クリス、借金を返済する!
「えっ!?借金…?」
街に帰ってきた俺は、まず討伐者組合にゴブリンの魔石を買い取ってもらうために訪れていた。
そこで名前を告げて、身分証(無くした討伐者プレート)を再発行してもらおうとしたら、すでに死亡扱いだった。
まぁ、三年だからな…仕方ない。
問題はその先にあった。
「ああ。お前、宿を借りていただろ?そこに荷物を預けていなかったか?」
「預けていたが…」
「荷物の預かり料が三年間だ。払えるか?」
「無理だ…捨ててくれ」
まぁ、大したモノはない。
ゴブリンを簡単に狩れるようになった俺にとっては、安いものさ!
「そうもいかん。貴重なモノでも有れば別だが、宿の者が言うにはゴミらしい」
ゴミって…俺の思い出の品だぞ!?
パンツくらいしか思い出せないけど。
「つまり…?」
「お前がクリスなら、預かり料の返済義務が発生する」
くっ…どうせ友達なんていないんだ。偽名使えば良かった…無理だけど。
異世界不思議パワーで、プレートは誤魔化せない。
「本人が生きていたなら、一先ずギルドが宿に返済する。そして、クリスはギルドの借金奴隷になる。それが嫌なら、十日以内に返済しろ。
わかったか?」
「…はぃ」
何がゴブリン無双して大金持ちだよ!
そもそもゴブリンは最弱の魔物。いくら倒しても大した金にはならねーんだよ!
俺は溜め息を零しながら、魔石を換金した。
「はぁ…明日からなんとかしないとな…」
ギルドへの借金は、国中…いや、話が本当なら大陸中のお尋ね者になる。
討伐者組合はここダンデュールの街があるメイオール王国以外にも、大陸中に存在している。
そんな討伐者組合の借金を踏み倒す事は出来ない。向こうからしたら少額であってもメンツが掛かっているからな。
「白金貨なんて、見たこともねーよ…」
初めての金貨という単位が、借金による物になるとは…
ちなみに銭貨一枚が一『ダレー』という。白金貨は10,000ダレーで、前世の感覚だと10万円ほど。
俺みたいな底辺だと、一泊500円くらいの雑魚寝宿に泊まるから半年は暮らせる。食事はもっぱら野草や木の実を食べることになるけど。
金貨すら持ったことないのにいきなり白金貨の借金が出来てしまった。
「考えても仕方ないから、とりあえず寝よ…」
雑魚寝のいつもの宿に泊まった俺は、帰還初日という事もあり、50ダレーもする食事を頂いた後、眠りについた。
「いま持っているのが…150ダレーか」
ゴブリンの魔石一個につき、買取額は50ダレー。俺が倒したゴブリンは五体で、250ダレー。
宿代の50ダレーと飯代の50ダレーを引いて残ったのが所持金だ。
「必要なのが一万ダリー。…ゴブリン換算で二百体。無理じゃね?」
そりゃいつかは貯まるだろうさ。でも十日で200体。しかもその間の生活費もいる。
「やっぱり森暮らしっていいよね…」
金が掛からないって最高だね!食事も必要ないし。
「いかん!現実逃避しても解決せん!」
そんな悩んでいた俺の耳が驚愕の事実を拾った。
「おい。アイツやべーな」
「独り言のレベルじゃねーぞ?」
コソコソ
うん。森暮らしの癖で独り言がデカくなっていたようだ…
出よう…
俺は仕方なく宿を後にした。
そんな俺が行くところと言えば、一つしかない。
「こんにちは。ご用件は?」
「こんにちは。…金になる依頼ってないかな?」
討伐者組合だ。
先ずは金を稼がねば。いざとなったら森で仙人のように暮らすしかないが、それは最終手段だ!
