氷の秘密。
俺は視線を奪われていた。
いや、視線だけじゃない。すでに心も奪われている。
「どうでしょう?お客様にピッタリのモノだと思うのですが?」
「…この子は一体…」
俺の目の前にいるのはおっさん……じゃなくて、銀髪ツインテールの美少女だった。恐らく歳は15.6。可愛さの中に美しさが同居する、異世界ヒロイン待ったなしの冷たい視線を持ったツンデレちゃんだ!
ツンデレかは知らんけど…
だが、俺の心を掴んだのは、その可憐さではない。
それは…
「見ての通り、脚が魔導具になっております。先天性の疾患で両足を失い、その手術費用の返済が滞った事による借金奴隷になります」
そう。見た目改造人間なのだ!
俺の少年心を彼女は鷲掴みにしていた。
うん。本人からしたらとんでもなく大変だった事だろうが、俺はそんな事知らんし。
「い、いくらですか!?」
俺は飛びついてしまった。
「42万…と言いたいところですが、いかんせんこの見た目です。利益はありませんが、30万ダレーで構いませんよ」
恐らく俺以外の人から見たら気味が悪いと言いたいのだろう。顔は可愛いし出るとこ出てるのに。
しかし!俺にはそんなもの些事だ!!いや、むしろそれがなければこんなにも心を揺さぶられてはいない!!
いつか必ず…その足から火を吹かせて飛ばしてみせる…鉄腕いや鉄脚ア○ムだ!!
「待っていてください。必ずや、お金を用意して見せます!!」
「はい。お客様ならそう言って頂けると思っておりました。遅れれば遅れるほど維持費用が嵩み、高くなりますことだけご了承ください」
…つまり売れる可能性は低いって事か。
よし!俺に新たな目的が出来たぞ!!
俺は気持ちを新たに奴隷商を後にした。
「あっ…名前も知らなければ会話もしてない…」
まぁいっか。
「ま、またですか?」
氷の視線では無くなった受付嬢さんだが、最近はドン引きしてばかりだ。
俺はあの日からすぐに沼地に通う日々を送っていた。
今日でもう一月は経つ。
所持金はとうに30万ダレーを超えているが、それだけでは暮らしていけない。稼げる時に、モチベーションが高い時に纏めて稼がないと、俺みたいな人種はすぐにダメになる。
受付嬢さんから受け取ったお金を持って、俺は満を持して奴隷商に向かって行った。
「必ず来られると思っていましたよ」
くっ…このおっさんには全てお見通しだって事か…
ええいっ!いでよ!白金貨三十枚!!
ジャラ。
俺は机の上に予定額の30万ダレーをぶち撒けた。
「確かに。一月の金額を上乗せしても?」
「はい。当然です。遊びではないので」
必要経費を求められるのは当たり前のことだ。むしろよく取っておいてくれた。
俺は気持ち多めに支払って、その時を待った。
「首輪ですが、こちらは魔導具になっております。効果は居場所がわかるというもの。もし紛失なされたら当館に来てその旨を伝えていただくと場所をお教え致します」
どうやら発信機と親機があるようだ。親機は持ち運べないらしく、ちゃんと国に登録してある奴隷商であれば、必ず設置してあるとのこと。
「このモノの名は主人であるクリス様がお決めになられたら良いでしょう。
歳は15と成人したばかりです。人頭税と入市税はモノでありますから無税になります。
他に聞きたい事はありますか?」
「いえ。大丈夫です」
何聞けばいいかなんて考えてもいなかったしな。
「名前はなんていうんだ?あるんだろう?」
この子も元々は普通に親がいて名前があったはずだ。
「………」
よし!無言系か!益々ロボット染みてきたな!!
「じゃあ、僕らはこれで」
「はい。何かありましたらお気軽にお声がけください」
俺と銀髪ツインテールロリ巨乳っ子サイボーグは、奴隷商を後にした。
名前決めないとな……なげーよ。
「ところで、服はそれだけか?」
宿に戻る途中、この子の装備を見てふと疑問に思う。
バトルスーツが必要だろっ!!
ちなみにこの銀髪っ子の服装はメイド服から白い部分を無くした感じだな。真っ黒ロングスカートのワンピース?語彙力…
コクンッ
「……声が出せないのか?」
「違う…」
待ってくれ。俺にこの子と意思の疎通を図るスキルはないぞ…?
「そ、そうか。とりあえず生活用品を買いにいこっか」
「………」
うん。俺はロボットを連れているんだ。そうだ。きっとそうなんだ。
ある程度、この子に必要なモノを買い揃えたので、宿へと向かっていると、悲鳴の様な声がこちらに向けられた。
「アリスッ!!?」
アリス…?そんな不思議な国の住人に知り合いはいませんけど…って…
「受付嬢さん?」
俺達に声を掛けてきたのはギルドで変顔をよくしていた受付嬢さんだった。
「お姉ちゃん!!」
「お姉ちゃん?」
この子こんなに大きな声出せたんだ…
俺が変な事に感心していると、受付嬢さんが汚いモノを見る目をして詰め寄ってきた。
流石にわかるぞ。この流れはあれだ!進○ゼミでやったところだ!!
「ク、クリスさん…妹を…アリスを買ったというのは本当ですか!?」
「すまん。なんとなく話の流れはわかるが、俺は無実だ」
とりあえず冤罪は回避するっ!!
お巡りさん私じゃないですっ!!出来心だったんです!!えっ
「…無実の意味はわかりませんが、妹を解放していただけませんか?もちろん対価は支払います。わた『無理』し…えっ?」
俺が一月も沼地に通ったのはサイボーグ少女を手に入れる為だぞ!!
