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2021年5月29日11:21 永葉県大桑村清水家
扉のそばに立つ男の顔が鮮明になった。
歳の頃は60過ぎか。白髪を隠そうとしない、短いスポーツ刈りをした男だった。
「もうちょっとだ!」
猟師がスコープを載せた小銃を構える。
すると銃弾が掠める甲高い破裂音と共に、背後で倒れる気配を感じた。
拳銃と比べて、小銃は構えやすく精度も高い。
それでも、一秒未満の照準時間で撃ち抜くとは。
ただならぬ腕を感じさせた。
知樹達が玄関前にたどり着くと、猟師は中に引っ込んで銃だけを外に向けた。
その脇を通って内部にたどり着くと、言われるまでもなく知樹は玄関の戸に手を掛けた。
ガララと音を立てて閉まる戸。そこに、手首が割り込んだ。
目一杯戸を叩きつけても、引っ込めようとしない。
「閉まらない!」
「任せろ」
ズドン! それで相手は動きを止め、猟師が外へ放り出した。
知樹が戸を閉めると、今度はタンスを横倒しにした。
どれほど持ち堪えられるか怪しかったが、少なくとも戸一枚よりは安心出来た。
「……よくこの包囲を突っ切れたもんだ」
「ああ、おかげさまで」
戸には猟師が空けたのか、のぞき穴のようなものがいくつも穿たれていた。
そっと外を覗くと、追いかけていた暴徒達は互いに顔を見合わせると、とぼとぼと背を向けていた。
───この家……いや、このじいさんに何かあるのか?
疑念を抱くも、解明するには情報が足りなすぎる。
後方の憂いがなくなったのなら、次は目前の脅威だ。
猟師は知樹と同じく外をのぞき終えると、老婆へ視線をやった。
「ハルさん、また会えるとは」
「テッくんも、よう生きとったねぇ」
「そうだな。俺も、不思議に思ってる」
知樹とふたりで老婆に肩を貸し、部屋の中央に置かれた椅子に下ろす。
ひと息つくと、猟師は鋭い視線を知樹に向けた。
「ハルさんを助けてくれたのは、礼を言う。で、お前は。何者だ?」
「お前から名乗れよ、じいさん」
「これっ、トモくん!」
老婆───福塚ハルの叱責に、知樹は少しばつの悪そうな表情を浮かべた。
「……幕内知樹。名北学園の一年」
「ふん、幕内か」
知樹の姓を復唱すると、猟師は小銃のボルトハンドルを引いて弾倉を解放した。
銃に内蔵された固定弾倉に上から弾を装填していく。
失った3発の弾を押し込むと、ボルトを戻して安全装置を掛けた。
「名気屋の坊ちゃんが、ここで何をしてる?」
「カンケーねーだろ」
「これっ!」
どうにも、普通に良い人に叱られると調子が狂う。
視線を逸らしたまま、知樹は回答した。
「体力と精神の錬成をしてた。けど、現在位置を見失ってここについた」
「単独で、こんなところで? レンジャーの最終想定でも、そんな無茶はしない」
その一言で、知樹は確信した。
猟師もこの露骨な態度の変化に気付いたが、あえて触れることはしなかった。
「正直なところ、お前はこの状況に関わってるんじゃないかと疑ってる」
「テッくん! この子は、本当にええ子で……」
「命懸けでうろつく訳わからん奴が、こんな状況に居合わせた。偶然と思えるか?」
手に持った小銃を指向することはしない。
しかし、意識は間違いなく引き金に向けられている。
その警戒心に、知樹は苛立ちで答えた。
「ああ、腐敗違憲軍への未練も捨てられないじいさんだ。人を信じるなんて、期待出来ないよな」
「ご挨拶だな、坊主」
納屋を改装した部屋の片隅、ベッドのそばにはパラシュートと翼が描かれたペナントが飾られていた。
旗に書かれた文字は『第一空挺団』。日本で最精鋭とされる部隊の名があった。
この旗を根拠なく汚されて、いい気分になるはずがない。
「そりゃ、自衛隊が清廉潔白となんざ思っちゃいないが……それでも、そこまでの謂れはないぞ」
「はっ! 俺の親父を裏切り、放逐した連中がよく言う! ダーク・ステートの犬め!」
「親父?」
猟師の脳内で、ふたつの言葉が結びついた。
生じた疑問を問い掛けようとした時、この場で最も弱く、そして誰も逆らえない声が響いた。
「もういい加減にしてっ! 今は喧嘩なんかしとらんと、力ぁ合わせなかんのと違うの!?」
ハルの叫びはまさに、おっしゃる通りだった。
知樹が怪しいのはもはや擁護のしようがなかったが、それでもハルをここまで送り届けたのは事実。
“敵”の目的がわからない以上、裏を考える必要がある。
しかし、そんな余裕や情報は誰にもない。
一方で猟師が元自衛官で元空挺だとして、それで喧嘩を売っていい理由にはならない。
どころか、この状況で彼が頼りになるという根拠でしかない。
どちらにも、程度の差はあれど非があった。
「はぁ」
猟師はため息を吐くと、しょんぼりとしている知樹に歩み寄った。
「知樹だったな。俺は清水徹。お前に思うところがあるのはわかったが、状況が状況だ。終わったら聞いてやる」
「……わかったよ」
渋々ながら、知樹は頷いた。
そんな彼を見る徹の目に宿っていた怒りは抜け落ち、どこか憐れむようなものに変わっていた。
◆知樹の父との関係とは───?