若い…といっても今の俺とそう歳も変わらない美人な受付さんに、恥を惜しんで聞いた。
「…もう少し具体的な事がわからないと、依頼の斡旋は出来ません」
「そうだよな…九日で白金貨一枚…いや、二枚稼げる依頼ならなんでもいいんだけど」
生活費やその後の事も考えると倍は欲しい。
俺の欲張りな要望に、美人の受付嬢はしっかりと考えてくれている。
美人は性格も良いんだな…そんな事を俺が考えていると、纏まったのか受付嬢が話しかけてきた。
「一先ずプレートを見せて頂けますか?」
「ああ…悪い。これだ」
「えっ!?ルーキー!?」
そう。俺はこの歳でまだルーキーなんだ!
成人が15の世界で18でのルーキーは出遅れもいいところだぜ!
「まずいか?」
「そうですね…実績の無いものに高額の依頼はありません。すみませんが、力になれません」
美人で真面目?な受付嬢は申し訳なさそうにする。
すまん!全部ゴブリンが強いのがいけないんだ!
俺が弱すぎた?
忘れてくれ。
「そ、そうか…ルーキーでも受けれる依頼は…」
尚を言い募る俺に、受付嬢はそっと指を指ししめした。
そこにあるのは討伐目標が書かれた掲示板。
つまり依頼ではなく、適当に狩ってもギルドが買い取ってくれるやつってこと。
俺は掲示板の前に移動した。
「ゴブリン…50ダレー。ホーンラビット…50ダレー。オーク…100ダレー、肉は重さでの買取ね…」
魔石以外にも使えるモノは買い取ってくれるのはいいんだけど…オーク肉って一人で持ち運んでもしれてるよな?
「魔物と出会えるかもわからんし、ゴブリンとは戦った事があったからいけたけど…他は未知数だから怖いな…」
俺の強さは対ゴブリンに対してだけだ!弱者には強く!強者には媚びへつらう!
「とりあえず街の近くをぶらつくか…」
ここにいても一銭にもならんからな。
俺は外壁の外を目指した。
「あれは…オークだよな?」
森の中をゴブリンを倒しながら進む事一時間。
初めて見る魔物に出会した。
「100ダレー…単純に考えれば、ゴブリンニ体分の強さ。…余裕じゃねーかっ!」
ビビりまくっていたけど、よく考えれば楽勝だろ!
俺は100ダレーに嬉々として襲いかかった。
「弱すぎだろ…何だよ挨拶代わりのビンタで首が捥げるって…」
熊サイズの二足歩行の豚であるオークを、ビンタ一撃で倒した俺は、何の感慨もなくその死体を見つめていた。
「解体の仕方がわかんねーからこのまま持っていくか。どうせなら魔石もそのままでいいな」
解体をギルドに頼むなら魔石もその時に取ってもらおう。
そう考えて、俺はオークを担いでギルドへと向かう事にした。
「ん?なんか軽いな…まさかお前中身が少ないのか!?」
まるで発泡スチロールのような軽さに驚いたが、文句を言っても仕方ない。
俺はきた道を戻っていく。
「なんか人に見られてる…」
街に戻った俺は好奇の視線に晒されていた。
確かに魔物を担いで納品している人を俺も見た事がない。
もしかしたらオーク肉が安すぎて誰もこんな面倒な事をしないだけなんじゃ…
「…ここまできたなら一緒だな。一ダレーも無駄に出来ないし」
街に入れば討伐者組合はすぐそこだ。
借金持ちの俺に無駄は許されない。
恥を忍んでギルドへとむかった。
「……」
俺の前には無言の受付嬢が。
「買い取ってくれるよな…?」
ここまで来て買い取らないと言われたら、俺は森に引き篭もるぞ!
「は、はい。ここでは受け取らないので、こちらに…」
どうやら買取は別の窓口のようだ。
なにせ俺はルーキー。何も知らないのは恥ではない!
