spatial transition の魔法陣。
「何何〜……読めない…」
え、えす…spatial transition β?どういう意味でどんな発音なんだ…?βはベータ?
「わからん…けど、放っておくわけにはいくまい。怖いけど、多分大丈夫だろ。自分に害のある魔法陣って想像できないし」
トラップなら態々対象にキーワードを言わせるモノなんてないだろうしな。
「よし!試そう!英語の発音なら大体想像は出来るし」
俺は荷物を持って、青白い光の中に入っていった。
「すぅはぁ…『spatial transition β』あ。赤く」
俺はその言葉を残して、その場から消えた。
「なった……えっ?」
気付くと景色がガラリと変わっていた。
えっ?何があった?森は?
spatial transition α?あれ?魔法陣の最後が変わってる…
「何奴!?どこから現れた!?」
「はっ!!まさか…」
「不審者である!!騎士団よ!取り押さえよ!!」
「えっ!?」
青白い魔法陣の光でよく見えてなかったけど、周りにたくさん人がいる!
それも俺とは無縁な高貴な人達が着る、煌びやかな服を着ている。…まさか?
「待て!」
動揺の最中、周りを止める声を発する人が……
他の貴族(?)みたいな人達よりも一際豪華な服を着てるね?
もしかしなくとももしかして?
「待たれよ!陛下。いかが致しましたか!?」
陛下って言っちゃったよ。
俺、ここから帰ったら結婚するんだ。相手はまだいないけど。
「王家に代々伝わる言い伝えがある。その中に・・・・」
俺が一人でフラグを立てている中、陛下と呼ばれた人が何だかありきたりな話をしている。
どうもこの玉座の間に突然人が現れると、その人物が国を救う英雄という、ありきたりな転移物語のようだ。
いいのか俺で?英雄どころか、街ではオーガ扱いだぞ?
「余はメイオール王国国王ダニエル・テドール・メイオールである。英雄の名を聞かせて欲しい」
ルが多いな。そういう縛りでもあんのか?
もちろん俺に拒否権などはなく。
「spatial transition α(空間転移α)」
俺はトンズラした。
「やべえな。オラお尋ね者になっちまっただ」
つい田舎言葉が出てしまうくらい、俺は動揺している。
まさか目的地に着いてしまうとはな……目的地も目的地、ど真ん中過ぎるわっ!!
「とりあえず王都行きは無しだな。顔を少し見られたくらいだから問題ないとは思うけど……念には念を、出来るなら国を出たいな…」
どうしてこうなった…
「嘆いていても仕方ないし、この場所と魔法陣の内容を覚えておこう。
spatial transition…恐らく転移系の意味だろうな。この単語はこれから要注意だな」
追って来られるとは思えないが、もしこの魔法陣が王家御用達だとまずいから、すぐにこの場を発った。
「うーーーーん」
森を歩きながら考え事なう。
「おかしいよな。やっぱりおかしいよな…」
俺の頭?
ちゃうちゃう!!
「多分城だったんだよな?それも人が大勢いる。じゃあ何で魔法陣の存在が知れ渡っていないんだ?」
あれだけ青白く光っていて、誰も興味を示さないなんて事があるのか?
……いや、ないな。どの世界でもどんな環境でも、おかしな研究者は存在するモノだし。
特に興味のない俺ですら魔法陣の存在を知って、使用までしてるしな。
「つまり、俺にしか見えない……」
消去法だけど、それしかないよな?
「もしくは俺にしか使用出来ない…」
英語表記だからその可能性もあるか。
だけど、それなら魔法陣の存在が認識…周知されていないのはおかしいもんな。
「魔法陣は、何かの条件を満たした人にしか見えなくて、英語の知識が多少なりともないと使えない」
これが一番しっくりくるな。
まず俺が特別だとは全く思えない境遇だし。
「今更主人公でもないしなぁ…腹が減って雑草食う主人公なんていないだろ…これがホントの草食系主人公ってか?!」
つまり俺の能力とかではなく、偶々が重なって俺だけが使えるって事だろう。
「何でも良い。異世界を漸く満喫出来るんだ!それに目的も出来たしな!」
そう!一番は他にも魔法陣があった事だ!
こうなったら全ての魔法陣を見つける他ない!
