recovery(回復)の魔法陣。
………。
「…なんも起きねーじゃん」
小心者の俺が、意を決して飛び込んだ光の中。
確かにブルーライトに照らされているのだけど、本当にただそれだけだった。
「…何が足りないんだ?」
足りない頭で考察してみることにした。
空腹と恐怖から逃れる為に、別の事を考えるには打ってつけだったし。
・
・
「あっ…!怪我、か…?いや、そうだよな。これは『recovery』なんだし。でも自傷行為はなぁ…」
というか、痛いのは嫌。
「でも、これで傷が治れば、魔物に襲われても死なないかも…」
何度もチャレンジ出来れば、俺でも魔物(弱い)を倒せるかもしれないっ!
夢にまで見た異世界無双が出来る可能性は無きにしも非ず。
「とりあえずこのナイフで指先を……」
うん。汚い。
その後ナイフをめちゃくちゃ…洗った。
「よし。剣先でチクッとな…イテッ」
ツー。
俺の可愛い人差し指の先から、真っ赤な血が垂れてきた。
「よし。後は魔法陣に入って…と」
またも青白い光に包まれるが、指先のチクチクした痛みは引かない。
「あれ?『リカバリー』ってそういう…うえっ!?」
俺がそのキーワードを口にすると、魔法陣が赤く光った。
急な出来事にしっかりとビビった俺は、魔法陣から急いで離れた。
「い、生きてる…よな?」
俺がその場を離れると魔法陣は先程までと変わらぬ青白い光を放っていた。
「ん?血が止まってる……時間が経って乾いたか?」
この程度の傷だと治ったのかどうかわかんねーな…
その後。体調に変化がない事を確認して、再度魔法陣の実験を行ってみた。
「治ったな。間違いない。これは『recovery』の魔法陣だ」
どうやら完治すると、自然と赤から青白い元の発光色に戻るようだ。
「でも…」
そう。よくよく考えてみた。
「これでどうやって強くなるんだよ…」
回復出来るのもここ限定。もしかしたら他のところにもあるのかもしれないけど、それなら誰かに見つかっているだろうし、仮にあってもそれは未踏の場所。
そんな使い勝手の悪いところでどうやって強くなるのか…
「とりあえず、4回程試したけど、魔力にも影響はなさそうだし、回数は気にしなくてもいい…か?」
辺りはすでに真っ暗闇に包まれている。
この魔法陣のもう一つの利点である明るさに助けられてはいるが、もうそろそろ活動限界だな。
「一先ず寝よう…起きたら魔物の胃袋の中って事だけにはならないように…」
うん。俺にはサバイバルの知識も、魔物に対する知識も少ない。
いるかわからない神頼みをして、その日はしっかりと………
「えっ!?全く眠くないんだけどっ!?なんで!?」
俺の転生してからの生活は、嘘でもいいモノではなかった。その生活の中で身につけた一つの技能は、何処でもすぐに寝られるというもの。
俺の数少ない特技が通用しないだと…?
「…馬鹿な俺でも流石に気付いたぞ。お前のせいだなっ!!?」
俺は指をビシッと差した。
魔法陣に向かって。
「リカバリーって体力や疲れも取るんだな…お前、前世で使わせてくれよ…」
前世の仕事はもっぱらデスクワークだった。と思う。
長い時には二十時間座りっぱなしになることもあり、腰痛や眼精疲労には悩まされてきた。と思う。
コイツが前世で使えたら、俺は社畜リーダーとして、社内の英雄になれた事だろう。
そんなアホな事を考えていた俺に、天啓が舞い降りてきた。
「!!これって…いや、そうだよな?…もしかして最強になれる?」
この世界に生まれ落ちてこの方、常に底辺を彷徨い歩き続けてきた俺に、漸く主人公になれる道筋が見えた。
「くくくっ…俺はしつこいぜ?なんせ前世では過労死するまで働き続けていたのだからな!!」
よくわからん深夜テンションで、これまたよくわからん自信を漲らせた俺は、行動を開始した。
「ぜぇ…はぁ…し、死ぬ…」
「やっと続けて百回出来た…」
「あれ?俺ってもしかして強いんじゃ?…いやいや、まだまだだ!異世界舐めたらダメ!絶対!」
「そういや、2年くらい飯食ってないけど…今更だよな」
「ナイフでは傷が付けられなくなって早半年。偶々落ちてたこの骨でも傷が付けられなくなったな…」
「ひ、人と会話したい…肉体は元気でも精神的なモノが…」
「ブツブツブツ……いかん!またおかしくなってる!」
どうやらここまでのようだな。
俺は凡そ三年に及ぶ超回復修行の終わりを迎えた。
