表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TUONI ~闇を被った死神~  作者: 穀潰之熊
At Doom's Gate

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/214

45

2021年5月29日21:06 永葉県大桑村大桑研修センター


 少年はアスファルトに背を預け、瞼を閉ざしていた。

 彼曰くしばらく休むとは言っていたので、眠っているのだろう。


───でも、本当に寝てるの?


 瑩は疑問に感じた。

 胸の上下はかろうじてうかがえるが、寝息ひとつ耳に届かない。

 寝返りどころか身じろぎさえない。


 その姿は睡眠というより、死んだふりだった。


 大人達が話し合う間、彼は自主的に見張りに志願していた。

 さすがにひとりでやらせるのは気が引けるため、瑩と春香も同行することにした。


「そりゃ、丸一日ほとんど休んでなかったら寝たくもなるよね」


 聞くところによれば、彼は登山中に遭難して一日中山を歩いていたらしい。

 その末が、この事件である。


 現実には少々欠けた部分のある認識だったが、概ねその通りである。

 28日の放浪に加えてこの29日の激闘。

 尊敬と畏怖の感情を抱くのも無理のない話である。


 そう、視線を少し道の方にやれば見えるこの光景の中では。

 路上には相変わらず暴徒達の姿がある。

 松明で周囲を照らし、かつての隣人達の首を掲げる、狂わされた人々。

 いずれ、自分達を殺しに来る人々。


 見たくない現実だが、生き残るために見張らなければならない。

 化け物相手に力を持つ自分はともかく、完全に無力な春香はよくもまあ一緒にいてくれるものだ。

 瑩は口に出さずとも自然と感心していた。


 不意に、知樹の瞼が開いた。

 彼の視線を追うと、校舎から出て来る徹の姿が目に入った。


「知樹、方針が決まった」

「なんだ?」

「裏手の崖から降りて脱出する。支援のため、相手を揺さぶる」

「陽動か」


 見張りに立つ3人に歩み寄った徹は、瑩と春香に続けた。


「ふたりとも。悪いが、校舎の裏にあるロープを持って西の崖に集まってくれ。先生もすぐ来るはずだ」

「私も手伝います」

「わっ、わたしも!」


 瑩と春香も志願しようとしたが、心意気は嬉しいがよろしくなかった。


「いや。脱出のために必要不可欠なんだ。こっちは俺達でやる」


 その真剣な眼差しと声色に、知樹はこれからやる行為(汚れ仕事)を察知した。

 穢れを知らぬ乙女達は、言葉の通り受け止めた。


「お気を付けて」

「気にするな。別に危険な真似をするわけじゃない」


 一礼したふたりの背が消えるまで視線で追うと、徹と知樹は動き始めた。


「お前は村人の死体を6人ほど集めろ」

「……いいのか?」

「善悪で語れるほど、状況は甘くない」


 そう言われると、異論は出なかった。

 知樹がデミノと運命を共にさせられた(・・・・・)人々を集めている間、徹は駐車場の車に乗り込んだ。

 獄介の自家用車である。


 元はドイツ製のセダンだったが、今やルーフが引き千切られてオープンカーと化している。

 エンジンは停止していたが、キーは差しっぱなし。

 動作させる分には何の問題もなかった。


「よし、動くな」

「まずひとり目だ」


 ちょうど現れた知樹が息絶えた老婆を放り込んだ。

 見覚えがある。この辺りに住む市村さんだ。


 もうひとり、引きずった男を放り込む。

 これは52になる市村さんの息子さんだ。


 思考から消そうにも、やはり少し前の記憶が流れ込んでくる。

 精神的に当然、よろしくない。

 なるべく視界に入れないように運転に集中する。


「これでいいなっ」


 知樹はズボンの裾を掴むことで、同時4人運搬に成功していた。

 その頃には車は正門前まで到達し、門を開けて前に出すばかりとなっていた。


「よし、載せろ」

「なあじいさん。本当にいいのか?」

「どうせ生きて帰っても、近いうち逝くんだ。文句は現地で聞く」

「あん?」


 理解し難い言葉を耳にして、知樹が素っ頓狂な声を上げた。

 特に話す気などなかったが、口から出てしまったものは仕方がない。

 表情ひとつ変えずに、徹は答えた。


「猟友会の連中に言われて、健康診断に行ったんだ。その時、主に臓器がヤバいと言われてな」

「……どんぐらい?」

「5年で死に、3年以内に動けなくなるとさ」


 心当たりはある。

 若い頃、主に空挺団での人生を摩耗する激しい訓練だ。

 極限状態を作り上げて行う訓練に、腎臓や肝臓が疲弊していたのだ。


「いい歳で辞めた自衛官(おれ)みたいのには、よくある話だ」

「それは……」


 出会って間もない頃の知樹なら、迷いなく嘲ってみせただろう。

 しかし、数々の死闘を共に潜り抜けた今なら。

 心にある複数の感情が渋滞し、押しのけ合い。


 明確な答えがもみ消されていった。


「……えっと」

「知樹。よく聞け」


 サイドブレーキを引くと、改めて知樹に向き直った。


「死ぬな。お前の先はまだ長い」

「この状況じゃ、難しい相談だな」

「……お前は、お前の人生を生きるんだ」

「どういう意味だよ?」


 自分の人生。

 そう考えると、知樹の頭の中で霧が広がった。

 先の見えない霧に思考が阻まれ、言葉に出来ない恐怖心を覚えた。


 それを表情や口に出したりはしない。


「生きて帰れれば、わかるかもな。門を開けろ」


 釈然としないまま、知樹は正門に手を掛ける。

 徹は火炎瓶に火を付けると、助手席の足元に立てた。

 瓶が割れるか、導火線が燃え尽きれば激しく炎上する。


 なんにせよ、注目を集めるだろう。


「開けたぞ!」

「次へ進め!」


 駆け足で校舎裏へ向かう知樹を横目に、一速でゆっくりと車を進ませる。

 腰を下ろしていた暴徒が動きを認め、立ち上がるのが見えた。

 ライトを点けてアクセルを踏み込み、坂に差し掛かると車から飛び出した。


 急勾配の坂はしばらく真っ直ぐ、やがて急カーブに差し掛かる。

 その間にいる暴徒を跳ね飛ばし、崖から落下するだろう。


「来たっ殺せぇっ!」

「通らせるなぁっ!」


 一部始終を確認する暇はない。


「すまん、みんな……」


 虚空に向けて謝罪すると、徹は駆け出した。

◆しかし、やらねばやられる───

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