借りたモノは返す。これ当たり前な?
「確かに受け取った」
オーク三体を納品したお金を受け取ると、所持金が1万ダレーを超えた。
借金はキリ良く白金貨一枚。なんか胡散臭い金額だけど、自分のせいだから強くは言えないんだよな…
そんなこんなで、借金の返済を以前の討伐者組合の職員に伝え、金を払ったところだ。
「これが借用書だ。それにしても聞いているぞ?」
「まいど。ん?何をだ?」
俺が借用書を受け取ると男は会話を続けてきた。俺としては美人の受付嬢さんとならいくらでも会話したいところだが、相手はおっさん。
三年も人と会話していなかったから断ることも出来ずに、話を聞く事にした。
元々会話スキルも低いけど…
「オークを担いで納品したってな。そんなクリスに朗報がある。実力が確かなようだからそのプレートを変更しないか?」
来たっ!これは有望な討伐者にギルドから『強いな!特別にランクアップしないか?』のテンプレだ!
「だが断るっ!」
「えっ?」
・
・
・
「えっ?」
いや、二回言っても同じだぞ?
「えっ?正気か?実績を積まなくてもランクアップ出来るんだぞ?」
「知ってるよ。別に今のままでも困らないからな。それに指名依頼とか面倒だし」
俺は食えたらいいんだ。
いえ。嘘です。
本当は変な噂が蔓延しているであろうダンデュールとはさっさとおさらばしたいだけです。
「その内勝手に上がるだろ?」
「それはそうだが…」
俺たちが話しているのは討伐者のランク制度に関してのことだ。
ランクはルーキー(鉄)から始まり、銅、銀、金、キング(白金)と呼ばれるランクまである。
ギルドは俺に恩を売っておいて良いように使いたいだけだろうしな。
恐らくだけど、このままのペースで行けば、ひと月もしない間に勝手に上がるだろうし。
「組合長の許可なくそんな話をしたら、おっさんも困るだろ?俺も別に拘りなんてないしな」
「おっさん…一応このダンデュールの討伐者組合のギルドマスターだ」
「……えっ?」
テンプレってそこまでがテンプレなの?!
ずっとモブだったからわかんないじゃん!言ってよっ!
「そ、そうなんだす?」
だすってなんだよ…
「まぁ…無理強いするものではないが…」
「うん。俺はいいよ。地道にやってるから」
「地道…?アレが…?」
おっさんが遠くを見つめて俺の言葉を否定してくるが、俺からしたら地道なんだよっ!
他に方法があるなら教えろよなっ!
もう借金ないからいいけど。
おっさんに挨拶をして、俺はギルドを後にした。
「ふぅ。清々しいぜっ!借金がないってサイコーッ!!」
「ママァ。変な人がいるよ?」「見ちゃダメっ!馬鹿がうつるでしょっ!」
…馬鹿は移らないと思いますよ?知らんけど。
うん。街中での独り言は危険だ。もう変な噂だらけでどうでもいいけど。
俺が噂に気付いたのはギルド内での事だ。
オークの換金待ちをしていると、人が少ない時間帯だった為、人の会話が聞こえた。
『聞いた!?あそこの人ってオーガらしいわよっ!』
『私はオークを素手で倒したって聞いたわっ!』
『近寄ると妊娠させられるとも聞いたわっ!』
『皆さん。討伐者は私達の仲間ですよ。噂話はやめましょう』
最後の言葉はいつもの受付嬢さんだ。
他の職員にはどうやらヤバいやつだと思われているらしい…
「俺にこの環境に耐えられるメンタルはないっ!!」
と、いうことで引っ越す事に決めた。
引っ越しと言っても、俺には仲間もいなきゃ家もない。ただ違う街へと移動するだけだ。
借金返済後の財布の中身は…1,240ダリー。
前の持ち物も返却されたし、いる物を揃えたらこの街から出ることにしたんだ。
「いらっしゃい。何が欲しい?」
とりあえず旅のモノと言えば雑貨屋だろう。
胡散臭そうな顔をした店主が、カモに話しかけてきた。
「旅に必要なモノを揃えたいんだけど」
「それならそこのセットがお買い得だぞ。初心者用の安い物から、高ランクの討伐者用の物まで揃っている。
お客さんは見たところ初心者じゃなさそうだ。
この中級者用がいいんじゃないか?」
すまん。全然親切なおっさんだったわ。
人を見かけで判断しちゃダメ!
