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少し遠くになるが、木々の間から一台の馬車が飛び出してきたのを捉えた。
ええ、なんだなんだ。
馬車ってことだから人が乗ってるよな? もしかして手を振ったら駆けつけてくれる説はないかな。このままいつまでも突っ立ってる訳にもいかない。一か八か接触を試みてみるか?
「ん?」
そんなことを思っていた俺だったが、何やら様子がおかしいことに気づく。
馬車が走っているのはいいが、その周りに何かがまとわりついているような気がしたのだ。
よく見てみればそれらは動いているようだった。
遠くで詳しくは分からないが、恐らく何かの生き物と思われるものが、馬車に張り付いていたり、横を並走してる状態から襲ったりしているように見えた。
え、なんだ、もしかしてだけど……あの馬車襲われてる? すごい数の生物だぞ。猿とか狼っぽい生物とか。なんだか凄いたかられてるんですけど。
「生き物の群れから逃げてるようにしか見えない……もしや大ピンチなんじゃないか?」
俺はそう考えてしまった。
馬車やそれを引く馬もなんとか耐えてるっぽいが、長続きはしないように思える。
今中に乗ってる人は凄い絶望的な思いをしているのではないだろうか。
「やばい、なんとかした方がいいのか?」
そうは思うが、俺にできることなんて……
「いや、何を言ってるんだ。俺は確か凄い魔法適性を持ってるとかだったはず。魔物なんかを倒さないといけないんだ。そのために俺はここに来た。ここでやらなきゃいつやるんだ」
少し怖いが、凄い力を持っているのであれば、このくらいの状況打破てきて然るべきのはず。
いいさ、やってやるよ。
馬車は平原に入り少ししたところで立ち往生しているように思えた。
馬がやられてしまったのだろうか。
もう一刻の猶予もない。
「くそ、間に合え!」
俺は馬車に向かってダッシュした。
そしてそれなりに近い距離までやってくる。
やはり馬車は大量の生物に襲われていた。
纏わりつく生物は、手が四本ある猿と、手先が紫色の狼のようなやつだ。
そいつらに全方位から噛みつかれて、突破を試みられてる。
よし、まだ俺の方には気づいていないっぽいな。
待ってろ、今救ってやるからな。
前世の俺とは違うんだ。俺は異世界で殻を破ってみせる。第二の人生は主役になりたいんだ。
俺は馬車に向かって手を構えた。
魔法だろ? よく分からないが、なんとなく撃てる気がしてくる。
そうだな、イメージを持つ方が良いか、やっぱり魔法と言えば……
「燃え盛る炎だよな! いけ、ファイヤーボール!!」
俺が叫ぶやいなや、俺が伸ばした手に高速で火の球が生成された。
そして次の瞬間それが解き放たれる。
ファイヤーボールはまっすぐに馬車に伸びて……着弾。
物凄い大爆発を巻き起こした。
俺が想像していた二百倍くらい凄い爆発だった。
「……あ」
俺が魔法の威力に目を奪われる時間を終え、流石にやりすぎたんじゃないかと懸念し始める頃には全てが遅かった。
大爆発により、纏わりついていた生物はおろか、馬車までも木っ端微塵に砕け散っていた。
「やっちゃったああああああ!!」
俺は頭を抱えた。
いや、たしかに魔法は出た。
流石は異世界! 凄いよ、感動だよ。
でもこんな威力だとは聞いてない! ガチで調整をミスったわ。
ああ、どうしよう、転生早々いきなり大殺人をかましちゃったよ……魔物っぽいやつを駆除できたところはプラス点だが、肝心の駆けつけた目的を達成できてなければ意味がない。
乗っていた人もろとも抹消してしまった……。ああ、神様、こんな残酷なことって……
と、思っていると、スタリと近くに誰かが着地した。
「ちょ、ちょっと! 危ないじゃない!」
その人物は俺に指を差すやいなやそう叫ぶ。
その人は小さな体躯、紫の髪を持つ女の子だった。
年の頃は十五歳前後、あるいは満たないくらいかな。
腰には剣を刺し、身動きの取りやすそうな服装をしている。
「あれ、君は……」
「いきなりあんな攻撃するってどんな神経してるのよ! 危うく怪我するところだったじゃない!」
どうやら少女は怒っているようだった。
えっと、ちょっといきなりで状況が呑み込めないんだが……
「ごめん、間違ってたら申し訳ないんだけど、君はあの馬車に乗っていたの?」
「そうよ、見たらわかるでしょ!」
「てことは俺の攻撃に耐えるか避けるかして、巻き添えを食らわなかったってこと?」
「ええ、そういうことになるでしょうね。あんた馬鹿なのひょっとして? いきなりあのレベルの魔法をぶっ放してくるなんて普通死ぬから。私でなかったら確実に死んでたわ絶対」
「馬車に乗ってたのは君だけ?」
「そうよ。ていうか何なのさっきから、反省してるの!?」
ああ、そういうことか。だったら俺は人殺しをしてなかったってことだよな?
マジで良かった……そうだよな。異世界なんだから、生活してる人間だって普通じゃないこともあるはず。
「人殺し回避っ……」
「何ほっとした顔してんのよ! 謝罪は? 謝罪をよこしなさい!」
「え? ああ、ごめん。ついな」
「なによそれはッ! 『ああつい』じゃないわよ! どんな軽いノリで済まそうと思ってるわけ!? ふざけんじゃないわよ。土下座しなさああい!」
ピーチクパーチクうるさかった。
どうやら俺はとんでもない人と出会ってしまったのかもしれない。