疲労も回復するなら、無限に修行出来るのでは?と、気付いた俺は、社畜で培った集中力を駆使して、三年間無心で修行を行った。
やったことは単純で、先ずは腕立て伏せや腹筋、スクワット、反復横跳びなどの筋トレだ。
腕立てなら続けて千回など、なんとなくの目標を立ててやったけど、割とすぐに出来る様になったと思う。
自重を使った筋トレはすぐにカンストしてしまい、その次を新たに求めた。
少し特殊なモノは、身体を傷つけるというもの。
皮膚は使えば硬くなる。マメとかが潰れて治れば硬くなる。そう考えた俺は、持っていたナイフで自傷行為のオンパレードを行った。
リスカ女子も真っ青な病み具合だったぜ…
それもすぐにナイフが折れた事により終わりを迎えて、近くで偶々拾って保管していた何かの骨?のような先端が尖っているモノを使っての自傷行為が始まる。
自重トレーニングが出来なくなった後は、森の木を引っこ抜くトレーニングに変わった。
もちろん直ぐには無理だったけど、いつしか木を引っこ抜く事に成功した。
次は小川に転がっている石を真上に投げるトレーニングが始まる。
初めは中々真上に投げられず、何処かに行ってしまっていたが、その内慣れて、俺の上に石や岩が降ってくる事になった。
その石や岩を避けて遊んで…修行していたんだけど、その内目を瞑っていても避けられるようになった。
だって当たると痛いんだもん…
お陰様で今では50cmくらいの岩を200mほど真上から落とされてもビクともしなくなったけど。
「くくくっ。これで俺はゴブリンに仕返しする事が出来るっ!見よっ!このパワーを!」
バギッ!
ズザザザーーーン
近くの大木を蹴ると、大木は周りの木を薙ぎ倒しながら粉砕された。
「この速さをっ!」
シュンッ
シュタッ!
うん。自分だと自分の速さなんてわかんないよね。
俺の手には空を飛んでいた小鳥が。
「お腹空いてないから見逃してやろう」
バサササッ
というか、火がないから生で食うしかない。
流石の俺もそれは無理だ。極限状態ならわからんけど。
「さて。環境破壊もこれくらいにして、ゴブリンを倒しに行くとするか」
俺はゴブリンを心底恨んでいた。
この三年間を乗り越えられたのも、別に最強を目指していたからではない。
こんな事でそこまで強くなれるわけないし…わかってんだよ。
「お前を倒す為に、俺は地獄から舞い戻ってきたぞぉーっ!」
八つ当たり?
知ってるよ。
だって他にモチベーションないじゃん?
後、強い魔物は怖いし…
もはや三年迷子の俺に怖いモノはない。
方角は何となくだ!どうせ迷子だしな!
無敵の人万歳っ!
森を彷徨う事、一時間。太陽は真上に位置している。
「…腹減ったな。そういえば、あの魔法陣のお陰で空腹にならなかったんだ…気づくの遅いんだよ…」
何故かわかんないけど、『リカバリー』の魔法陣を使うと、空腹とも無縁だった。
そのお陰で三年間生きてこられたのに、すっかり忘れていた。
「食事ってなんだっけ?」
もはや哲学だろう。
俺も何言ってっか、自分で自分がわかりません。
ガサッ
ビクッ!
「ぴっ!?」
久しぶりの自分が立てた音以外の音に『ぴっ』って悲鳴が出てしまった…良かった。誰もいなくて…。
「キッキッ?」
「ゴブリン!?テメェッ!ビビらせやがって!」
バギッ
俺の音速を超える拳にゴブリンは首が胴体と泣き別れる。
「どんなもんだいっ!」
てやんでぇーばーろー!
心の江戸っ子が出たところで現実に戻ってきた。
「しまった…三年越しの恨みが…一瞬で…」
ま、まぁ。奴はゴブリン界で最弱の存在なんだろう。これからだよ!これから!
「あっ!魔石!」
思い出した!俺は討伐者じゃん!
魔石取らなきゃ!
その内街に辿り着けたら、お金必要だしね!
俺が元々着ている麻の服は何故か知らんけど、新品同様だからいいけど。もしかしたら『リカバリー』で服も治ったのかも。ナイフは折れたままだったから捨てたけど。
魔石を素手で剥ぎ取った後、再び森の中を彷徨った。
日が傾いてきた頃、漸く森から抜け出す事が出来た。
「あれって…街じゃん!!」
なんと俺は意外にも街の近くで三年もサバイバルをしていた!
サバイバルっていうか、ただの家なき子だけど…
サバイバルっていうほうが、かっこいいじゃん?
遂に俺が帰還したぞ!
みんな待たせたな!!
「クリス?ああ。行方不明で死亡扱いだな」
討伐者組合では、死んだ事になっていた。
ワン○ンマン…え。
注意:作者はワンパ○マン知りません。