「うーん。手持ちがそんなにないんだよな。1,000ダリーにまけられないか?」
「これでも格安なんだ。その鞄に売れる物は入ってないか?これでも買取もしているからその値段まで買い取るぞ?」
「ロクなモノが入っていないんだよ…あ。この鞄を買い取れないか?」
そのセットは革袋までついているから、この鞄が一番の不用品だ。
「見せてみろ」
おっさんの言葉に俺は鞄を渡した。
「これは良い品だな。しっかりとした革に留め具も壊れていない。買取なら1500ダリー出すぞ。しかし、良いのか?買うなら3000ダリー以上は確実にするぞ?」
えっ?この汚い鞄そんなにすんの!?
家にあったから持ってきただけなのに…
「頼むわ」
え?思い出の品じゃないのかって?
納屋で埃かぶっていた鞄に思い入れがあるとでも?
「良いのか?…わかった。1200ダリーのセット代を差し引いて、300ダリーだ」
「ありがとう。買い物に来て金が増えるのは不思議だけど…助かったよ」
見た目は胡散臭かったけど、良心的な店主の店を出た俺は、宿に挨拶に向かった。
あ…鞄に下着入れたままだ。まぁいっか。どうせ汚いし。
「そうですか。またのご利用をお待ちしています」
……なんかもうちょっと、あるだろ?
宿で特に何もなかったので、街の外を目指した。こう見えて一応行くアテはある。
「やっぱり目立つな…」
俺がやって来たのは青白く輝く森の一角。
そう。俺の人生を変えてくれた魔法陣がある所だ。
「夜に来れば迷わないと思ったけど、予想通りだったな」
この場所は、大体の方角しかわからなかった俺でも辿り着けるくらいに輝いていた。
森に入って一時間くらいで見つけられたからな。
「さて。ここでなら食費も宿代も掛からずに野営の練習が出来る。
ソロキャンパーに俺はなるっ!!」
意気込みも新たに、俺は次の目標に向かった。
「よし。テントの設営と火起こしを完璧に熟せるようになったぞ!」
あれから一月。俺はキャンプを極めた。
別に趣味とかじゃないぞ?自慢じゃないが、俺は何も出来ないからな!
この世界のテントは少し難しい。
何せ大きな革があるだけなのだから。
骨組みなんてない。自分で骨組みになりそうな木を見つけて、少し加工しなければテントとして使えなかったんだ。
もう一つは火起こしだ。
この世界では魔法や魔導具で火を起こす事が一般的だが、俺に魔導具を買う金などない。
俺が取り組んだのは原始的な火起こしだ。そう。例のアレである。
細かい繊維状の木屑を作り、木を擦り合わせて作った火種をそれに使い着火させる。
今では一分ほどで火を起こせる様になったし、テントの設営と石などを使った窯の準備を合わせても、十分くらいで出来るプロキャンパーに俺はなっていた。
「目指すは南にある王都。プロキャンパーの次はハーレム王だぜっ!!いや、その前に討伐で金を稼がないとな。目指せ大金持ち!!」
俺は期待に胸を膨らませて『リカバリー』の魔法陣がある森から出立した。
目指すは王都。
「……ここはどこだ?」
見渡す限りの森。太陽の位置から間違いなく南下しているんだけど、もう三日は森を彷徨い歩いている。
食べ物は途中で見つけた魔物や動物を仕留めてどうにかなっているけど……そろそろ街道なりに出てもいいだろ?
「また迷子かよ…」
溜息と共に声が漏れるが、それは青白い光ですっ飛んでいった。
「魔法陣だ…まさか元の場所に!?いや、ここには小川はないから、それはないな」
一瞬知らぬ間にぐるっと回って元の場所に戻ったかと思ったけど、どうやら違う場所の様だ。
「魔法陣に書いてある文字も違うしな」
人生二度目の魔法陣は俺に何を齎してくれるんだ?