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2021年5月29日19:35 永葉県大桑村大桑研修センター
崖を登る間、戦いの気配を感じた。
5回の銃声、破壊、絶叫。それも長続きせず、数分程度で終わってしまった。
その程度で終わるほど、暴徒の数は少なくない。
勝負の結果は明らかだった。
銃があっても、状況が悪ければ一方的にやられてしまう。
知樹達は戦術と技能、時に運で生き延びてきた。
しかし一歩間違うだけで、ああなる。
ふたりは口にしなかったが、内心で気を引き締めるには十分な事実だった。
知樹は3分でほぼ垂直の崖を登りきるも、徹がかなり遅れていた。
「じいさん、大丈夫か?」
「俺はいい……状況に集中しろ」
あの崖では、自力で登り切る以外に助かる術はない。
ならば座して待つよりも、行動するべきだ。
崖から離れて焼却炉の辺りに身を隠すと、校舎の昇降口で動きを感じた。
単眼鏡でその光景を睨む。
村人、恐らく暴徒が数名出てきた。
何かを引きずっていて、体育館の方向へ向かっているように見えた。
人の陰に隠れた部分が、徐々に明らかになる。
紺色のズボンに、水色のシャツ。
先ほどの銃声と、徹が話題に出した駐在が頭に浮かんだ。
「あれは、警官か……?」
肩書きの印象とは裏腹に、無力な肉塊と化した彼の姿は痛ましい。
暴徒が時折蹴りを入れ、腫れ上がった顔を笑いながら地面に押し付ける。
助けることは出来るだろう。
しかし、音もなくともなれば不可能だ。
───落ち着け。今騒ぎを起こしたら、全員が危険になる。
散弾銃の引き金から指を放すと、偵察を続けた。
そして知樹から遅れること2分ほど。ようやく崖から白髪頭が出てきた。
「くそっ、歳はとるもんじゃないな。状況は?」
「警官が校舎から引きずり出されて、体育館に。体育館じゃ、妙な話し声が聞こえる。多分、あのデカブツだ」
攻める側として幸いにも、体育館は侵入経路が多い。
地上経路に複数の扉。裏には太陽光パネルのメンテナンス用にハシゴがあった。
屋根には天窓が備えられているため、上から撃ち下ろすことも出来る。
「二手に別れよう。俺は上から援護する。それと、これを貸してやる」
徹が手渡したのは、ずっと荒っぽく扱っていたナタだった。
「そこはそのソードオフだろ?」
「ダメだ。チョークのない散弾銃は思ったより散って、跳弾しやすい」
屋内での銃撃、とりわけ撃ってはいけないものがいる状況では慎重になる必要がある。
銃弾は一般人が考える以上に貫通力が高く、壁や床で跳ね返る跳弾も起こりやすい。
狙いが不正確なソードオフ散弾銃では、何が起こるかわからない。
火炎放射器は言うまでもなく、精密が要求される状況には不向きだ。
「お前のその……ゴツいのは頑丈そうだが、間合いはこいつの方が長い」
「なら、ちゃんと援護しろよ」
ナタを腰のベルトで提げると、ふたりは素早く行動を始めた。
徹はハシゴを上り、知樹は窓付きの扉に向かう。
当然、扉は施錠済み。
静かに忍び込むために、鎧通を抜くと窓と扉の隙間に差し込む。
そして、ぐいと力を込める。前にやった事と同じだ。
音もなく窓を割ると、手を突っ込んで内側から解錠。
その静けさと暗さから、ここは舞台裏だと分析した。
「ぼっ、僕はロックンローラーなんだっ! そんなのに従うもんかっ!」
入って早々に、そんな叫びが聞こえてきた。
状況は逼迫しているらしい。中腰のまま、舞台袖に向かう。
「笑わせられぬ、笑われぬ。そんな道化に、生きる価値などない」
「うっ、うわああああっ」
誰かの絶叫が響き渡る。
間に合わないか。わずかに知樹の心に諦めが混じったその時だった。
「やるぞっ」