「まぁ…する事が他にないとも言うがな…」
テンションを乱高下させながら、道なき道を歩いた。
「おぉ…街だ。やっと着いた…どこか知らんけど」
時に対岸が見えないような大河を渡り、時に山頂が雲に隠れて見えないような山を越えて、俺は遂に辿り着いた。
「人だぁぁあっ!!」
寂しかったんだ…
する事もなく、ただ真っ直ぐ東に歩くだけ。
その内大陸の端について絶望するんじゃないかと思っていた矢先。
遂にこれまでで一番発展していそうな街が姿を現した。
「あそこが門かな?」
魔物避けの為だろう。ここにもかなり高い外壁があった。恐らく10m以上はあるそれはぐるりと街を囲んでいた。
その外壁に外から並んでいる短い列が、今いる場所からも確認できた。
「とりあえず最後尾に並んでみよう」
馬車も何台か並んでいるけど、俺みたいな旅人の姿もある。
その列に近づき、俺は最後尾にならんだ。
「次!」
鎧を着た男が、俺の前に並んでいる人を呼んだ。恐らく衛兵や門番と呼ばれる人だろう。
前の街でも門番はいたけど、魔物の襲撃に備えたモノで、ここみたいに人の出入りはチェックしてなかった。
ん?お金いるのかよ…入市税ってやつか?
俺の前に並んでいた男性は兵士に銅貨を何枚か渡していた。
良かった…貨幣は同じ様だな。そもそも違う国なのか、同じ国なのかもわからんけど。
その後、兵士に金を渡して俺は街へと入って行った。
「討伐者組合?それならそこの角を右に曲がった突き当たりだよ」
俺がこの街に着いたのは早朝だった。店はまだ空いていなく、討伐者組合の場所を聞くために朝市が開かれている場所に来て、果物を買うついでに聞いたんだ。
「ありがとう。…これこのまま食えるよな?」
「当たり前だろう?メロンはそのまま食うもんだよ」
見た事もない果物だった為、恥を惜しんで店主に聞いたけど…メロンって…どう見ても刺々しいナスにしか見えん…
「美味っ!?」
人と食べ物は見た目で判断したらダメだな!
刺々しいナスにかぶりつきながら、俺は聞いた場所に向かう。
「全部で3,650ダレーになります。お確かめください」
ギルドに着いて、道中狩った魔物の魔石を納品してその金を受け取っている所だ。
「ありがとう。この街が初めてだから聞きたいんだけど…いいかな?」
「…手短でお願いします」
受付嬢は可愛らしい顔を嫌そうに歪めたが、どうやら答えてはくれるようだ。
その目は、ある界隈ではご褒美になるぞ!!
「入市税ってどこも取るのか?」
「?街の出入りが多い討伐者は無税ですよ。まさか払ったのですか?」
「はぃ…」
冷たい視線からアホな子を見る視線に格上げされた。
それはご褒美ではないぞ?
「後…」
「まだあるのですか?」
「…安い宿があれば」
「そこを右に出て真っ直ぐ・・・・」
この受付嬢怖い……
なけなしの勇気を振り絞り、何とか宿の場所を聞いた俺は、まだ日が高い為、ギルドの掲示板の前に移動した。
ゴブリン…50ダレー。
どこにでもいるな。Gか?お前はこの世界のGなのか?
ん?
リザードマン…400ダレー、逆鱗一枚200ダレーで買取。
「これいいな。…問題はリザードマンがいる場所を聞く相手だ」
他の受付嬢は接客中。空いているのは例の冷たい視線の受付嬢のみ。
俺にとってはご褒美じゃないんだよなぁ…
話しかけた瞬間、まるでGを見るような目をこちらに向けてきた。
氷の受付嬢と心の中で呼ぼう…
「なんだ。意外に近いじゃん」
受付嬢の話では、歩いて片道三時間の距離にある沼地にリザードマンがいると言っていた。
歩くのはもうお腹いっぱいだった俺は走った。
着いたのは街を出て十五分後くらいだった。
「リザードマン…全身が緑の鱗で覆われた、二足歩行の爬虫類。首の下に逆鱗があり、逆鱗は硬い為、他の箇所を攻撃するのが望ましい…と」
氷の受付嬢さんから貰ったリザードマンの特徴が書かれた紙を読んでみた。
「すまん…貴女は太陽の受付嬢に格上げだ」
俺の掌はクルックルッだからなっ!