「そ、そんな…アリスはまだ成人したばかりで……」
「この世界は厳しいんだわ。俺が苦しかった時に誰も手を差し伸べてくれなかったしなぁ」
そう。俺は何も元々おちゃらけている訳ではなかった。
こんな風にしないと、この世界は辛くて…苦しくて…立ち上がれなかったんだ。いや、まじで。
「ク、クリスさんは強いじゃないですか!ランクも先日上がりましたし、アリスを買うだけの財も持っています!
後生です!私が身代わりになりますから!アリスを解放してくださいっ…」
いや、姉妹愛は美しいよ?
でも俺が楽してるとか、才能に恵まれているって思っている人の言葉は俺には響かんなぁ。
俺みたいな不幸なモブは世に溢れかえっている。
世の中の全ての不幸を背負い込んだような雰囲気で生き残れるのは恵まれた主人公だけなんだよなぁ…
若しくは厨二病全開でそれがカッコいいと思っている奴か…
うん。そうなるくらいならおちゃらけているほうが人生楽しいから、このままでいいや。
「アリスだっけ?君はどう思っているんだ?お姉ちゃんばかり話してるけど、何かあるなら言ってあげな」
俺がそう伝えると、アリスは俯いてポツリポツリ話し出した。
「…お姉ちゃん。お姉ちゃんがこの人の奴隷になっても私はずっと奴隷だよ。働き口もないし、働いても奴隷だからお金貰えないし。
私は大丈夫。この人に他人には言えない様な事をされても、私、絶対負けないから…」
えっ。他人には言えない事?それって?
おじさんにちゃんと教えてくれないかな?げへへっ
キリッ
「クリスさん?まさかアリスにそんな人に言えない様な事を…!?」
「くっ…当たり前だ!その為に買ったのだからな!」
絶対に脚が胴体から分離して敵を薙ぎ倒してから戻ってくるように改造してやる!!ロケットキックだっ!
そして最終的には空を飛ぶんだ。
俺はアリスの背に乗り、世界を旅する。うん。少女を魔改造してその背に乗るなんて他人には言えないな。
久しぶりの氷の視線を浴びたが、俺は自分の意志を押し通した。
「そ、そんな…」
「お姉ちゃん。私はもう覚悟してるから」
やめろよ!俺は正規の手続きを経て、アリスの所有者になったんだぞ!?これじゃあまるで悪役じゃないかっ!!
それにしても目立つ…
この二人は美少女だし、どこからどう見ても俺が悪者にしか見えないこの構図…
「受付嬢さん。とりあえず宿に行こ?」
「くっ…妹だけじゃなく…私まで…でも断れない…」
何か勘違いしてるけど、そんな事よりも世間の噂の方が大切だ。
ここはリザードマンのお陰で金は稼げるし、街は綺麗で過ごしやすいから引っ越ししたくないんだよ。
俺は美人姉妹を連れて宿へと帰った。
宿の店主に『ひひっ。お盛んですね?』と言われたが無視した。
「そうか。ご両親を亡くして、手術代が払えなくなったのか…」
えっ?めっちゃ辛い境遇じゃん?
俺なんか能力はなかったけど、田舎に両親はちゃんといる。
田舎はホントに食うに困るような寒村だったけど、飛び出さなかったら今頃村の子と所帯を持っていた事だろう。
まぁ両親はクソだったから後悔はないけど。
俺はお腹は満たされる事はないけど、生きては行けた。
この子達はそれさえもままならなかったんだな。
「はい。ですがそれはもう良いんです。もっと辛い境遇の人も沢山いるので…」
うん。俺も辛い境遇だったよ?村では年下にも虐められていたからな!そりゃ毎日ボコボコのボコボコよ!
「二人の事はわかった。だけど、俺もアリスを手に入れる為にこの一月頑張ったんだ。それも死に物狂いで。それは知ってるよな?」
「…はい」
ん?アリスは何で俯いたんだ?
「お姉ちゃん!やっぱり私の事はもういいの!この人…ク、クリス様と頑張って生きていくわっ!」
えっ?急に前向き…どうした?お腹空いたか?
空腹は辛いからな!別に媚を売らなくてもちゃんとご飯は食べさせるぞ!
俺は人の空腹に敏感なんだわ。これまで生きてきてそれが一番嫌だったからな!!
「えっ!?そ、そんな…私は何の為に討伐者組合で…」
「ん?受付嬢さんがあそこで働いていたのはアリスの為か?」
「は、はい。討伐者は粗暴な人が多くて、受付嬢の成り手は少ないのです。その代わり給金は高くて、私はアリスを買い戻す為に………」
ほーん。
「ま。これで妹の事で縛られなくなったんだし、受付嬢さんは人生をやり直したらいい。
アリスの事は任せろとはいえないけど、飢えさせるような事は絶対にしないから、そこは安心して欲しい」
まぁ、改造したいけど、今のところ宛は全くない。とりあえず飢えさせない約束は守っていこう。俺も食べたいし。
ん?またアリスが俯いて……受付嬢さん。急にどうした?何でそんな優しい眼差しに…
「クリスさん…わかりました。そこまでアリスの事を想っていただけているのなら…」
「クリスさまぁ…」
この姉妹大丈夫か?変な薬やってないよな?
なんか知らんけど、もういいらしい。
元々俺の奴隷なんだから他人様に文句言われる筋合いは無いんだけどな!