無線機から声が囁かれた直後、銃声とガラスの砕ける音が響いた。
想定すべき状況だった。徹は故郷の人間を守るために残った。
ならば、同郷人に危機が迫れば先走る可能性は考えられたはずだ。
「しょうがねぇなっ」
偵察する間もなく、知樹は舞台から飛び出した。
脳細胞に蹴りを入れ、神経を研ぎ澄ませて状況を把握する。
組み伏せられている推定人質が3人、デミノに放り投げられた人質1人。それと、出入り口付近にも1人倒れている。
敵は眼球を失った巨人が1匹、暴徒が人質付近の4と出入り口付近の6、合計10。弾は足りないが、やるしかない。
知樹は存在を悟られる事なく、完全な奇襲に成功していた。
着地すると、人質を拘束する3人に狙いをつけた。
素早い掃射。床に押さえつけていたため、誤射の恐れはなかった。
「ぐがああああっ! 俺っ、俺の目があああっ!」
眼球を貫かれてなお、デミノは倒れなかった。
通常の生物では眼球のすぐ後ろが頭脳になっているものだが、異形の存在には常識が通じない。
しかし唯一の視覚器官を破壊され、悶絶する巨人は最大の脅威ではなかった。
弾が切れた散弾銃を負い紐で背負うと、知樹はナタを引き抜いた。
そして、困惑してオロオロする最後の暴徒を背後から突く。
胸部から生える刃を見ると、一息に引き抜いて引導を渡す。
「があああっ、俺をっ、俺を守れえっ!」
その間にも、徹は頭上から狙撃する。
出入り口付近の暴徒をひとり、ふたりと排除していく。
「デミノ様を守れぇっ」
「わーっ」
指示を受けていない暴徒は烏合の衆だ。
迂回するという発想がなく、ただ目的に向かって走るだけ。
デミノを守るという命令に忠実に従った結果、対策なしで徹の射線に飛び込んでいった。
撃たれなかった者も、転がる巨体に押しつぶされる。
誰も知樹のことを気にしていなかった。
人質を救うには最高のタイミング。
床に倒された人々を観察し、最も元気そうな少女に目をつける。
「縄切るから、他の人の切って逃げろ!」
まずは手首を縛る縄。
ナタで切り落とすと、鎧通を握らせる。
一般人には扱いにくい代物だが、この程度なら困らないだろう。
「私も戦うっ」
「バカ言うな、巻き込む気かっ」
その少女は勇ましい事を言うが、知樹の言葉には反論出来なかった。
足の縄を切ると、彼女はこれで自由。後を任せ、散弾銃の装填を始める。
「このっ……下等生物っ、俺の目をよくもぉっ……!」
青い肌の一つ目巨人が立ち上がる。
眼球は潰した。しかし、何かがおかしい。
デミノの頭部が忙しなく脈動し、内部で何かが暴れ回る。
そして、眼孔からポロリと肉の玉が落ちた。
機能を失ったはずのそれが、生えてきたのだ。
「替えは効いても、痛いんだぞぉ……?」
まるで何事もなかったかのように、立ち上がる。
その視線は、目前の知樹に向けられていた。
「なんとなく、こうなる気がしてたよっ」
背後で少女が最後の縄を切る気配がする。
「急いでっ、逃げないと!」
そして、走り出す。
デミノはその様子を見て笑みを浮かべた。
「脳なしども、上の下等生物を殺せ! そしてそこの下等生物、お前を潰す! “裁定者”の血は、その次だ」
裁定者の意味を知樹は知らない。
しかし状況を見れば、目的が人質の少女達にあるのは明白だ。
せっかく助けたのに、行かせるわけにはいかない。
「知樹、聞け! 手が空いたら援護するが、しばらくはお前がなんとかしろっ。いいな!」
つまり、一対一の構図となる。
銃がまともに効くかすら怪しい怪物相手に。
「へっ。望むところだ」
強がりを呟き、自らを鼓舞する。
体格で負けているのだから、せめて心で勝っておかなければ。
「死ねっ、下等生物!」
青い肌の巨人、デミノとの戦いが幕を開けた。
◆圧倒的不利な戦いが始まる───!




