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2021年5月29日14:48 永葉県大桑村城下東部
遮蔽物の存在しない、見晴らしのいい場所をどのように突破するか。
知樹と徹の意見は既に一致していた。
「いいか、チャンスは一度きりだ。はぐれたり転んだりしたら終わりだ」
「わかってる」
「……あたしがそうなったら、遠慮せんで逃げてってな」
ハルの決死の発言に、応える者はいない。
考慮しなければならないが、したくない最悪の状況だ。
そうするのがベターだとしても、それは彼らのプライドが許さないのだ。
「よし、点火」
清水徹は素行のよろしくない猟師だった。
もしこの村に彼以外に銃猟が出来る人間がいるなら、間違いなく警察が猟銃を取り上げていただろう。
では、この“よろしくない素行”とはなにか?
端的に述べるなら、有事に備える気質だった。
周辺の害獣に対処するという名目で得た銃猟の許可は嘘ではない。
しかしもう一つ、“備える”という意図は間違いなくあった。
彼の備えはそれだけではない。
大量の砂糖と爆竹も、その一部だった。
砂糖は緊急時の日持ちするカロリー源として、爆竹は汎用性の高い火薬だ。
そしてこのふたつを混ぜ合わせれば、清水家からの脱出に用いた煙幕になる。
もう一度これを使って相手の目をくらまそうというわけである。
導火線に火を着けると、知樹が北に、徹が南に向けて遠投する。
しかしここで徹の年齢が出た。3個目の発煙缶が思ったよりも飛ばなかったのだ。
「くそっ」
「これでやるっきゃねぇっ、行こう!」
着火した発煙缶を片手に、3人は駆け出した。
もくもくとした煙幕は確実に注目を浴びるが、それでも“ここにいる”と悟られるよりずっといい。
原因がわからなければ、事件ではなく謎の事象なのだ。
「なんだあっ」
「また煙だっ、また煙だあっ」
ぞろぞろと煙幕の辺りに暴徒達が集まるが、中に入ろうとしない。
狂わされたなりに、命が惜しいのか。あるいは、命じられていないためか。
知樹の手の内にある発煙缶が煙を吐き始めた。
それを徹が投げ損ねた周辺に放り投げる。
煙に覆われる直前、ほんのわずかに動く気配があった。
危ういところだった。
「よし、もうちょっとで抜けるぞ! ……ッ!」
暴風。それも、明らかに不自然なもの。
不快な羽音と共に缶ごと煙幕は吹き飛ばされていった。
「くそっ、なんだよっ!」
「当ててみな、下等生物。当てたら一発で殺してあげる」
女の声。振り返るとそこには、先ほど見たあの化け物がいた。
背中の透明な翅をバタつかせ、人に近い口で笑みを浮かべていた。
「けっ、化け物か」
「残念。苦しめて殺すの決定」
ケラケラ。彼女の笑いは長く続かなかった。
ズドン! 恐ろしく空気を読まない銃撃が、彼女の腕と翅を撃ち抜いたのだ。
「ギャアアアッ! このっ、無粋な虫けら風情がっ!」
「どっちがムシだよ」
片翅を失った化け物は地面に墜落するも、腹についた腕を器用に使って追撃する間もなく西へ消えていった。
このような言葉を残して。
「お前達っ、この下等生物を逃すなっ! いたぶって、殺せええええっ!」
暴徒達が続々と集まってくる。
残念ながら、進路の東から続々と。
「南に神社がある! そこで立て直すぞ!」
「わかったっ! ばあちゃんっ、走れっ!」
「やっ、休まる暇があれせんっ!」
最低限の銃撃で道を拓き、鬱蒼とした森へ突入していく。
果たして、この道の先にあるのは光明か。
あるいは、地獄か。
◆生き残りを懸けた戦いが始まる───




