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2021年5月29日20:50 永葉県大桑村大桑研修センター
まず獄介は言い放った。
「助けを呼んだなら、ここで籠城すればいい!」
一聞すると、妥当な判断に思える。
しかし、冷静に考えればあまり賢明な判断とは言えない。
「最悪を考えてみろ。化け物が村を跋扈して、住民が洗脳されて殺しにくる。信じると思うか?」
「でもっ、大きな火事が起きてるんだからっ……」
「来るだろうな。消防も警官も。ただ、あんたが想像してるような特殊部隊でもない、警らのパトカー1両ぐらいだろうな」
徹はあくまで冷静に、冷徹に思考していた。
ハルの通報が信用されていなければ、警察はまともな人員を寄越さないに違いない。
彼らは情報を得て撤退するか、返り討ちにあっておしまい。
正常性バイアスや、傍観者効果という言葉もある。
高速道路の人間だって、火事を見ても我関せずと通報ひとつしないかもしれない。
「でも、色々手は打ったじゃないか!」
「どんなに手を尽くしても、全部空振りは考えるべきだ」
もし助けもないのに籠城すれば、どうなるか。
明日の朝に助けが来る、という期待に縋るのは危険だ。
ここは陸の孤島、県道を通る車はそう多くない。
デミノによって封鎖された道路に気付く人間はいるだろう。
それでも、その先で何が起きているか。それを確かめようとする人間はいない。
「あの。実は私達、車が壊れて……JVFのサービスを頼んでました」
「あれはあんた達だったのか」
ハルは立ち往生していたJVFの車に乗せて離脱させた。
ならばあの偶然は、弥生達永葉南学園の面々が起こしたものということになる。
これは、感謝すべきなのだろう。
徹は彼女に一礼した。
「あれで生存者をひとり、ここから逃がす事ができた。ありがとう」
「いえ……」
礼を言われるのは不思議ではないが、それはそれとして反応に困った。
結局偶然の一致に過ぎず、かつ本来それは自分達の脱出に使えるかもしれなかったのだから。
閑話休題。籠城に話を戻そう。
こちらには銃と燃料がある。一方で、数的には極めて不利だ。
戦闘員多めに見積もって3人と非戦闘員3人。相手は村ほぼ全ての住民に加えて、規模不明の化け物集団だ。
誰かが統率を取って包囲している村人を攻め込ませれば、話は終わるだろう。
では、もし警察やら自衛隊やらが相手を圧倒する規模で介入したら?
戦況がどう動くかわからないが、敵は身を守る要塞を欲するだろう。
その要塞にピッタリなのは二箇所、大桑山城跡とこの研修センターだ。
僅かな石垣が残る平地と建物が残る民間施設。
どちらが選ばれるかは、そう難しい問題ではないだろう。
「なんにせよ、ここを出た方がいい。警察と自衛隊に、俺達と連中を区別する手段はない。戦闘に巻き込まれるぞ」
「どうやって!? それを考えるのがお前らの役目だろ!」
「ずっと前に退官した身なんだがな」
苛立ちが高まり、なりを潜めていた獄介の性格が表に出始めた。
そうなって当然の状況だが、抑えてもらわなければならない。
「ちょっと、静かにしてもらえますか。顎に響くので」
「むっ、ううん……」
弥生の言葉に、獄介は口を閉ざした。
彼女の視線の先には村周辺の地図があった。
研修センターは村の避難所にも指定されている。
ゆえに、備えられていた備品である。
「研修センター途中の分岐、反対の家はなんです?」
「それはうちの実家だよ」
「……面積、広いですね。駐車場があるんですか?」
「えっ……そりゃ、車が3台あるけど」
獄介の実家は研修センターよりずっと低く、カーブも緩やかだ。
まともな車も使えるなら、そっちの方がいい。
「崖を登る途中にそっちの道を横切ったが、連中はいなかったな」
弥生の意図を察知した徹は補足した。
崖を登った、という言葉に困惑したが警戒が薄いというのは僥倖だ。
「車の鍵は?」
「そりゃ、家にあると思うけど……」
「決まりだな」
そう言うと、徹は立ち上がった。
「どうする気だっ?」
「ホールが燃える前にロープを確保しておいた。そいつでお前の家の畑に降りる」
「そっ、それはっ」
「それと、陽動の準備だ」
獄介が二の句を告げる間もなく、徹は退室していった。
それにしても、獄介の動揺はかなり露骨なものだった。
───畑に何かあるのかしら……?
弥生の思考に浮かんだ疑念も、今は考えても仕方のない事だと隅へ追いやる。
今は生徒達と脱出する事を考えなければ。
戦いでは何の役にも立たない自分が役に立つには。
この目前の地図と格闘し、思考する以外にないのだから。
◆脱出計画始動───




