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TUONI ~闇を被った死神~  作者: 穀潰之熊
At Doom's Gate

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2021年5月29日11:08 永葉県大桑村城下西部


 幸運だったのは、周囲の家屋に反して人がほとんどいなかったという点だろう。

 先ほど電柱を倒して喜んでいた連中のように、棚田の方へ向かったのか。


 あるいは、家の中で息を殺しているか。

 この異常な状況の中で、答えを確かめる余裕はなかった。


 坂をのぼり、石垣の先に。

 件の猟師と思われる人物の住む家が目に入った。

 しかし、その手前には絶望的な情景が待ち受けていた。


「……っ!」


 フェンスの上に並べられた生首。

 丸太で肛門から口腔まで貫かれ、“立たされている”人間。

 磔にされた人型の炭。


 その光景を、けらけらと笑いながら量産する人々。

 地獄のような光景が広がっていた。

 彼らはもう、大桑村の村人ではない。強いて呼ぶなら、暴徒だ。


「ここは、まずいな」

「逃げんと、殺されてまうっ……」


 ふたりの見解は一致した。

 来た道を戻ろうとしたその時。

 よりにもよってこんな時に、人の気配を感じてしまった。


「おいっ、なんだぁ? 福塚(ふくづか)さんとぉ……よそ者かぁ」


 農作業を終えたばかりのような格好をした男。

 単なる通りすがりか。しかしその目には、尋常でない光が宿っていた。

 感情のない表情が徐々に怒りで歪み、歯軋りを始めた。


「ムカつくぅ……ムカつくゥッ!」


 その怒りに任せて、鎌を振り上げて飛び掛かってきた。

 知樹は咄嗟に割って入ると、その腹を蹴飛ばした。

 つま先が鳩尾に深くめり込み、男はあまりの衝撃と痛みに大きく後ずさった。


「ぐぅっ……!」


 相手をしている暇はない。騒ぎを聞きつけた暴徒が寄ってくれば、どうしようもなくなる。

 近づいて鎧通で無力化している時間も惜しい。

 熊よけスプレーを引き抜き、顔面に向けてトリガーを引いた。


「ぎゃあああああッッッ!」


 スプレーの中身はカプサイシン───つまり、辛味そのもの。

 熊を撃退するためのものなのだから、当然催涙(ヒトヨケ)スプレーよりも強烈だ。

 それを眼球・鼻腔・口腔と粘膜の集中する顔面に受ければただでは済まない。


「走れ! 離れるな!」


 男の背後に更なる人影。騒ぎを起こしてくれたせいで、もはや退路はない。

 崖を削って作った広場へと足を踏み入れる。


「“よそ者”がいたぞぉ!」


 人間の姿をした化け物達が、知樹と老婆のふたりを睨んだ。

 歓迎の準備をせんと、各々の作業を中断して武器を手にした。


 もし知樹単独なら、どうにか切り抜けることはできた。

 しかし、老婆を守りつつとなれば極めて困難な話となる。


 背後の息遣いと振動で存在を察知し、行く手を遮る相手にスプレーで対処する。

 粘膜に対する激痛で戦意を削ぎ、視覚を潰す。


 これはちょっとした時間稼ぎに過ぎない。

 2、3人に浴びせたところで、スプレーの圧力が明らかに下がっていた。


───もっとデカいのにすべきだった!


 後悔するには遅すぎた。

 スプレーを左手に持ち替え、腰の鎧通を抜く。

 中身のない缶を振り回すよりも、刃物を振り回した方が有効だ。


 突き出された物干し竿を受け流し、スプレーのノズルを押し付けるかのように、至近距離で噴霧。

 プシッ。最後の一息が漏れる。


「ギャッ」


 潰したのは片目だけ。相手の視覚はまだ生きている。

 空の缶から手を放すと、顎を掴み上げる。

 そして、鎧通の厚く鋭い切先を柔らかい顎肉に突き入れた。


 顎の真上にあるのは口腔、続いて脳髄の前頭葉。

 そこを刃物で深く抉られれば、たとえ脳幹でなくともひとたまりもない。


 白目を剥いた物言わぬ肉塊を、投げるように地面に転がす。


「わあああっ!」


 老婆の絶叫。

 当然だ。この見境のない連中に脅威の順番など存在しない。

 背後では老婆がナタを持った男と取っ組み合いになっていた。


「くそっ、待ってろ!」


 彼女が初撃を受け止めたのは奇跡に近かった。

 なにせ、先ほども男に襲われ、その後もずっと走り続けていたのだ。

 80過ぎた体に鞭を打っているようなもの。


───間に合わねぇっ。


 彼女に迫る刃を見て、知樹は内心で悔いた。

 その諦観は、爆音によって打ち砕かれた。


 銃声。音より早く飛翔する弾頭は、老婆を襲っていた男の頭部を砕いた。

 頭蓋の右半分が綺麗に爆ぜた頭部は、まるでふたを取ったメロンのアイスのようだった。


「こっちだ! 走れ!」


 雷鳴の主が崖の上から叫んだ。

 少なくとも、暴徒の一味ではない。

 そう判断した知樹は半ば強引に老婆の手を取ると、崖上の家に向かって走り出した。


───こいつら、混乱してるのか?


 走り出してすぐ、暴徒達の動きに違和感を見出した。

 害意を剥き出しにしていた連中が、足を止めた。


「どうする……? どうする……?」


 口々に、そう呟き合う。

 まるで次の授業で使う教材を忘れた子供のように。


 不気味だ。しかし、好機でもある。

 とにかく走れるだけ、狂ったように走り続けた。

◆この男の正体は───?

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