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つまらない人生だった。
まさか下校途中にトラックに敷かれてしまうなんて。
アスファルトに血の池が広がっていく。
ああ、こんな最後って…………
「……あ、あれ?」
気付けば俺は知らない場所にいた。
まるで雲の上に立っているかのような空間だった。
青い空白い雲。
浮世離れしている体験だった。
「目覚めたか」
そして声のした方に振り向くと、そこには髭を蓄えたおっさんがいた。
誰だこの人。怪しすぎる。
「黒山琉弥くん、と言ったかな」
「あなたは誰なんですか? もしかして神様とかですか?」
「その通り、儂は神様じゃ。どうしてそう思ったのか気になるところじゃな」
「単純に姿がそれっぽいと思ったからです。着ている服とか、なんとも老いぼれた感じとか。あとはこんな天空のような場所にいるというところから推察したまでです」
「なるほど、完璧じゃな。やはりお主を選んだかいがありそうじゃ」
知性を感じる様子でおっさん、もとい神様は満足げにうなずく。
「僕は選んだというのは……? というか僕はどうなっちゃったんですか?」
「ふむ、覚えておらんか。お主は自動車に敷かれ近くの病院に搬送されたがまもなく死亡した。そんなお主の魂を儂が抜き取り、ここに顕現させておるんじゃ」
「やっぱり死んじゃったんですね……」
そこに関しては特に強い感情等を抱かなかった。
記憶的にもそうだし、半ばあきらめていた節もあるからだ。
「お主をわざわざ呼び寄せた理由は一つ。とあるミッションを頼みたいからなのじゃ」
「ミッションですか?」
「うむ。お主にはとある世界に転生してもらいたいと考えておる。それは地球ではない。剣と魔法の交錯する異世界にじゃ」
「異世界?」
「そうじゃ。そこでお主には魔物の間引きをしてもらいたい。まぁ特に魔族と呼ばれる存在をじゃな」
その後詳しく話を聞くと、どうやら人間の他にも様々な種族の暮らす世界らしく、その中に魔物やその上位種にあたる魔族と呼ばれる存在もいるらしい。そいつらが人間たちを襲うらしく、生活を大きく脅かしているという。そして最近になりこの魔族たちの攻勢が顕著になってきたので、俺の力で防いでほしいという内容だった。
「って、どうして僕なんですか。喧嘩の一つできやしない僕が行ったって、なんの使い道もないですよ」
「そんなことはない。むしろ逆じゃよ。お主には素晴らしい魔法適性が宿っておる。その世界においてもトップクラスの魔力容量じゃ。お主を呼び出した理由はそこにある」
「魔法適性って、魔法なんて使ったことないですけど」
「そりゃそうじゃろ。地球は魔法を使える構造にないからの。世界によって構造は大きく異なっておる。お主にこれから行って貰いたい世界……ユアルジェラにおいては魔法文化が活発に動いておるということじゃ」
なるほど……話が本当だとすれば俺にも実は凄い才能が隠されてたってことか? マジで眉唾だけどな。
「ということで頼めんか。勿論転生したお主の行動を何か縛るといったことは特にない。お主の望むままに生きるとよい。じゃが魔物や魔族をできる限り倒してもらいたいという、ただそれだけのことなんじゃ」
「うーん、まぁ別に拒否する理由もありませんし……。僕としては全然いいですよ。むしろ転生させて貰えるというのなら願ったり叶ったりです」
本当なら死んでいたままだった。
しかしこういったチャンスをもらえた。
それはとても有り難いことだと思えた。
「そうか、そう言って貰えると助かる。それじゃあお主のセカンドライフを実現させよう。これより転生の儀を執り行うとする。まぁミッションなどと言ったが、必ず成功させなけらばならんというものでもない。お主でなくとも原住民共で解決できるであろう問題じゃからの」
「そうなんですか」
「儂は地球でピチピチの美女を眺めておった。その近くでたまたまお主がトラックに敷かれる姿を目撃してのう。その時少し気の毒に思ったんじゃ。それだけのことなんじゃよ」
俺の体が光に包まれていく中、神様は優しく微笑んでくれた。
あぁ、そうだったんだ。最初の一文がなければ物凄く感動していたかもしれない。本当にありがたいな。
「それでは達者でな。お主の健闘を祈っておるぞ――」
その言葉とともに俺の意識は闇へと呑まれた。
「うぅ……ああ」
俺は目を覚ました。
知らない場所。
今度は草原のど真ん中にいるようだった。
この感覚……つい最近経験したことがある。
空の次は草原ですか。
まぁ大自然バンザイって感じかな。
「転生したのか俺……」
立ち上がり、自分のボディチェックをしてみる。
姿形はたぶん地球にいたころと変わらない。特に違和感等もない。
服装は異世界風というか、旅人風の服に変わっていた。
丈夫でよく馴染む、動きやすい服装だと感じた。
「二度目の人生か……自覚はあんまり湧かないけど、これからはこの世界で生きていかなくちゃいけないんだ。まぁ不思議な感じだけど、あまり気負わずのんびりと生きていきたいな。それが俺にできる最大限のことだな」
不安を押しつぶすように長いひとりごとを呟く。
自分の声を聞くことでいくらか落ち着けるところもあった。
「さて、じゃあ早速移動しますか……ん?」
まさか適当な場所に転生させはしないだろう、近くに街くらいあるよなと思っていたところで、ガタゴトと騒音が聞こえたような気がした。
そちらの方を見てみると、一台の馬車が林から抜けて来る瞬間を捉えた。