受付嬢に案内されたのはギルドの裏。
そこにある小さな建物に受付嬢は入る。すぐに他の職員?を伴って出てきた。
「おぉ…本当に丸々一体だ…」
出てきたのは知らないおっさん。
おっさんはなんだか感動しているが、早くして欲しい。
今もチラチラとこちらに視線が集まってんだよっ!
「これが買取札です。これを持ってギルド内でお待ちください」
「ありがとう。世話になった」
受付嬢にお礼を伝えて、俺はギルドの片隅でその時を待った。
「7番でお待ちの方。お待たせしました」
俺の手元にある割符には7と書かれてある。
受付に行き、割符を渡すと説明があった。
「先ずオークの魔石の100ダレーになります。そして取れたオーク肉の重さが一キロ当たり10ダレーで100キロでしたので2,000ダレーになります」
ふーん。一キロ10ダレーって事は100円か。前世では豚肉がスーパーで100g200円で売られていた事を考えると、買取とは言え激安だな…まぁ育てたわけじゃないから……えっ!?
「に、二千ダレー?」
「はい。持ち運ぶ労力からすれば僅かですが…解体料を差し引くと1500ダレーに…すみません」
いやいやいや!1,500ダレーでもいいっす!
「いや、文句がある訳じゃないんだ。初めての素材買取で知らなくて…あ。また買い取って貰えるのかな?」
「も、もちろんです!オーク肉は安くて美味しいのが売りなので、いくらでも買取ります!…値上げは難しいですが・・」
「気にしないで。運が良ければまた夕方にでも持ってくるよ」
真面目なのか、受付嬢さんは終始申し訳なさそうにしていたが…
借金返済の希望が見えた俺は反対の気持ちだけど、そんな事をどうにかするほど心に余裕がなかった。
まだ昼過ぎ。
俺は2匹目のドジョウを狙って森を彷徨い歩いた。
「ふぅ。全く疲れていないけど、精神的に疲れるな」
いつもの宿へと戻ってきた俺は、初めて持つ大金にビビっていた。
と、盗られないよな!?
あまり独り言を言っていると、雑魚寝のメンバーに不審がられる。
俺はコッソリと布袋の中身を数えた。
あれから倒した魔物は、ゴブリンが八体。ホーンラビットが二体。
そして念願のオークが二体!
宿代と飯代を引いた今の所持金は4,500ダレーであった。
「明日朝から頑張れば…もしかしたら…」
俺はまだ見ぬドジョウに想いを馳せて、眠りについた。
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「おい…アイツだろ?」
夜中クリスが寝た後、コソコソと会話が行われていた。
「オークを担いでいたって?ホントかよ…」
「俺は実際に見たぞ。しかも二体も同時に…」
「マジかよ!ならアイツ金もってんじゃん!今なら…」
「やめておけ。お前はそんなバケモノに追いかけ回されたいのか?」
「「「……」」」
「俺は首無しオークみたいにはなりたくはない。やるなら俺がいない時にしろよ」
「ば、馬鹿言うなよ。俺は真面目な討伐者だぞ?」
「そ、そうそう!強き者に媚びへつらう弱者様だぞ!」
クリスの安眠は自然と保たれた。
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「ふぅ。三体は持ちづらいな…だが…これで…」
俺は森から街を目指していた。
幸運な事に、俺は集団になっているオークに遭遇する事が出来たのだっ!
「始めは四体だったけどな…」
一体はミンチになってしまった。
魔物との集団戦が初めてだった俺は、相変わらずの慎重さ(ビビり)が出てしまって、始めに攻撃したオークをミンチへと変えてしまっていた。
もちろん落胆したさ…
その後悔から、他の三体は慎重に倒したぜ?
どうやってかって?
俺の俊足を活かして鈍重なオークの背後に回って首を捻ったのさ。
あれ…俺ってレスラーだったっけ?
両肩にオーク。蔦で作ったロープを身体に括り、最後の一体をタイヤのように引き摺って街まで帰っていく。
街ではこれまでで一番の好奇の視線に晒された。