」


 私はカーティス様とバネッサ、そしてついてきた兵士の方々をお見送りした後、今日の仕事にとりかかる――前に、隣の部屋に向かう。そこには小さな祭壇があり、子供くらいの大きさの石像が祭られていた。


 この石像が、私が毎日祈りを捧げている精霊様の像だ。遥か昔、この国と民を作った神様とされている。


「精霊様、アンデルクと民を見守ってくださり、ありがとうございます。本日も、皆に平穏と安らぎがありますように……」


 精霊様の前で両膝をつき、両手を組んで祈りをささげる。すると、私の体が白い光に包まれていく。その光は、徐々に精霊様の像へと向かっていき、何事もなかったかのように消えていった。


 この光に何の意味があるかはわからないけど、これで精霊様に祈りが届いているものだと、私は思っている。


「さてと、今日の仕事をしよう」


 先程の部屋に戻り、机の上に置かれた書類の山と、薬を使う道具に視線を向ける途中に、床にハンカチが落ちているのが目に入った。


 このハンカチって、確かカーティス様の持っていたものだったはず。さっきいらっしゃった時に落としてしまったのだろうか?


「また次にお越しになるのがいつかわからないし、もしかしたらまだ近くにいらっしゃるかも……ダメ元で届けに行ってみよう」

「……おや、エリン様。いかがされましたか?」


 ハンカチを持って部屋を出ると、見張りをしている、初老の男性に止められてしまった。


 彼の名はハウレウ。私が幼い頃から、ここの見張りをしている方だ。小さい頃、勉強ばかりの私を見かねて、こっそり私と遊んでくれたり、今ではお茶に付き合ってくれる、とても優しい方なの。当然血の繋がりはないけど、私にとってはおじいちゃんみたいな存在よ。


「先程カーティス様がいらっしゃった時に、ハンカチを落とされたみたいなんです。なので、カーティス様にお渡ししようと思いまして」

「そうでしたか。では、私がお渡ししておきます」

「私がいきたいんです。いつも気にかけてもらってるので、少しでもお返しがしたくて」


 引き下がらずにお願いをすると、彼は小さくため息を吐きながら、小さく首を縦に振った。


「わかりました。私は何も見なかったことにします」

「ありがとうございます。カーティス様がどちらに行かれたか、ご存じですか?」

「申し訳ございませんが、そこまでは……」


 それなら仕方ないわね。なるべく早く戻ってこれるように、見かけた人に聞いて回りながら探しましょう。


「わかりました。すぐに戻りますから!」

「お気をつけて」


 スカートの裾を持って、早足で歩きだす。あまりお城の中を歩いたことが無いから、迷わないようにしないとね。


「あの、カーティス様がどちらに行かれたかご存じですか?」

「カーティス様ですか? いえ、お見かけしておりませんが……エリン様、お部屋を出られては、カーティス様に叱られてしまいますよ?」

「すぐに戻るから大丈夫です。あ、カーティス様をお見かけしてませんか?」

「いえ……」


 近くにいたメイドや執事に聞いてみたけど、カーティス様の情報は手に入らなかった。


 困ったわ。あまり部屋を開けられないし……もう少しだけ探して見つからなかったら、誰かにハンカチを渡すようにお願いをしよう。


 そう決めてから再度探し始めると、お城の中庭に立つカーティス様を見つけた。その近くには、バネッサも立っていた。


 しかし、何か様子がおかしかった。二人は体を密着させ、見つめ合っていた。いや、あれは……どう見ても抱きしめあっているようにしか見えない。


「ど、どういう……えっ……!?」


 動揺する私に追い打ちをかけるように、二人は静かに顔を近づけ合い……口づけを交わした。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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