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昇降口の戸を閉ざすと、錠を閉め、パイプ椅子で動きを阻害した。
どれほど時間稼ぎが出来るか怪しいが、それでもただ扉を閉めるのとでは効果が違う。
間もなく、暴徒達が到着して扉を押し始めた。
中にはバットを叩きつけて窓を破壊する者もいたが、一般的な校舎と違い設計が古く窓が小さい。
腕を入れるのが精一杯の隙間に上半身を突っ込んだまま、この暴徒は動けなくなった。
憎悪の言葉が、風に乗って漂ってくる。
「なんだあっ、この隙間っ! 動けんぞぉっ!」
「おいこらあっ、死ねよぉっ! 開けて死ねっ!」
「ガアアアアッ!」
強烈なストレスを浴びながら、栄輔はリボルバーの装填を始める。
シリンダー弾倉を引き出し、銃身下のエジェクター・ロッドを押して弾倉内の全てを捨てた。
そして、生じた弾倉の空席にひとつひとつ、弾を込めていくのだ。
「あっ、くそっ」
彼が拳銃を扱う機会は年数回。いや、一回あるだろうか。
駐在所に勤める人間には銃を用いた訓練の機会はあまりない。
だからこそ、起きた事故だろう。
指が滑り、つまんでいた38口径弾が床に落ちた。
運命を分ける貴重な一発だ。
転がる実包を視線で追うも、その姿は下駄箱の下に消えていった。
腕を突っ込んで探す時間すら惜しい。
諦めて、手に包んだ4発に意識を戻す。
「なんでリボルバーなんだよぉっ」
もしこれが、署で勤務する刑事が持つようなオート式の拳銃だったら。
箱型弾倉でまとまった弾なら、こんなミスはない。
空になった弾倉を落として、新品を押し込むだけ。
栄輔はリボルバーが廃れた意味を実感した。
───実戦の最中で扱うには、拳銃の弾一個は小さすぎる!
震える手を精神で抑え、4つ目の殺意を装填する。
その頃には上半身を突っ込んだ男が錠を開き、昇降口の戸を持ち上げようとしていた。
落とした分を埋める時間も惜しい。何もかもが惜しい。
戸を持ち上げる男に銃を指向し、発砲。
狙いが僅かに逸れ、銃弾は頬を掠めた。
頬肉を切り裂かれた顎が、だらんと垂れ下がる。
常人なら、その壊滅的な被害に恐怖する。
しかし、彼らは違う。
「あがっ、あがあああっ!」
「やったなぁっ! 殺してやるっ、同じ目に遭わせてやるっ!」
知っている顔をした、未知の異形が憎悪の視線を向けた。
恐怖が狙う手を震わせ、注意力を掻き乱す。
だからこそ、致命的な見落としに気付かなかった。
ガシャン。破滅の粉砕音が背後で響く。
校舎の大きな窓には手が入っていない。
拳大の石を持った暴徒がガラスを割ったのだ。
「がははははっ、後ろをとったぞぉっ!」
「わっ」
間もなく破られようとしている戸、背後では既に窓から暴徒が入り込もうとしている。
前門の虎、後門の狼とはこの事だ。
さらに、他から侵入する可能性は高い。
前後左右、敵だらけだ。
「くそったれぇっ!」
もはや、この場から逃げるしかない。
逃げる。どこへ?
裏口は恐らく無駄。ならば、敵がいない空間。
階段、上へ。
外からの助けはなく、包囲を突破できる見込みもない。
天に続くこの段が、死へのカウントダウンなのは明白だ。
「バァカ! そっちに逃げ場はないぞお!」
「目玉を取り出してやるぅ!」
それでも、足掻かなくてはならない。
この抵抗に少しでも意味があるのなら。
階段の途中で振り返り、迫る暴徒を射殺する。
残り3発。
「絶対、殺すゥッ!」
「やれるもんならやってみろ、クソジジイども!」
段を駆け上り、それでいて自身の存在を誇示する。
「そうだ、どんどん来いっ……」
2階、これ以上は望めない。
廊下の隅まで駆け抜け、振り返る。
暴徒が3名、この階に到着していた。
警告の暇はない。
撃鉄を起こすと一発、即座に二度発砲。
当たったのは最初の一発のみ。しかも、胸部左。
肺から鮮血と空気が噴出するも止まらない。
弾倉は空、装填の暇もない。
こうなれば、銃は頑丈な石と変わらない。
拳銃から手を離し、伸縮する警棒を抜いて展開させる。
極限状態ながらも、栄輔の脳は驚くほど冷静に判断していた。
先頭は鎌を持った男。2番目は1メートルほどある物干し竿の女、最後はナタを持った負傷中の男。
振り上げられた鎌。
下ろされる前に武器を持つ手首を打つと、衝撃で鎌が吹き飛んで壁に刺さる。
返す棒で首を打つと、ピンと体を伸ばした状態でうつ伏せに倒れた。
確かな手応え。首を砕いた自信があった。
「ギャアアアッ!」
咆哮と共に物干し竿が突き出される。
身を捩ってかわすも、先端が防刃ベストの隅をかすめた。
衝撃が体勢を崩す。
なんとかうつ伏せに倒れまいと身を捩り、相手と対峙する形で倒れ込んだ。
「ギャァーハハハハッ!」
老婆が歯を見せて笑みを浮かべる。
突き下される竿を警棒で払い、脇でガッチリ挟み込む。
引き抜かれる前に一撃、二撃。警棒の先端を叩き込んだ。
一度の打撃で頭蓋がへこみ、二度目の打撃で警棒が大きくめり込んだ。
脱力した身体を足で跳ね除けると、今度はナタの刃が迫る。
咄嗟に警棒で受け止める。
この判断は間違いだ、本当なら回避すべきだった。
しかし、それをするには自身の身体能力に自信が無さすぎた。
判断ミスを咎めるように、事態は悪化した。
複数の気配、増援がやってくる。
逃げようにも、目前に迫る刃が離れない。
「ひーっ、ひーっ……」
失血で顔面蒼白だというのに、相手の力は全く緩む気配がない。
詰み。その一言が、脳内を過ぎる。
「クソめ……」
彼が流す血をまともに浴びながら、栄輔はその時を待つしかなかった。
◆どうあがいても、絶望───




